悪魔霊瞬殺

「はぁーーーーーーーーーー、マジで終わったーーーーーーー!」

「……お疲れ、シェーナ。……ナイスファイト」

「ありがとうフィートぉ!」

「よしよし」


 フェイクネクロマンサーが光となって消えていく。

 いくら能力がアンデッドを倒せば倒すほど強化されるという内容であっても、終わるまでにやられてしまえば意味なんてなかったのだ。

 その間ミミの拘束から逃れられなかったのも、一役買っていた。

 シェーナから回復以上の攻撃を、毎秒受け続ける羽目になったのだ。

 いくら強いギミックを持っていたとしても、その結果がこれであった。

 その傍らシェーナは地についていた。

 額に煌めく汗は疲れたからだろうか。

 それとも巨大なミミズをずっと見る羽目になったからだろうか。

 インに撫でられた後、輝石へと戻るミミ。

 それを確認したフィートは、シェーナの頭を労わるように撫でていた。


「ハルトの妹二号! あれ何!?」

「なにってミミちゃんですよ! 可愛いでしょ?!」


 満面の笑みでインは手を合わせる。

 その笑顔に裏なんてものはない。

 アンとウデを撫でるときの顔も、子どもへとむけるような親バカを晒していた。

 シェーナは「いや…………」と言いかけ口を噤んだ。


「おーい! 速く行ってくれないかにゃ~?」


 ボス部屋から遠く離れた位置。

 ピジョンがジャンプしながら煽る。


「あいつ……。少しは――」

「まさかこの程度でへこたれるのかにゃ~? 大好きなハ――」

「うっさい! 速く行けばいいんでしょ行けば!」


 舌打ちをひとつ、膝に力を込めシェーナは立ち上がる。

 槍を肩に当て、ズカズカと足にも無駄な力を籠め奥の部屋へと潜っていった。

 二匹を肩に乗せたインとフィートも慌てて着いていく。

 暗い道。

 インが最初に見えたのは、青白く明滅する壁に刻まれた文字であった。

 その後すぐに、先ほどのボスと戦った場所と同じようなところに出てきた。

 あまりに神秘的光景にインは目を奪われた。

 しかしそれもつかの間。

 背後ではフェイクネクロマンサーが出てきたとき同じような音が響いた。

 インは驚き振り向く。

 その正反対に反応を示したのはシェーナだ。

 シェーナは鼻で嘲う。


「あっはは、あいつボス出現フラグ立ててやんの!」

「えっ? 私達チーム組んでましたよね!?」

「ボス部屋は特別でね」


 聞く話によれば、入った時のメンバーで編成を組まれる。

 そして終わった時に元に戻る。

 だからイン達が戦っている最中に少しでも入ってくりゃ戦わなくて済んだらしい。

 これ以上にないほど楽しそうにシェーナは探検を始める。

 ピジョンをこれっぽちも心配していないどころか、ざまぁとすら口にしている。

 しかし今回の場合、インの方が少数派だったようだ。

 フィートも無視して「……こっちから悪魔霊の気配を感じる」と口にする。


「さっさとくたばれっつぅの」

「どれだけ嫌われているんですか……。ピジョンちゃん」


 口に出すのも忌々しい。

 シェーナはそう前置きを置いてから、抑えきれない怒りを上げる。

 そしてフィートも続いた。

 聞けば聞くほどインの口は引くついていく。


「よっ、よく一緒に来てくれましたね」

「ハルトの妹二号と一緒にいるときだけは大人しかったから。正直誰かと――」

「いやぁただいまただいまぁ~!」


 空気を読まず後ろからピジョンが登場する。

 同時にインに抱き着き、「あれ~インちゃん~。おかえりはないの~」と頬を突く。


「えっと、うん。お帰りピジョンちゃん」

「にゃはは、ただいま~!」


 言葉を聞いたピジョンはそれはもう満面の笑みだ。

 汗ひとつないピジョンに、シェーナは突っかかる。


「デスすればよかったのに」

「いやぁ、フェイクネクロマンサーは強敵だったにゃ~。まっ、フィールドボスじゃないから倒す必要はないんだけどね~。無駄な努力お疲れさまでした~!」

「尻尾を巻いて逃げたの? 臆病だねー」

「戦う必要なんて無かったからにゃ~」


 ニコニコ笑顔を絶やさないピジョン。

 明らかな敵意を持って睨めつけるシェーナ。

 犬猿なのだろう。

 どこか稲妻を走るのを幻視してしまうのをインは感じとる。

 そして、


「悪魔霊を多く討伐した方が勝ちで!」

「依頼内容を忘れたのかにゃ~? 悪魔霊の魔石を取った方が勝ちにゃんだけど~?」

「にゃ~にゃ~うっさい! 行くよフィート」


 ズンズンフィートは突き進んでいく。

 フィートもビクビクしながらついていく。


「流石に謝った方が良いんじゃ、ピジョンちゃん」

「ん~。いいかな~。ゲームは楽しんだ者勝ちだから~。行こ行こ~!」


 ピジョンは拳を振り上げた。

 二人が向かっていた方とは逆の通路に行き、時折振り向いて付いてくるのを確認してきていた。


  *  *  *


「悪魔霊ってどこに行けば会えるの?」

「進んでいたら多分会えるんじゃにゃいかにゃ~?」


 せっかくチームであったはずなのに、気づけば前と同じくピジョンと一緒にいる。

 正直もう少しシェーナと一緒にいたかったインとしては、少し不満げな表情である。

 なおアンとウデは現在インの肩にいる。

 事前情報で霊には戦士のアビリティか魔法使いでなければ攻撃を与えることができないと聞いていたからだ。

 いくら強いとはいえ、アンとウデにも魔力を介した攻撃方法はなかったわけだ。


「冗談はともかく、これといって決まった場所はないんだにゃ~、これが」

「つまりはどこでも出て来るって事?」

「そゆこと~」


 ピジョンは鼻歌混じりに答えた。


(不意打ちに注意しないと)


 必要以上に警戒するイン。

 全神経を注ぎ、借りられた犬のように周囲を見渡した。

 そして何か違う違和感を覚える。


(そういえば上の階と部屋の感じが違う?)


 上の階はどちらかといえば地下通路とでも言えばいいだろうか。

 無機質で灰色の通路が続いていた。

 しかしここはどちらかといえば土色だ。

 フェイクネクロマンサーは何かを守りたかったのだろうか。

 そう思えるように、雰囲気ががらりと変わっていた。

 さらに言えば上層ではよく見かけたゾンビやらスケルトンも見当たらなくなっていた。

 つまりはお化け屋敷のように暗闇。

 蛆虫やハエのような虫もいない。

 それがインの意識を現実に戻してしまったのだろう。

 改まって恐怖が蒸し返り、誤魔化す様に発光する文字を指さした。


「こ、これって何が書いてあるんだろうね?」

「それ~? 解読班が研究しているらしいよ~。分からない人は演出で片づけているらしいけどに~。個人的にはアンデッドを引き寄せる術式ってのが有力」

「そ、そうなんだ」


 今は関係が無いのか、興味なさそうな声音でそう言うピジョン。

 しかし次の瞬間には、良いおもちゃを見つけたとばかりに口元をニヤケさせた。


「もしかして怖いのインちゃん?」

「ものすごく!」

「……隣りくるかにゃ~?」

「行く!」


 ふぅと胸を撫でおろすイン。

 するっと、何かに突っかかる事無く手は流れる。

 そして安心してインは顔を上げ、――何かと目が合った。

 闇を切り取ったかのように真っ黒な瞳の無い目。

 それが顔と数センチの場所に存在していた。

 あちらも予想外だったのだろうか。

 暫し固まっていたようだが、すぐに目が逆さ月のように歪んだ。

 実に見事なタイミングである。


「……ッッ! ……ッッッ!」

「大丈夫だからね~」


 流石のピジョンも空気を読んだのだろう。

 瞳がきらりと潤い、はちきれるまであと僅かなインの腕を掴んだ。

 そしてグイっと自分の元に引き寄せる。


「アンちゃぁぁぁん! ウデちゃぁぁぁぁん!! ピジョンちゃぁぁぁぁぁん!!」

「見事にテンプレを引き寄せるにゃんて~……。にゃはは、ステータスの運がよく分からなくなってきたね~」


 ピジョンの胸元にしがみ付き、インはワンワン泣き始めた。

 涙で服が濡れていく。

 そんな状況に陥りながら、ピジョンはインを抱きしめた。

 そして感情を無くした顔で元凶にナイフを向ける。

 あまりに異常な空気。

 感覚で気づいたインは、ふと顔を見上げる。


「……」

「ピジョン……ちゃん?」


 その言葉に反応して元凶がその身を晒す。

 それは半透明であった。

 黒曜石のように光沢を放つ人型の体。

 歪な二本の角を頭から、先が三角形のように尖った尾が突き出ていた。

 背中からは小さいコウモリのような翼。

 悪魔霊は同じく半透明の長剣を握り、嘲笑った。


「……」


 直後だった。インの目が瞬いた時。

 もうその時には、悪魔霊は霞のように霧散していた。

 確かに存在していた。

 そこに存在していた悪魔霊はもういない。

 アンとウデも全くと言っていいほど反応できていなかった。

 二匹はインと違い目を離すことなど一切していなかった。

 それなのにだ。

 二匹ともハサミと触肢が開いていた。


「……」


 代わりにいるのは雰囲気ががらりと変わっているピジョン。

 だがすぐいつものふざけた笑顔を浮かべると、インの手を握った。


「物理攻撃は効かないからに~。悪魔の霊が蔓延る場所でデートも悪くないにゃ~」

「えっと、ピジョンちゃん?」

「いざ行かん! 冥界巡り~。なんてにゃ~」


 ピジョンはもう一度インに笑みを浮かべる。

 その真意はどうなのか。

 分からない。分からないが、インは「うん」と頷いた。

 アンとウデに頭から離れないよう指示をすると、ピジョン行くままに歩き出した。

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