第25話 不機嫌な紗夜
美琴ちゃんと昼食会をしたその日の放課後。僕は帰りの迎えの車の中で今日の一日を振り返る。
結局、美琴ちゃんは倒れたまま放課後の授業も休んでたけど大丈夫だろうか? 少し心配だ。
ただ今日はその昼食会で色々と思い知ることが多かった。美琴ちゃんと名前で呼び合うくらい仲良くなったこともそうだけど、それ以上に僕の作法レベルが壊滅的だといことが分かったことが大きい。
僕自身はあまり気にならないけど、今の立場じゃそれではだめなのだ。これから何度も近衛家の娘としてパーティーなどの催しに参加することがあるはず。その時になってマナーも作法もできていなければ、それは僕だけじゃなくて近衛家全体の恥になってしまう。
それに眩暈がするようなとか眠れなくなるほどと言われてる。ほかの人に不快な気分を与えているのなら早急に直さなくては。
仕方ないけれど、当初の目的だった九条さんをお昼ご飯に誘うっていうのは当分は実行できないな。麗華や美琴ちゃんが不快に思うほどなのだから、家格最上位の九条さんが今の僕の作法を見れば、不快に思うどころか完全に嫌われてしまう。
だから早急にどこかで一度、本格的なものを習いたいのだけど‥‥‥。
かと言ってそれは僕一人で決められるものじゃない。
当然どこかの教室に通うのも、家庭教師に来てもらうのも多額のお金がかかる。それを払うのは僕のお父様とお母様だ。近衛家にしてみれば損失にもなり得ない額だろうけど、自分のお金じゃないんだからちゃんと相談しないとだめだ。
しかしどうやらお父様とお母様は僕が作法を習うのに反対みたいなんだよね。
お父様曰く、「澪には必要ないだろう。そんな時間があるなら私と一緒にお出かけしよう!」。お母様曰く、「澪ちゃんは残酷なことを言うのね。そんなことをしたら先生のプライドをズタズタにしちゃうわ」。‥‥‥と言って窘められた。
たぶんお父様ただ僕と遊びたいだけだろうけど、お母様の言ってることはよくわからない。きっと僕の作法の学習能力が悪すぎて先生としての自身が無くなってしまうんだと思ってる。
もしそうなら申し訳ないけど、それでも教えてもらわなければ一向にできない。なんとか熱意のある先生を見つけて、その人に教えを請わなければ。
けれどその為には両親の説得が必要な訳で。それはどうも僕一人じゃできそうにないから第三者の協力が必要だ。適切な目で客観的に僕を見れて、僕の作法の悪さを知っている者。紗夜しかいないだろう。
そこまで考えて、車が止まった。どうやら家についたらしい。
ガチャリと車のドアが外から開かれて、紗夜の声が聞こえてくる。
「紗夜さま、到着しました」
「ありがとう。‥‥‥ねぇ、紗夜。少し頼みたいことが——」
「それでは私は通常業務に戻らせていただきます」
僕が言い終わる前に紗夜はプイっとそっぽを向くと、僕のカバンを持ってスタスタと家に入っていった。いつもなら一緒についてきてくれるのに‥‥‥。
帰りの車もいつもは一緒に後部座席に座ってくれるけどさっきは助手席に座ってた。
美琴ちゃんとの昼食会の時からずっとあんな感じだ。昨日も麗華とご飯食べた時から不機嫌になってたけど、今日はそれが度を越してるというか。不機嫌というより怒っているような、悲しんでいるような‥‥‥。
呆然としていると、車の運転手さんがこっちを向いているのに気づいた。いつもと違う僕たちの様子に心配をかけたのかもしれない。
誤魔化すようにお辞儀をして、僕も近衛家の邸宅に入っていった。
■■
「う~ん‥‥‥」
僕はかれこれ数時間、ベットの上でゴロゴロしながら紗夜のことで悩んでいた。
あれから何度か紗夜と接触しようと思ったのだけど避けられてると言うか、必要以上に関わらない態度を取られている感じで、話を聞いてくれない。
今の時刻は午後七時前。もうすぐで晩ご飯だと思う。
悩みの種の紗夜は、今は僕の傍を離れてて、メイド業務に勤しんでるころだろう。
紗夜は僕付きのメイドだけど、家ではいつも隣で侍っているわけではない。僕の身の回りのお世話よりもやらなきゃいけない仕事もある。
ただ、紗夜の場合学生でもあるのでちょっと特殊な立ち位置らしいけど。詳しいことは雇っているお父様が知っていて、僕はあまり知らされてない。
就業時間とかもあるはずだけど、紗夜は今みたいに他の仕事があるとき以外はだいたい僕のところにいるから、いったい何時から何時までが働く時間なのかわからん。休憩とかちゃんととっているのだろうか?
ちょっと思考が脇に逸れたけど、改めて紗夜の様子について考える。
昨日は膝の上に乗せたら機嫌が直ったけど、今日はそれさえも拒否されたから、どうすればいいのかわからい。
そもそも紗夜が不機嫌になった理由も検討がついてないんだけど。
僕は何か紗夜に怒らせるようなことをしただろうか‥‥‥?
「むむむむ‥‥‥」
今日一日を思い返してみても、やっぱり心当たりがない。
朝のラブレターを発見した時や、午前中の授業、昼休みにサロンに行くところまでは、特に何かがあったわけではないと思う。
いつもより警戒心が高い感じで奇行が目立ってたけど、不機嫌とか僕に対して怒ってるとかは無かった。
ならやっぱり昼食会のときに原因があるんだろうけど、最初は結構テンション高めで僕の給仕をしていたはずだ。
様子が変わったのは、美琴ちゃんが僕に作法がよくないって指摘してくれた時に、お盆をバキバキにしてたところからかな? やっぱりお盆に何かされたのだろうか? ‥‥‥でも、どう見ても僕に対して不機嫌な感じだしなぁ。
その後に関しては美琴ちゃんに集中してたから、あまり紗夜の様子を見て無くてわからないし‥‥‥。
「あ~~~っ! もう! 考えても仕方ない!」
そうだ! こういうのは自分だけで頭を悩ませたところで意味ないんだ! 人の気持ちは他人には正確に推し量れない。だから気になることがあるなら真摯にまっすぐ聞く! 姉ちゃんもそう言ってただろ!
紗夜の気持ちは紗夜にしかわからないんだ。なら僕はそれをちゃんと聞いて、謝るところは謝って、機嫌を直してもらえるように精一杯甘やかそう!
その時ちょうど扉がノックされて、夕食の準備ができたことを知らせてくれた。
グッと覚悟を決めた僕はすぐに行くことを伝えて、紗夜に夕飯の後に僕の部屋に来るように言ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます