第20話 ウチのメイドが‥‥‥
ラブレターや美琴ちゃんのことを考えていたら、あっという間に時間は過ぎて、昼休みになった。
ラブレターの件については、麗華にアドバイスをもらったからそれを参考に、実際に会ってから臨機応変に言葉をかけようと思う。僕が恋のキューピットになるんだ!
美琴ちゃんはあのあと授業も休んで帰って来なかった。ちゃん付け呼びしたことを謝りたかったんだけど、どうやら相当怒らせてしまったらしい。もしかしたら最後の待ってますからってセリフは、おととい来やがれみたいな意味だったのかも。
嫌だなぁ‥‥‥美琴ちゃんと喧嘩するの。美琴ちゃんとも友達になりたいもの。美琴ちゃん、前髪あげたらめっちゃ可愛いし。あの子はみんなが無視する中で、一人だけ挨拶を返してくれた天使だもの。
「はぁ‥‥‥」
思わずため息をついてしまう。美琴ちゃんのことは今悩んでも仕方ないので、午後の授業は来てくれることを願うことにしよう。
それよりも今は直近の問題だ。ラブレターのこともそうだけど、それよりも直近。
この、目の前で不審行動をとっているうちのメイドをどうにかしたい。
「紗夜‥‥‥あなたは何をしてるんですか?」
「しっ! 澪さま、ここはもう敵地だとお考え下さい。油断は禁物です。私はあそこの曲がり角が安全か確認してくるので、澪さまはここで少しお待ちください」
紗夜はいつもの無表情に真面目な雰囲気でそう言うと、姿勢を低くしてサササッと素早い動きで、廊下の曲がり角のすぐそばまで行った。
けれど、そのまま曲がらず何故か壁に背中を付けると、ポケットから鏡を取り出して、それを使って廊下の向こう側を確認し始める。
しばらくそうしたかと思うと鏡をしまって、今度はチラリと顔だけを出す仕草を見せたと思えば、意を決したように廊下に飛び出す。
そうして最後にキメ顔っぽい表情で——
「クリアです」
この一言。
「‥‥‥」
これはツッコんだらいけないのだろうか? ウチのメイドが明らかに不審者すぎる‥‥‥。
何故ただラブレターに書いてあった待ち合わせ場所に行くために、こんなサバゲ―ごっこみたいな行動しているんだろう。
もう僕は主としても、幼馴染としてもどうしたらいいかわからないよ。昔はこんな子じゃなかったし。
クリアの一言を貰ったので、紗夜の元まで歩いていく。ちなみにクリアを貰ってないのに勝手に動くとめちゃくちゃ怒られるから気を付けるように。
「澪さま、ここから先は小部屋がたくさんあり、どこから敵が出てきてもおかしくありません。最大限に注意してついて来て下さい」
「はあ‥‥‥」
気のない返事を返して紗夜について行く。普通に歩けばいいものを、扉の前を通るたびに紗夜が手に持ったものを構えるため、遅々として進まない。
というか‥‥‥その手に持ってる黒い物体はハンドガンですよね? まさか本物ではないと思うけど、なんでそんなものを持ってるのだか。
「あの、紗夜‥‥‥本当にさっきから何をしてるんですか?」
もう堪えきれないので問いただす。
すると「はぁ‥‥‥」とため息をついた紗夜がやれやれといった視線を向けて来た。なんだよ。
「澪さまは暢気すぎます。あの手紙が罠である可能性がある以上、もっと警戒心を持ってください」
「いや、罠って‥‥‥」
そういえば今朝もそんなこと言ってたけど、まだその設定だったの? 流石に発想が飛躍しすぎだろう。でも紗夜が本気でそう思ってるならこの行動は納得‥‥‥じゃないな、うん。
「紗夜、人の目もあるんですよ? あまり不審なことはしないでください」
そう、これは真昼間の校舎でやってるわけで、昼休みだからみんな出歩いているし、すれ違う人の視線が痛すぎる。
紗夜はいいんだよ。小柄なのも相まって微笑ましいというか。さっきすれ違った上級生の人も「あの子何の遊びしてるんだろう」「ちょこちょこ動いてかわいいねー」「ねー」って言ってたし。
だけど、僕はただイタいだけだ。完全に不審者だもん。
「もう普通に歩きましょう?」
「しかし! なんだかすっごく嫌な気配がするんです! 宿敵とまみえる直前の空気というか‥‥‥とにかく私の勘が警報をビービーならしてるんです! だからボディーガードとしてちゃんと守らせてください!」
「えぇ‥‥‥というか、ボディーガード? メイドじゃなくて?」
「今の私はメイドではなくボディーガードです。澪さまが入院中に特別に訓練を受けましたから安心してください」
「えぇ‥‥‥」
紗夜、僕がいないあいだにそんなことしてたの? もうこの子がどこに向かってるのかわからない‥‥‥。
結局、いつになく真剣な紗夜の剣幕に押されて、僕はこの後もサバゲ―ごっこっぽい動きで待ち合わせのサロンに向かうことになった。
まぁ、紗夜があんなに言うんだからもしかしたら本当に罠みたいなものがあるのかもしれない。一番信頼してる子にああも念を押されたら考えないわけにはいかないよ。
‥‥‥恥ずかしいから、無関係な他人のフリはするけどね。
そうして順調に? クリアを続けて、たどり着いたのは特別棟四階のサロン。待ち合わせの場所だ。ここにあのラブレターを書いた本人がいるはず。
「澪さま‥‥‥何があっても私が守ります。必ず、澪さまだけは生還させますから」
「あ~‥‥‥うん、頼んだよ」
なんだか決戦に挑むような紗夜に適当に頷いてから、僕はサロンの扉をノックする。
さぁ! 迷える少年よ! 僕が君の恋を成就させてあげよう!
気合いをいれて待っていると、やがて内側から扉が開かれて。
「よ、ようこそいらっしゃいましゅたっ! ‥‥‥あうぅ」
そこから出てきたのは、午前中の授業を失踪していた美琴ちゃんだった。‥‥‥あれぇ?
■■
まだ誰も登校してきていない早朝、美琴は一つの下駄箱の前を行ったり来たりしながら、ある決心をしようとしていた。
(う、うぅ‥‥‥この気持ちを何なのか確かめたい‥‥‥けど、けどぉ‥‥‥)
手に持つのは一つの手紙。昨日、たくさん悩んで書いた近衛様へ宛てたラブレターだ。
そこには入学式に階段から落ちそうになったところを助けてくれたお礼として昼食会に誘いたいことが書かれてある。それからその時に芽生えた気持ちだ。
そう、入学式のあの時から美琴は何かが変わってしまった。なんだか妙にそわそわして、家でも落ち着かなくて、近衛様のことを考えると訳もなく叫びたくなってバタバタしちゃうのだ。
学校では近衛様を見るとつい視線で追ってしまうし、見えなくても気が付いたら探してる。昨日の午後からは麗華が澪といるのを見ると、モヤつくこともで増えてしまった。
このままでは学生なのに勉強にも手が付かない。なんとなく予想は付いてるけど、この気持ちをちゃんと確かめたい! だから‥‥‥。
「——えいっ!」
美琴は下駄箱を開いて、ギュッと握った手紙を澪の上履きの上に乗っけると、逃げるようにその場から離れる。
(入れちゃった入れちゃった入れちゃった! もう後戻りできない! 美琴のこの気持ちは——)
「——うきゃっ!?」
目を瞑ってなりふり構わず走ってたからだろう。美琴は教室のドアが閉まっているのに気が付かないまま、思いっきり頭から突っ込んだ。ドジっ子発動!
「痛ったぃ‥‥‥——はっ!?」
その時、頭を打った衝撃でか、あることに気が付く美琴。頭のてっぺんを両手で抑えながら、みるみるうちに顔が青ざめていく。
「み、美琴‥‥‥手紙に自分の名前書き忘れた‥‥‥?」
昨日書いた手紙の内容は一言一句覚えている。何度も書き直してたくさん考えたのだ。だからすぐに確信した。内容が完成したことに満足して気が緩んだのか、最後に自分の名前を書き忘れていることを。
「な、なな、どどどど、どうしたらっ!?」
もうそろそろほかの人が登校してくる時間だ。つまり近衛様がいつ来てもおかしくない。もしも直しに行こうと向かって鉢合わせでもしたら、自分はとても冷静でいられるとは思えない。
「うぅーうぅー‥‥‥こ、こうなったら自分で言うしか‥‥‥」
正直、それでも今の美琴にはハードルが高いが、自分の気持ち以前にあの手紙はお礼の昼食会の招待状でもある。もし名前が書いて無ければ警戒されて、来てくれない可能性が大だ。
昨日と同じように今日も挨拶して、その時に一緒に伝えよう。そう決心して、美琴は自分の席に座って近衛様が来るのを待つことにした。
長いようで短いような時間の中、続々とやってくるクラスメイトにビクビクしながら近衛様が来るのを待っていると、やがて前の扉から今日も美しい黒髪を靡かせて近衛様がやって来た。華のあるその姿に教室中の視線が奪われる。
美琴も思わず「はぅ‥‥‥」と見惚れてしまった。
教室に向かって挨拶した後、席へ向かう近衛様が自分の席を通り過ぎるときに、美琴は勇気を出して手を伸ばす。
その手で遠慮気味に近衛様の袖をつまむと、意を決して声をかけた。
「あ、あの‥‥‥おはようございます!」
(やった! 今日は噛まなかった!)
「おはよう、西園寺さん」
名指しでおはようって言われて、つい嬉しくなる美琴。だけど、もう一つ大事なことを言わなければ。
けれど、そう思えばそう思うほど緊張してしまって。
「あ、あのあの‥‥‥え、えっと‥‥‥て、てが‥‥‥」
(い、言わないと‥‥‥近衛様はちゃんと聞いてくれてるから‥‥‥)
「うん? 手ですか?」
「そ、そうじゃなくて‥‥‥お、おて‥‥‥」
「ワン?」
(あ、近衛様可愛い‥‥‥じゃない!)
「ち、ちがくて‥‥‥そ、その‥‥‥お、おてが‥‥‥よみ‥‥‥」
「落ち着いて美琴ちゃん。ゆっくりでいいですから、ね?」
(え、今なんて‥‥‥)
聞き間違いだろうか? 今、確かに近衛様の口から自分の下の名前が呼ばれた気がした。
「み、みみ、美琴ちゃん!?」
その瞬間、美琴はとても嬉しく感じて、だけどそれ以上に恐れ多くて恥ずかしくて‥‥‥だけどやっぱり嬉しくて、声にならない歓喜の叫びが心の中に響いていた。
「ごめんなさい。馴れ馴れしかったですね‥‥‥」
何か勘違いしたのかそう言って、シュンとした表情を見せる近衛様に、美琴は焦る。
名前を言ってくれたことは嬉しいって言いたい。手紙の差出人は自分だと言わなければ。その他にも色んな伝えたいことがごちゃごちゃになってパニックになる。
「あっ! いえ! そ、そうじゃないんです! ただ‥‥‥あの、えっと‥‥‥と、とにかく! 待ってますからぁぁぁっ!」
結局、それだけ叫んで美琴は逃げ出してしまった。
(美琴のバカバカバカ! あんなのじゃ全然伝わってないのに!)
けれど、今更戻る勇気なんて出なくて、感情のままにとにかくどこかへ。
当然、そんな走り方をしてたら事故にあう可能性は高いわけで。
廊下を歩いていた清掃員さんが持っていた水入りバケツに突っ込むのはこの後すぐのことだった。ドジっ子発動!
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