目指したかったもの
慣れてくるころには、ここがどういった施設なのかインは思考を巡らせていた。
頼りになるのは実験試料とドール、それと魔道具だ。
恐らく何の理由もなく作り込んでいるわけではないのだろう。
少なくとも、ここの運営は何かしら理由付けするはず。
通路の角を曲がり、小部屋に差し掛かったところでイン達は奇妙な存在を目にする。
「黒カマキ――!」
反射的に大声を上げようとしたインを、レイは口を塞ぐ形で羽交い絞めにする。
中央に位置していたのは、これまた人間と同じサイズの黒いカマキリだ。
双方に持つ死神のような刃すらも、汚染されたかのように漆黒で覆われていた。
歩くたびに床に黒いシミのような物が広がっていく。
口からは黒煙のような息が漏れていた。
「
幸い黒鎌虫はこちらに気づいていない。
何かを捜しているのか左右を見渡し、徘徊しているようだった。
そこへ哀しみの顔を貼り付けた人型、哀人型メアリー・ドールが接近する。
次の瞬間、インにとって想定していなかった光景が映る。
哀人型が黒鎌虫を視認すると、敵として襲い掛かったのだ。
手から刃を突き出し、右に左に滑るようにして刃を振るう。
しかし黒鎌虫は慌てない。
むしろ知性を持っているかのように数歩下がって刃を避け、逆に鋭利な鎌を持って哀人型を両断した。
「カッコ――!」
「学習しろ」
学習をしないのだろうか。
やはり反射的に叫ぼうとするインを押さえつけるレイ。
確認してみると、黒鎌虫は既に姿を消していた。
行ったのだろうか。
レイは一息ついてインから腕を放した。
インは耳を澄ましてみるが、何も聞こえない。
レイも同じ感覚を得たのだろう。
探り探りに通路の方へ進んでいき、角で身を隠して顔を覗かせる。
そして安全を確認したところで、上から黒鎌が垂れ下がった。
「ホァァァァァ!!」
歓喜を上げるイン。
傍から見れば、死神に死刑宣告を言い渡されるような状況。
なのにインは、むしろ会いたかったとぴょんぴょん跳ねる。
「……!」
白い極光を纏わせ、レイは黒鎌虫に【破拳】を叩きこむ。
しかし黒鎌虫は黒鎌で完全に防ぎきり、逆にレイを弾き飛ばした。
だらりと腕を下げるレイ。
すぐさま黒鎌虫は両の刃を振り上げ、獲物を刈り取るかのようにレイへと飛び掛かる。
「待ったァァ!!」
しかしその間にインは割って入る。
普段であれば速度が足りないところだが、今の身体はスリー。
十分に身をねじ込んだ
そしてインは黒鎌虫に魔道具を、投げる訳もなく逆に飛びついた。
「黒いカマキリ! 珍しいぃぃ!!」
なんて興奮しながら。
あまりに不可解な出来事からか、口をぽかんと開くレイ。
その瞳は訳が分からないと言わんばかりだ。
「土の匂いがする」
インとしても限界だったのだ。
ゲーム内なのに大事な虫たちと別れてしまって。
見知らぬ場所、それもホラー展開まで追加で。
そこに黒いカマキリの黒鎌虫である。
まだまだ子供っぽさが残るインとしては飛びつかざる負えなかった。
母に抱かれる子のように安らかな顔でインは黒鎌虫を撫でる。
それがレイにとって、さらに想定外な出来事を起こす助長だった。
「……止まった?」
黒鎌虫が攻撃の手を止めたのである。
それどころかされるがままだ。
インは見上げる形で黒鎌虫に「仲間にならない?! あっ、でも今【調教】なくて。それでねそれでね」と捲し立てていく。
その間も黒鎌虫は攻撃しようとしない。
飛び出た瞳は見つめ合う形でインを見ており、どこか話しを聞いているかのように見えた。
そこへ、空気を読まずに満面の笑みを貼り付けた楽人型シン・ドールが襲撃する。
「あっ!」
杖を向ける楽人型。
黒鎌虫はインを剥がし、レイの方へ放り投げると、楽人型を哀人型と同じ運命に辿らせた。
腕にいるインは何も知らずか、気楽に「すごいすごい!!」と黒鎌虫を撫でに走る。
「まさか、この研究所は」
* * *
「ここは何かの実験施設か?」
イン達が黒鎌虫と会っている頃、スリーも三匹の虫たちを引き連れて研究所内を探索していた。
(読めねぇ……)
拾い上げた書類を、読めないと判断するや否やスリーは片っ端から放り投げていった。
研究所の様式を見せている割に、カードキーのような物は見当たらない。
拾い上げた魔道具も、インの姿では全く力を発揮しない。
一応インベントリに放り投げ、何もないと分かれば用は無いとばかりにさっさと離れていく。
途中、イン達と同じく人型の魔物に遭遇するが、スリーに近づく前にアン達が始末する。
特に苦戦する相手出ないおかげか、スリーは探索、もとい探検に集中することができた。
「あれは」
大部屋に差し掛かると、スリーは鎖に繋がれたグラスウルフを発見する。
ピクリとも動かないのを見るに、もう倒された後なのだろう。
消えていないのは珍しいと、スリーはグラスウルフに近づいていく。
(なっつ)
グラスウルフといえば、初心者の多くが最初に狩る草原のフィールドボスだ。
あの頃はどうやって倒したかと耽っていると、スリーの目にアンが映る。
それがさらに、思い出を助長させる。
(あの頃の私は魔法を目指してたな。それで今も……)
スリーは自前の魔道具を手のひらで転がした。
自分に仕える唯一の魔法。
全属性を使えて、どんな魔物でも簡単に倒せる最強の魔法使い。
勇者よりも色んなことができて。
その手に持っていたものは杖や剣で。
そして今、自分が持っている物は。
スリーがそうやって意識を外した直後だった。
肩のあたりから赤いエフェクトが弾け飛ぶ。
あまりに一瞬の出来事でスリーは頭が回らなかった。
次の瞬間には、スリーの眼前に赤く広がる大口が開けられ――直前で割って入ったアンがグラスウルフを仕留めた。
パンッ! と弾けるようにグラスウルフが光に変わる。
残った空間にミミの触手も浮かんでいた。
スリーは雪崩れるように尻もちをつく。
アンに助けられたのだと自覚した頃、スリーの元に通知が二つ届いた。
(……進化?)
それもアンとウデのニ匹。
スリーから見て、面白そうな進化先が表示されていた。
その内のひとつに、スリーは目を見開く。
(ツェルト!)
直に体験したわけではないが、ツェルト事件は聞いたことがあった。
ユーザーが離れる原因になったほどのレイドボスだと。
(マガツ。災厄の序章ともされる存在。虫の奴、何をすればこんな化け物を)
絶望、災厄、天使に妖精。
自分がプレイしていれば絶対に見ることは無いだろうラインナップ。
そしてそれは、ウデも同様であった。
アンやミミほど目立ったものはないが、それでも説明文がおかしい物ばかり。
スリーはこれ以上ない感情を抱いていた。
(なんだよ。こんなの……、こんなの……)
あれだけ嫌っていた虫たちに励まされ、今この場にて助けられた。
最弱種族と言われている虫たちを引き連れて、それでもインはここまで来た。
完全敗ぼ――
その先まで思い至ろうとしてスリーは踏みとどまる。
その先まで行けば、戻れないような気がして。
そしてスリーは進化のメニューを閉じた。
(……つまりは、このまま進化させなければ、こいつらには経験値が入らないってことだろ。ざまぁねぇな、虫)
心配してか、ミミは「立ち上がれる?」と言わんばかりに触手を動かした。
スリーは「サンキュ」と握り、立ち上がる。
そうしてスリーが最後に向かった部屋。
そこで広がっていたのは、中身が分からない大量のカプセルであった。
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