第17話 機巧世界の監視者


 ここは迷宮の向こう側。

 科学世界と隣接する〈機巧世界〉。


 とある部屋のモニター越しに、夢斗の姿をみるものがいた。


「ふむ。一人、目立った人がいますね。私が改造した迷宮でしぶとく生き残っている」


 部屋は球形で、一面360度が画面に囲まれていた。人間の世界でいうところのデスクトップの画面が、球形の部屋の360度全てに敷き詰められていた。


 画面に映るのは数多の迷宮の映像だ。迷宮内部に放ったクリーチャーの眼を通じて、映像を受信している。

 その画面の数は、300に達した。


 部屋の主がひとり呟く。


「彼の名前は……。ふむ。〈キョウバシ・ムト〉ですか。まぁ覚えるまでもありませんがね。私の作成したスカージ(機巧改造人間)は、選りすぐりの探索者を捕獲改造した〈傑作機〉なのですから」


 身長は2メートルを超えるか超えないか。巨大な機巧鎧の体躯で長椅子に座り、足を組んでいた。


 全身は赤銅色の外装鎧で覆われている。

 頭部は人の世界でいうところの悪鬼めいた兜仮面の形状となっていた。


 部屋の主の名は――〈マルファビス〉――

 機巧世界における〈侯爵階級〉の存在だった。


「かの少年の科学世界のランクは……。ほう。【ランクX】ですか。最底辺とは思えない戦闘力ですが、縛りプレイでもしているのでしょうかね?」


 マルファビスの異様な点は、その眼だった。

 悪鬼めいた兜仮面には、無数の眼が開いている。

 目の数は100か……。否。

 眼が浮かぶのは、頭部だけではなかった。


 腹部、腕部、脚部、背中にも〈眼〉の切れ込みがある。

 その赤銅色の外装の全身に、〈眼〉がついている。


 その数は千に届くほどだ。

 

 マルファビスは〈サウザンド・アイズ〉の異名で呼ばれる、機巧世界の上位階級なのだった。


「おや。瞬殺されるかと思いきや、スカージと殴り合っている。人間にしては中々やりますね。迷宮ではレベルアップとステータスによって強さが図れるようですが、所詮数字は数字。〈適応度〉であって素の肉体にかかる係数にすぎない。しかし彼は、ステータスに頼らず肉体を限界まで鍛えている。おもしろいですねぇ」


 マルファビスの驚くべき点は、眼の数だけではない。

 300もの画面映像を同時に処理する〈脳の演算能力の高さ〉は、人智を超えたものだった。


「しかし。スカージに拳がヒットしましたが……。おほほ! ダメージはほぼ無です。あの人間は攻撃力の係数は弱いようですねぇ」


 マルファビスの千の眼は機巧改造人間〈スカージ〉を恍惚と捉え、ぐにゃりと歪む。


 そのときマルファビスの背後で扉が開かれる。

 騎士めいた声が部屋に響いた。


「また境界領域の迷宮の観察か。貴殿ももの好きだな」

「おや。これはこれは……パルパネオス卿。貴殿もご覧になりますか? 科学世界におもしろい人間がいましてね」


 マルファビスが振り返ると、白銀の騎士パルパネオスが佇んでいた。

 

「人間が敗北するのはいつものこと。もうすぐ円卓会議の時間だ。貴殿も準備をして……」

「どうしました? パルパネオス卿」


「この映像の人間は?」

「ああ。一人がんばっていておもしろいのですよ。ランクXながら、Cランク迷宮に一人で飛び込んだのです」


「いつかの少年だな」

「お知り合いで?」


「斬った」


 パルパネオスは無骨に応える。


「斬った? あなたが斬って生きているなんて、ありえない話です。もしかして手心を?」


「否だ。全力で斬り、臓腑を寸断し、確実に死のダメージを与えた。だが〈上限値解放炉心〉を持っていたから、試してみたかったというのはある」


「ほう。〈炉心〉を……。あれは機巧世界の我々には必要ないものですがね」

「だが科学世界の人間にとっては〈可能性〉のひとつだ」


 パルパネオスは白銀の騎士仮面の内なる眼を、意味深に細めた。

 マルファビスは、赤銅鎧の全身の、千の眼を見開く。


「『我々の利となるから、泳がせておいた』、と? ネオス卿も人が悪い」

「人間にしては嘘をつかなかった。同種族ならば、おそらく気に入っていただろう」


「ネオス卿のお気に入りですか。珍しい。ですが残念です。私の機巧改造人間〈スカージ〉は傑作機ですから」


「その傑作機も、今少年の前にあるので三体目だろう。傑作機が何体いるのだ?」

「三機作ってばらまいておきましたが、すべて傑作機ですよ」


「貴殿の言葉は嘘めいている」


 パルパネオスは怒気を放った。

 機巧種族を愛してはいるが、嘘が嫌いなのは同種族相手でも変わらないようだ。


「まぁまぁ。〈詭弁〉と行っていただきたい。今、かの人間が対峙しているものは近接戦最強タイプです。お、スカージが構えに入りましたね」


「あのスカージの構えは?」

「〈加速の力〉です。速度は力ですから。人間の少年もがんばったようですが、所詮は人間。これで砕け散って終わりでしょう。おや?」


 パルパネオスは、マルファビスの隣に腰掛けた。

 腕を組み、夢斗の姿を凝視する。


「少し、みる」

「円卓会議の時間だから、私を呼びに来たのでは?」


「『我が斬った少年が生きていた』。そして迷宮探索者となり、ひとりで立ち向かおうとしている。砕け散る様を見届けるのも良し。生きたならば利用するのも良し」


「まさか……。彼が〈奈落デスゲーム〉の参入者たりえると?」

「〈奈落の資格〉を得れば我々と相まみえることもあるだろう」


「はは。ありえませんよ。ほら、スカージが加速拳を放とうとしています」


 画面の向こう側ではスカージが拳を放つ。

 マルファビスは千の眼で微笑みながら、キョウバシ・ムトが砕け散りスカージが勝利する未来を期待する。


「結果は最後までわからない」

「ではネオス卿と私で。掛けましょうか」


「いいだろう。少年に」

「では私はスカージに」


 赤銅の悪鬼の仮面と、白銀の騎士が〈捨てられた迷宮〉での闘いを見届ける。


――――――――――――――――――――――――――――

用語解説

パラメーター

:迷宮適応度の係数(倍率)。

:迷宮に入ったときの能力上昇に過ぎず、パラメータが高くても素の肉体によって差がでてしまう。


:同じ攻撃100でも、パンチ力80キロと、パンチ力120キロでは1.5倍の差がでるということ。

したがってレベルとパラメータだけが高くても、素の肉体の強さが求められる。

:夢斗は素の肉体も弱かったが、精神と肉の部屋の筋トレとタンパク質の摂取で克服した。

――――――――――――――――――――――――――――

スペース

夢斗が挑むのはCランクの〈捨てられた迷宮〉のはずですが、その〈番人〉は機巧世界の侯爵マルファビスが仕掛けた罠であり、Aランク相当の戦闘力を持っていました。夢斗はそうとは知らないままスカージとの戦闘を初めてしまいます。


圧倒的ランク差。勝てるはずのない戦い。


もはやただ〈上限値解放〉を使うだけでは、覆せる差ではありません。

彼はいかなる方法で、勝利するのでしょうか?

それとも逃げるしかないのか? 次話に期待! ☆☆☆ください!

https://kakuyomu.jp/works/16817330649818316828#reviews






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