第17話 変わったこと
麗華と昼食を食べたあと、普通に後半授業を終えて放課後になった。
麗華とはあれから随分仲良くなった。授業の間の休み時間毎に僕の席まで来て、ずっとお喋りをしていたくらいだ。
女子はおしゃべりが好きなのは庶民もお嬢様も変わらないらしい。姉ちゃんに鍛えられた聞き手スキルが生まれ変わっても光るぜ! いや、聞き流してるわけじゃなくて、ちゃんと聞いてるからね?
それから教室の雰囲気も少しだけ変わった気がする。五時間目の休み時間の時に麗華が僕に話しかけたことに敏感に反応した人が結構いた。まぁ、麗華は声が大きめだからたぶん教室中の人が興味深そうにしてたと思う。
時勢を読む癖みたいなものだろうね。ここの生徒たちは誰が誰のグループだとか、誰と友達なのかといったことをほとんどの人が気にしてる。
それはその子とその子が仲良くなるということは、その子の家とその子の家同士が仲良くなるか、ならないにしても何らかのつながりができることを意味するからだ。
だから、僕自身にそんなつもりはなくとも、麗華が僕と仲良くなったということは徳大寺家と近衛家がお近づきになると、当たり前の様にそう捉えられる。そしてそれを踏まえたうえで、今後の自分の身の振り方とかを考えるのだ。
僕としてはそういう打算ありきの関係は少し寂しく思うけど、これがこの学園の当たり前なんだから仕方がない。
ただ、一つだけ確信してることがある、それは——。
「澪さま~っ!」
麗華はそんなこと考えていないで、本当に僕のことを友達に想ってくれているってことだ。
特になにか確認できる情報があるわけではない。けれどこうしてまるで犬のしっぽみたいにパタパタとツインテールを振って僕のところに来てくれる麗華の姿を見れば、それだけで十分だろう。
「授業、お疲れさまですわ!」
「麗華もお疲れ様」
「そういえば、澪さまは今日がはじめての授業でしたわね。どうだったですか?」
「う~ん、そうですね‥‥‥」
まぁ、内容は二回目だし特に何の面白みも無かったけど‥‥‥。それよりもずっと九条さんのほうを気にしてたしな。
けれどそれを明け透けに言うのはどうかと思うし、ここは無難に‥‥‥と、思ったら、ハッとした表情を浮かべた麗華が何故か手のひらを前に出すポーズをして止めて来た。
「みなまで言わずともわかりましたわ! 流石は澪さまですわねっ!」
‥‥‥え、何が?
「あら、もう迎えが来たみたいですわ。名残惜しいですが今日はここまでですわね。澪さま、お先に失礼しますわ! ごきげんよう! お~ほっほっほっほ!」
スマホに連絡が入ったのだろう。それを確認した麗華はそう高笑いしながら教室を出て行った。
なんというか、騒がしいやっちゃな。
麗華は人の話を聞かないところがある。いや、聞かないわけじゃないんだろうけど、自分の中に確信してることがあって、性格ゆえかそれを自信満々にしてるから時折かみ合わないことが多い。まぁ、そういう堂々としているところも麗華の良いところなんだろうけど。
それにそんな麗華のおかげで良いこともあった。さっき言った教室の雰囲気が変わったと言ったことにつながるんだけど‥‥‥。
「澪さま、さようなら」
「ごきげんよう、澪さま」
「はい、また明日」
そう、何人かのクラスメイトが声をかけてくれるようになった!
麗華はあんな感じの子だから、内部生で初等科から一緒だった人たちからは気難しい人と思われているみたい。そんな麗華でも僕と仲良さそうに話していたから、みんなの僕のイメージも少し変わったんだろう。
もしかしたらさっき言ったように打算で近づいてきてるだけかもしれないけど、それでもいい! 無視されるよりは可愛い女の子たちに声をかけられる方が断然嬉しい!
「‥‥‥澪さま、鼻の下が伸びてますよ」
「おっと、何を言ってるんですか?」
「‥‥‥ふん」
紗夜が来たので咄嗟に取り繕うと、プイっと顔を逸らされた。
紗夜は小柄だからそういう仕草をすると子供っぽくて可愛い。これ言うと凄く機嫌を損ねるけど。
機嫌を損ねるといえば、麗華とお昼を食べてから紗夜はずっとこんな感じだ。不貞腐れてると言うか。そんなにメイドの矜持を傷けられたのが気に入らなかったのだろうか? う~ん、どうにかしてご機嫌取りをしたいけど、こういう時どうしてたっけ?
僕は、僕が目覚める前の記憶を手繰り寄せる。確か‥‥‥。
「紗夜」
「‥‥‥」
「さ~よ」
「‥‥‥なんですか」
「こっちおいで」
そう言って僕はポンポンと膝の上を叩く。
紗夜はチラリとこっちを向いたけど、すぐにまたプイっと逸らしてしまった。
「‥‥‥そんな子供っぽいことしません」
「え~、昔はよくやったじゃない」
「いつの話をしてるんですか」
「じゃあ、しないの?」
「‥‥‥‥‥‥する」
ポツリとギリギリ聞こえるくらいの小ささでそう呟くと、紗夜は顔を逸らしたまま僕の膝の上にストンとお互いに向き合う形で座った。そのまま首に腕を回してくるので、僕も紗夜の背中に腕を回してギュッと抱き寄せる。
ちょうど紗夜の頭が僕の胸の上あたりにくるから収まりがいい。というか、紗夜は軽いな‥‥‥軽すぎないか? 羽根のようなって比喩表現は大袈裟だと思ってたけど、納得。やっぱり、お昼があれだけじゃあ足りないんじゃないだろうか。
ちょっと心配になりながらも、僕は機嫌を直してもらうために手で紗夜の頭を撫でてあげたり、指で髪を梳いたりする。
「どうでしょう? 満足してくれましたか?」
「‥‥‥まだ」
「えぇ~」
‥‥‥正直。なんというか今更なんだけど、これ‥‥‥めっちゃ恥ずかしいっ!
なんか、思っていたのと全然違うんだよ! 思い出した記憶はもっとキャッキャ♪ウフフ♪みたいな楽しい感じで、こんなにドキドキしてなかった!
なんで? 何が違うんだ? やっぱり僕の中身が変わってしまったからか? それとも、年月が経ってお互いに大人になったから?
昔は全然意識してなかった紗夜の匂いとか、身体の柔らかさとかが敏感に感じられて、なんだか変な気分になってくる。
すると、甘えるように僕の胸に顔をグリグリさせていた紗夜が顔を上げて僕の方を見てきた。
「澪さま……」
「――っ!?」
紗夜はなんて……なん――って、表情をしてるんだ……。
眠たげな瞳をトロンとさせて、頬は上気して赤くなり、濡れた唇から乱れた息を漏らしている。
一言で表現するなら……エロい。
今はもう教室には僕たちだけだからいいけど、こんな顔を他の人には見せられないよ。
「紗夜……」
「澪さまぁ……」
自然と近づくお互いの顔、そして唇。視界いっぱいに紗夜の可愛くて、でも今はエッチな表情が映って。その中でそっと紗夜が目を瞑った。
そのまま引き寄せられるように、僕も目を瞑って……。
「――はっ!?」
「んぎゅっ!?」
「はぁ……はぁ……ふぅ‥‥‥」
「うぅあう!? んーう!?」
僕は紗夜をもっとギュッと強く抱きしめて、紗夜の顔を胸に押し付けるように隠す。
……あ――っぶねぇぇぇ!
今何しようとした!? ねぇ、僕今何しようとした!? 目を瞑って紗夜の表情が見切れたから正気に戻れたけど、あのまま飲み込まれたら間違いなく取り返しのつかないことになってたに違いない……。
別に僕からしたらそれでもいい。僕は恋愛対象は女の子だし、紗夜みたいな子なら大歓迎だ。けど、紗夜は違うだろう。
それに家の醜聞にも関わってくる。近衛家の令嬢が同性愛者なんて誰かに知られたらどうなることかわからない。それは紗夜の鷹司家も同じだ。
「はぁ‥‥‥」
「Ⅴ⁂♯●√☆≒っ!!」
「おっとごめんなさい」
あんまり強く押し付けすぎたからか、紗夜が声にならない声をあげて背中をバシバシと叩いてくる。慌てて放すと紗夜は「ぷはっ!」と大きく息を吸った。
「大丈夫ですか?」
「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥澪さまの香り‥‥‥」
「‥‥‥は? ——わっ!? 紗夜!?」
荒い息を吐いていた紗夜が何か意味不明なことを言ったと思ったら、今度は急に抱き着いてくる。
「すー!はー!すー!はー!」
「ちょっ、紗夜なにして——力つよ!」
「しゅこ~! しゅこ~!」
「こ、こら紗夜! ——うひゃんっ、なに今の!?」
なんか生暖かくて、柔らかいものに肌を撫でれた気がして、ちょっと本気で紗夜を引っぺがす。
すると、紗夜の唇からつつーっと糸が伸びて、紗夜はそれを舌でぺろりと舐めとった。
その仕草に、まさかと思って胸元を見てみると、器用にも口で開けたのかブラウスのボタンが一つ外れていて、そこから見える肌がちょっとテカっているような‥‥‥。
「え、舐めた‥‥‥?」
「舐めてません。澪さまの発汗チェックです」
「いや、どうみてもペロリンとして‥‥‥」
「舐めてません。発汗チェックです。‥‥‥そして、まだ終わってないのです」
「は? えっ、ちょっ! ——アーッ!」
その後、迎えの車の連絡が来るまで僕は紗夜に散々イイようにさせられた。
必死に抗議したり抵抗したんだけど、紗夜は発汗チェックって言い張って、力業で押してくるし。
なんだか昔、同じようなことを逆の立場でやったような記憶を思い出しかけたけど、くすぐったくてそれどころじゃなかった。
ただその代わり、紗夜の機嫌は直ったのか、帰りはずっと上機嫌だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます