仲直り

 ベルクは学校で独りぼっちであった。

 なにも高校の頃からではない。

 中学、小学の頃からずっと独りぼっちであったのだ。

 誰かと話すのは非常に面倒くさい。

 会話をしている最中でも、別のことを考えているくらい。

 何なら逃げ出したいとすら思っていた。

 それとは別に、誰かと一緒にいたい。

 一緒に趣味の話をしたいという欲求も抱えていた。

 けれど小学の頃から友達のいなかったベルク。

 中学に入って友達を作ろうとしても、既に小学校時代からの友達グループがいくつかできていたのだ。


 そうして出来たグループは、また別のグループと交流を持ち、互いに友達の関係となっていく。

 グループというものは結束力が強い。

 それゆえに上がる話題といえば、みなが共感しやすいもの、理解しているものがほとんだ。

 故にベルクという個はグループに入ることができなかった。

 自分の知っている話し、好きな趣味や話題のほとんどを他の人達は知らない。


 例え興味があったとしても、やはり数が少なければ盛り上がりもしない。

 そしてグループの中で趣味を否定する声が大きくなれば、自然と排他的の方向へと話は進んでいく。

 少なくとも、ベルクの中学はそうだったのだ。


「だから、高校に入れば変わると思っていたんです」


 ベルクは少々、苦みのある笑みを浮かべて自嘲する。

 そんなベルクを、金髪のエルフ少女は突き刺した。


「多分、変わらないんじゃないかな?」

「同感だ。良き仲間を作ろうとしても、その態度じゃ――」

「そうじゃなくて、人との距離感が掴みにくいんじゃないかな? これ、私もなんだけどね!」


 エルフの少女、インにも心当たりはあった。

 趣味が趣味すぎるのだ。

 虫と交流することが趣味で、わざわざ田んぼが広がる自然な田舎に突撃して、日に焼けて帰ってくる都会少女がどこにいるだろうか。


 少なくとも小学生の頃は、誰一人として友達などいなかった。

 いるとすれば男の子くらいなものだ。


 そんな男の子も中学に上がれば、とある不治の病に侵されることが多く、自然と趣味が合わなくなっていった。

 女子たちと話をしようにも趣味が合わない。

 いくらか会話にしたことはあるが、自分を出しすぎるせいで距離感が掴めず、一方的に話してしまう結果になる。

 何度か治そうともした。

 けれど気づけば一方的に話している。

 話題性もほとんど虫についてなので、他の人と話についていけず孤立していく。


 そんな日々を、インは中学上がりたての頃、何度も味わっていた。


「じゃあなんで今」

「うーん? これ本当のことなんだけど、私にもあんまり分からないんだ。害虫の心構えや対処法を教えてから、打ち解けるようになってたかな?」


 食い入るように迫るベルクに、インはその頃を思い出しつつ答えた。

 本当は、女子グループが害虫の対処に困っていた。

 だからアドバイスをする形で助けたので、次第に打ち解けていったのだが。

 インはそのことを知らない。


 嘘を真実だと思っていれば、それは嘘にならない訳で。

 インは真正面からベルクにそうであると言いたげに力説していた。


「つまりどういうことだ? イズちん!」


 理解できなかったのか、オレンジは宙を向いて頭を悩ませる。


「うーんとねー。グループに入りたい。けど、距離感が掴めなくて高校でも対人関係がうまくいかなかった。こんなところで良いかなー?」


 イズミの言葉の後半はインの語りでしかなかったが、おおむね同じなのだろう。

 ベルクは苦しそうに肯首していた。


「概ね把握した。どうせこのゲームでなら、趣味は同じだからグループができる。そんな世迷言を考えていたのだろう」

「そうです、魔女様。本当に……流石ですね」

「……わたしから言うべきアドバイスはない。説教をするほどの経験深くもない。だがこれだけは言う。自分の行いは帰ってくる」


 腕を組んだファイは、突きつけるかのように紅蓮の瞳でベルクを睨みつけた。

 ベルクは耳が痛いのか、居心地悪そうに体を小さくしていた。


「自分のチームだけ良ければそれでよい。なんて風に考えていれば、いずれどこからの信用も失うのは自明だろう。だろう? とあるクソ鳥を友に持つおねぇ?」

「あれは良いんじゃないかな? 振り切っているというか、現在進行形で楽しそうだし」


 人に大迷惑を掛けるという面では、ピジョンもある意味でベルクと似た者同士である。

 ひとりでも楽しめる趣味を見つけられたかどうかの違いであるだけで。


 ただピジョンには罪悪感が一切ないという面を見れば、まだ治そうとするベルクの方がマシに見える。

 傍から見ればどっちもどっちなのだが。


 ちなみにその鳥は当初、【スクープ! ロリに甘える高校生!】という記事を書こうとインに同行するつもりであった。

 インに「止めて」と断られ、渋々ながら承諾していたが、こっそりと付けて来てもおかしくないのがピジョンなのである。


「私をあれと一緒にしないでください!」

「どこが違う? 自分本位に人を傷つけ、マナーが悪く、他人の迷惑を考えない。横取りは当たり前、知らないからってお前はわたしのおねぇを傷つけたお前のどこが違う?」


 今までを思い返してぐうの音も出なかったのか、ベルクは言葉を飲み込んだ。

 ファイはそんなベルクに、今一度この言葉を突きつける。


「お前は友など欲していない。自分の欲望をぶつけられる、自分の趣味を押し付けられる人形が欲しかっただけなのではないか?」


 距離感を掴めないというより、自分の考えを相手に話したい。

 趣味を相手に話したい。

 とにかく話したいことが山ほどある。

 そこに相手がどう思っているのか関係ない。

 関係ないのだ。

 自分が楽しいのだから。

 だから寂しいという衣を身に纏い、誰かと自分の趣味について語りたかった。


 ベルクの話を聞いて、少なくともファイはそう感じ取ったのだろう。


 ファイは何も言わず席を立った。

 静かな怒りを滾らせて。

 怯えた顔のベルクを真顔で真正面から見下ろした。

 直後に振り下ろされた魔法の杖は、抵抗しないベルクの顔に高らかな音を立てて突き刺さった。


「とりあえず、わたしのおねぇを傷つけ、さんざん下劣だの抜かした罰だ。この一撃でわたしの怒りは治めてやる」


 そう吐き捨てると、ファイはベルクに背中を見せる。


「今回の件は全て不問とする。お前のような自分勝手な奴は、わたしのとこでみっちりチームワークというものを学ばせてやる必要があるからな。……それと、すまなかった」


 ファイはインに対して「この礼は今度させてもらう。

 ベルクを引き留めてくれた礼も言う」とだけ伝えると、店を足早に去って行った。

 店内に残されたのはインとオレンジ、イズミとベルク。

 彼女たちは四人とも、沈黙を保っていた。

 なんて言葉を切り出せばいいのか分からなかったからだ。

 店内に残る人も、ベルクに迷惑を掛けられた者がほとんどなのか、何も言わずこっそりとことの顛末を覗いていた。

 このあとどうなるんだと言った目線が集まる中、頷いて見せたイズミが先陣を切る。


「今頃リーダー、綺麗に決まったとかいって内心ドヤ顔だろうねー」


 この前やりたいシチュエーションに入っていたような気がすると、さらに雰囲気をぶち壊す発言をする。

 この発言の後を追ったのはオレンジであった。


「ファイちんなら確かにドヤ顔してそう!」

「やってそうだよね、リーダーも気づいていないけど自分勝手だし」

「うんうん、ファイちん、いつもこっちの事情無視するんだよね」

「リーダー特権の乱用だよねー」


 チームですらなかったのにと、無邪気な笑みを浮かべて会話を交わすオレンジとイズミ。

 ここぞとばかりにファイのリーダーとしての在り方に文句を述べていく。


「本当にチームチームって、いっつもチームを鍛えることしか目に見えていないんだよね。ファイちん」

「そうそうそれでチームに何かあったらリーダーである自分の責任だって、ひとりでカッコよく抱え込むんだよねー」

「うん……うん! ちょっとファイちん引っぱたいてくる!」

「義によって助太刀いたす……なんてね!」


 そんな風に言葉を続けると、オレンジとイズミはベルクに「またねー」とブンブン手を振ってファイの後を追いかけて行った。

 これに驚いたのがベルクだ。

 開いた口が塞がらないといった様子である。

 そこの真意は分からない。

 分からないが、インから見て二人の反応が予想外だったのが見て取れた。

 二人がいなくなって数分後、どこかで二人の怒鳴り声と共に乾いた音が鳴り響く。

 そこでは三人の少女が何やら壮絶な言い合いを繰り広げていたらしいが、それはまた別の話である。

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