第11話 澪は輝夜を知りたい



「九条輝夜さんかぁ‥‥‥」


 近衛邸にある自室のベットの上でゴロゴロしながら、僕は隣同士になった彼女のことを考える。名前を聞いたときはびっくりしたものだ。


 輝夜さんの九条家は近衛家と同じ日本のトップに君臨していて、近衛家と双璧をなす名家の中の名家だとか。近衛家に単体で勝てるのは九条家しかいないと言われるほどで、かつて何度も日本の天下をかけて争ったことがあるらしい。


 家の力や財力、派閥の大きさなど、色々な力関係がわずかな差で均衡を保っているからか、一度争うことになって経済戦争なんかが起きれば両者とも共倒れする可能性があるから、お互いに慎重にならざるを得ない。まぁ、もし本当に九条家と争うようになれば、家がつぶれるより先に日本経済が終わると思うけれど。


 とにかく何が言いたいのかというと、両親に九条家の人間には要注意するようにと何度も言われた相手ということだ。


 近衛家と九条家は表立って争ってはいないものの、裏では傘下の者を使ったりしてお互いにしのぎを削りあっているらしいからな。


 近衛家としては九条家に喧嘩を売るつもりは無いのだが、九条家の方からしょっちゅうちょっかいをかけてくる、といった話をお父様が呟いていたのを聞いたことがある。


 ただまぁ、ちょっかいをかけるといっても、例えば近衛家がある場所にリゾートホテルを建てようと思ったら、あとから九条家もそこに建てると言ってもめたり。マーケットシェアを奪い合ったりといったものだ。


 だから学園でも何か突っかかったりされる可能性があるから気を付けろってことなんだろうけど‥‥‥。


「九条さん自身が何かしてくるようなことは無いと思うんですよねぇ」


 まぁ、ちょっと彼女の当たりが強い気がしないでもないけど、お互いの家同士がちょっとギスギスしてるならそれも仕方ないのかもしれない。


 でもなぁ、僕としては九条さんと仲良くなりたいと思ってる。こう、なんというか初めて彼女を目にした時にビビッときたんだよね。この子とはきっと僕にとって無二の人になる予感というか。自分でもよくわからないけど。


 それに家が対等なら、きっと自分たちも対等な友達になれるはず。僕個人としては誰とでも対等な関係と思えるし、友達になるのに家の事なんか気にしないけど。


 でもこれは庶民的な感覚だ。僕らみたいなお嬢様の立場だと、どうしても友達付き合いは家同士の付き合いになってしまう。だからクラスの皆は僕に気を使うし、気軽に声をかけることもできない。


 けれど、九条さんとならば……。


「よし、そうと決まれば明日から早速積極的には声をかけていきましょうか!」


 あ、でも、今日の様子を見てたらあんまりグイグイ行かない方がいい? うーん、九条さんの人となりがわかんないからどうすればいいのか分からんな。


「こういう時は知ってる人に聞くのがいいですかね」


 ということで、僕は紗夜に九条さんのことを聞くことにした。紗夜なら初等科の頃から一緒だったろうし、紗夜の性格上会話をしたことがなかったのだとしても、同じ学年だったのだから色々知ってるだろう。


「夜遅いけれど、今から紗夜の部屋に‥‥‥」


 紗夜は鷹司家の令嬢だけど、僕の専属メイドでもあるので近衛邸にも部屋がある。そして僕が知る限り、いつもそこで寝起きしていてほとんど実家には帰っていない。


 いっつもこっちにいて紗夜はホームシックになったりしないのだろうか? 僕は生まれ変わったばかりのころは何度も和泉家の方に行きたくなったものだけど。


 そんなことを思いながら紗夜の部屋に向かうために身体を起こすと、ベットの淵にしゃがんでもぞもぞと動く何者かの人影が見えた。


「紗夜‥‥‥?」


 もう寝ようと思っていたから部屋の電気は消していたため暗くてよく見えないけど、ぼんやりと見える輪郭は紗夜の形をしている。そして何故か紗夜は、ジーっと僕の方を見ていた。


「あの、紗夜?」


「‥‥‥」


「紗夜さんや~い」


「‥‥‥純白っ!!」


「うひゃあっ!?」


 何度か呼んでも反応をしなかった紗夜が突然立ち上がって叫んだ。びっくりしてひっくり返る僕。


「な、なに‥‥‥? 突然どうしたの‥‥‥?」


「いえ、澪さまのあまりの無防備さに我を忘れてただけです。そして私の目に狂いはありませんでした。清楚最高、ごっつぁんです」


「は、はぁ‥‥‥?」


 紗夜はいったい何を言っているんだ‥‥‥? そういえば、さっきまでしゃがんでた位置だと僕のネグリジェの中が丸見えなんじゃ‥‥‥いや、紗夜がまさかね。


「というか、紗夜、さっき自分の部屋に戻っていませんでした? いつの間に僕の部屋に?」


「澪さまに呼ばれた気がしたので戻って来ました」


「‥‥‥」


「気のせいでしたか?」


「‥‥‥いや、呼びに行こうと思ってましたけど」


 なんか時折、紗夜はこういうときがある。エスパーか何かの特殊能力でも持っているのだろうか。


「それで、ご用はなんでしょう? 夜伽ですか? 夜伽ですね!」


「いや、違いますよ!? 何言ってるの!?」


 本当に何言ってるの!? そりゃまぁ、紗夜みたいに可愛い子とごにょごにょするのはやぶさかじゃないけど‥‥‥。


「って! そうじゃなくて! ‥‥‥ふぅ、紗夜を呼びに行こうと思ったのは聞きたいことがあったからです」


「なんですか?」


「えっとですね、九条輝夜さんについて何か知ってることがあれば教えて欲しいなって思いまして」


「ほう、澪さまが遂に九条家をぶっ潰すのですね!」


「ぶっ潰さないよ!?」


 なんで九条さんのことを聞こうと思ったらぶっ潰すことになるんだよ! 紗夜の発想が物騒すぎる!


「そうじゃなくて。僕、九条さんと友達になりたいんです。だから紗夜が知っている九条っさんのことを教えてください」


「‥‥‥澪さま、僭越ながら九条様とは」


「紗夜の言いたいこともわかりますが、九条さんとはそういうのを抜きで友達になれる気がするんです」


 僕のことを諫めようとする紗夜を遮って、僕は真っすぐに本心を伝える。僕の専属メイドの立場としては、いつ敵対するかもしれない家の子と友達になろうなんて、止めることは当たり前だろう。


 でも、紗夜なら‥‥‥そんな思いを込めて、紗夜の瞳を見つめ返す。ここで逸らしちゃだめだ。


 しばらく紗夜とにらめっこするみたいに見つめ合って‥‥‥少し頬を染めた紗夜がふいっと目を逸らした。


「わかりました。私が知っていることがあればお伝えいたしましょう」


「やった! ありがとう、紗夜」


「キュン‥‥‥はい」


 きっとちょっぴり顔が赤いのは、主である私の我がままに怒ったからに違いない。それでも答えてくれる紗夜はメイドさんの鏡だな。


「ごほんっ‥‥‥けれど、私が知っていることは他の者も知っているようなことですよ」


「それでもかまわないから、教えてください」


「そうですね‥‥‥今は落ち着いてますが、よく九条家に相応しくない素養だと言われてましたね」


「あぁ~‥‥‥彼女、見た目はまんまギャルですしね」


 紗夜が言うにはあの金髪は天然ものらしく、社交界にデビューしたばかりのころなどは『金色の令嬢』などと呼ばれて、その美貌も相まって誰もが羨んでいたらしい。


 さらには能力も申し分なく、頭脳明晰、身体能力も抜群でまさしく九条家のお嬢様だったとか。


 それがいつからかたくさんのピアスを開けるようになって、制服も大胆に着崩すようになり、その金髪が悪い意味で目立ってしまったそうだ。


 僕としてはあれはあれでいいと思うんだけど‥‥‥。ピアスはお洒落だし、制服はちょっと谷間が見えてて眼福だったし、というか和泉澪だったことの感性からしてギャルはかなり好みだ。


「‥‥‥ギャル、僕は好きだけどなぁ」


「え‥‥‥。澪さまの性癖はギャルだった‥‥‥? 私も髪を脱色して‥‥‥」


「ちょ、ちょっと待った! 紗夜はその黒髪がいいんですよ!」


 僕の呟きが聞こえたのか、迷走をし始めた紗夜を慌てて止める。


 それからも、僕は紗夜から九条さんのことをいくつか聞いて、明日からどうやって九条さんと友達になるかを考えながら眠りについた。

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