第49話 ブーメランが飛び交っております
反復横跳びが終わって体育館でやる種目がすべて終わった。
気が付いたらいつの間にかお昼時になっていたようで、食堂でお昼を済ませた僕たちは次の種目をやるために第一グラウンドへやって来た。
「はぁ‥‥‥外の種目は少し憂鬱ですわね」
「わ、わかるよ麗華ちゃん。持久走とか、美琴は見ただけで辛い‥‥‥」
僕たちのグループでお嬢様筆頭の二人がそう言う。このグループの筆頭が清華家の二人とはこれいかにって感じだけどね。摂家三人は、僕はなんちゃってだし、紗夜はメイドだし、九条さんはギャルだし‥‥‥。
まぁでも、二人の気持ちもわからなくはない。僕もどちらかというとインドア派だから。
そしてそれは誰もがそうなのだろう。第一グラウンドは体育館と比べて死屍累々といった感じの生徒が多い。
「まずは何からやりますか?」
「ハンドボールからやりましょう」
振り返って聞いてみると、紗夜がグイっとそう言って凄んでくる。
「澪さま、約束は覚えてますね?」
「もちろん覚えてますけど‥‥‥紗夜はそんなに僕に叶えて欲しいお願いがあるのですか?」
一人やる気の見せる紗夜だが、実はさっきお昼ご飯を食べてる時に麗華に感化されたのか自分もご褒美が欲しいと言ってきた。
しかもよほど自信があるのか、麗華や美琴ちゃんみたいに自己ベストでじゃなく、僕との勝負形式でだ。
「あります!」
「まだどんなお願いか聞いてませんけど、なんですか?」
「それはここでは言えませんね。デュフフ‥‥‥」
「‥‥‥そうですか」
よくわからないけど、紗夜の妖しい笑みを見てると背筋に冷たいものが走るな。これは負けない方がいいかもしれない。
紗夜にはいつもお世話になってるし、別に勝負何てしなくてもお願いくらいできるだけ聞き届けるけど、モノには限度ってものがあるのだ。
というわけで僕たちはさっそくグラウンドの中央でやっているハンドボール投げからやることになった。
今回は勝負をやっているからか、いつもは一番にやる麗華も先に譲って、紗夜から投げる。
ハンドボールを持って円に向かう紗夜を見送っていると、くいくいと袖を引っ張られる感覚。
「澪ちゃん澪ちゃん」
「美琴ちゃん?」
「鷹司さまとの勝負、大丈夫ですか? なんだか美琴、嫌な予感がします。澪ちゃんが取られちゃうような‥‥‥」
「あ、美琴ちゃんも嫌な予感がしたんですね。でも、紗夜ってそんなにハンドボールが得意なんですか?」
僕は去年の学園のことは知らないからな。紗夜がどれくらいできるのかわからない。美琴ちゃんに聞いてみると、美琴ちゃんはコクコクと勢いよく頷く。
「と、得意なんてものじゃなかったと思います。中等部では、美琴は鷹司さまとあまり接点はなかったですけど、聞いた話によると学園の中で一番で、男子の記録にも引けをとらないとか‥‥‥。ハンドボール部やソフトボール部にも熱烈勧誘されたらしいと‥‥‥」
「ほ~」
そういえば、紗夜は握力も他の女子と比べたら圧倒的だったな。
と、ちょうど紗夜が投げるところだった。
ボールを右手に持って構えると、足を大きく上げて‥‥‥振り下ろすと同時に右腕を大きく振りかぶりボールをぶん投げる!
ボールは紗夜の小柄な体躯から放たれたと思えないような「ブオオォォン!」って音を鳴らしながら、勢いよく飛んで行った。
30mラインを超えて‥‥‥40m。そこから先のラインが描かれてないところまで伸びていき、かなり遠いところで落ちた。
麗華がまるで「取ってこ~い!」ってボールを投げられたワンコのように計測メジャーを持ってかけていく。‥‥‥頭を撫でてから麗華がワンコにしか見えない。
「45.3mですわ~っ!」
「「「「おぉっ!!」」」」
「ふっ」
麗華が記録を叫ぶと同時に、紗夜の投擲を見ていたギャラリーからどよめきが上がる。紗夜も自信ありなのか無表情でドヤっとしていた。
「どうですか澪さま? これは私のお願いを聞いてもらうのは時間の問題ですね」
「ふむ‥‥‥」
顔にはほとんど出てないけれどニヤニヤしているのが分かる紗夜には答えず、僕はハンドボールを一つ持って円の中へ。次は僕の番だ。
確かに紗夜の記録は凄い。男子顔向けだし、というか野球とかをやってる男子よりも長い記録なんじゃないか? 学園で一番って言うのも誇張でもなさそうだ。
ハンドボール投げは投擲力を測るものだけど、投擲力というのは単純に腕力だけで決まるものじゃない。
腕力ももちろん要素の一つだと思うけど、他にも地肩の強さや肩の柔軟性などの身体能力といったものや、巧く投げるなら体重の乗せ方やスナップの強さなどの技術も必要になってくる。
さっきの紗夜の投擲フォームを見る限り、ほぼ完ぺきと言えるだろう。だからあの記録は出すべくして出た、紗夜の全力投球といっても過言じゃない。思わずドヤ顔してしまうのもうなずけるな。
さて、さっきハンドボール投げには重要な要素がいくつかあるって言ったけど、その中でも特に大事なのは、僕は握力だと思ってる。
ボールの大きさが二号級ってこともあるけど、やっぱりしっかりと投げ出す力をボールに加えるには、ボールをしっかりと握っている必要があるわけだ。
紗夜の握力も女子にしては凄かった。皆からゴリゴリ言われてたくらいに。
しかし、紗夜は忘れてないか? 僕の握力の数値。
自分でも意味が分からないけど、僕の握力は『∞』だぞ?
つまり‥‥‥。
「数値で測れる次点で、敵たり得ない」
僕はボールを鷲掴みにして大きく振り上げる。もちろん、気を練ることも忘れない。
そのまますべての力をボールに押し付けるように、身体全体を使って‥‥‥ぶん投げる!
——ゴオオォォォォォ~~~ッ!
まるでロケットの発射音のような音を響かせながら、僕が投げたボールは空へ打ち上げられ、彼方へと消えていく。
まぁ、僕は見えてるんだけど‥‥‥。というか思った以上に飛ぶなぁ‥‥‥あ、何かに当たった。あれは‥‥‥空飛ぶ円盤?
「「「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」」」」
静まり返るグラウンド。
半ば予想してたことだけどちょっと居心地悪い。まぁ、それを見越して自重なしでやったわけですが。紗夜に負けたらなにお願いされるかわからないって言うのもあるし、この身体の限界を知りたかったっていうのもある。
みんなの元まで戻ると、全員口をポカンと開けて呆けていた。僕はその中の紗夜の前に行く。
「紗夜、勝負は僕の勝ちでいいですか? ‥‥‥紗夜?」
「あ、はい。‥‥‥澪さま、ヤバいですね」
ヤバいは余計だ。‥‥‥僕もヤバいと思ってるけど。正直、自分でも驚いてます。
でも、紗夜との勝負はこれで僕の勝ちっていうことになったしいっか。
「あ、勝ったなら僕は紗夜にお願いを聞かせる権利があるのでは?」
「え‥‥‥。——っ!?」
「おい、なぜそこで距離をとる」
しかも胸を隠して。それじゃあまるで僕がハレンチなお願いをしようとしてるみたいだろ! ‥‥‥あ、まさか。
「‥‥‥紗夜、僕に勝ったら聞いてもらいたいお願いって結局なんだったんですか?」
「それは‥‥‥ここでは言えません」
「耳打ちでいいですから、ほら」
僕は耳に手を当てて紗夜が耳打ちしやすいように少ししゃがむ。
すると、紗夜は顔を赤くしながらも意を決したように口を近づけて来た。
「澪さまを縛らせてください、と」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥変態」
「ど、どっちがですか!? そもそも最初に私を縛ったのはみーちゃんで」
「ちょ、ちょちょちょ待って! 僕が縛った!? 紗夜を!? いつ‥‥‥——っ!?」
その時、唐突にフラッシュバックする記憶。知真理さんと一緒だった身体測定。
紗夜の身体を身体測定と称して色々イジる僕‥‥‥。手足を動かせないように縛られる紗夜‥‥‥。抵抗できない紗夜を膝ガクガクにさせて、そこに知真理さんも入ってきて‥‥‥。
「「~~~~~~~~っ///」」
紗夜もあの時のことを改めて思い出したのか、赤かった顔をさらに真っ赤に染めて、膝を擦り合わせてモジモジしてる。顔が真っ赤なのは僕も同じだ。
だって‥‥‥僕はあんなところでなんていうことを‥‥‥。そりゃあ記憶も封印したくなるわ! あんな‥‥‥あんなのもう、HENTAIじゃん!
ダメだダメだ! これは忘れるべき記憶だ!
「紗夜!」
「み、みーちゃん‥‥‥」
僕は紗夜の両肩をガシッと掴む。
目を合わせるのは恥ずかしいけど、ここは真剣に。
「あそこでのできことは、お互いに忘れましょう。それが健全です」
「は、はい」
「よし」
そう言って無かったことにしようとした僕たちだけど‥‥‥。
「「わぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~っ!!」」
「み、澪さまと紗夜さま、叫びながらすごいですわ‥‥‥」
「ぜぇ‥‥‥はぁ‥‥‥は、早すぎるよぅ‥‥‥」
「何やってんだあいつら‥‥‥」
当然、そう簡単に忘れられるわけが無く。
次にやることになった持久走を、二人で羞恥心に叫びながら全力で駆け抜けた。
ハンドボール投げ記録。
澪『∞』 紗夜『45m』 麗華『10m(投げ方のフォームに美しさを求めたため)』 美琴『5m(投げる瞬間にこけました‥‥‥)』 輝夜『40m(スタイリッシュ!)』
持久走記録。
澪『2分52秒』 紗夜『3分22秒』 麗華『5分41秒』 美琴『7分23秒』 輝夜『3分12秒』
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