精霊樹2

 樹蝶命。

 脳に直接響くと同時、周囲の木々が取り巻くようにざわついた。

 いや違う。

 よく見れば、この場の植物全てが同調している。

 全ての植物が揺れ動いている。

 風も吹いていないというのに。

 現実では到底あり得ない現象に、インはアンを抱く腕に力が入る。


「もう一度聞く。誰だ?」


 相変わらず無機質で、感情というものを感じられない言葉。

 興味深そうにそのあたりを見て回っていたピジョンを筆頭に、イン達はそれぞれ簡単な自己紹介を重ねていく。

 仁之介の家臣まで名前を聞くと、精霊樹は重い腰を持ち上げるかのように葉を揺らす。

 何のためにここへ来たのか、と。


「たまたま石碑に目を引かれて、たまたま酒虫を持ってきたら道が開いただけにゃ~」


(ええぇぇーーー!?)


 ピジョンが口にしたのは、あまりにもド直球というより、あまりにも素直すぎる答え。

 驚きインが口を開けると、ピジョンがそっと耳打ちしてくる。


「誤魔化す理由がないでしょ~? それにほらっ、こういう相手は言葉が真実かどうか分かる可能性だってあるし」


 大抵何かの隠し通路で会ったキャラというのは、隠し能力や裏ボス。

 特殊ボスになりやすい傾向がある。

 嘘を見抜ける可能性があると、ピジョンが言ったのはそう言う事だ。


「そのような事で開くはずが……。いや、酒虫ならあり得るのか」

「おっと、それはどういうことなのかな~?」


 すっきりとしない物言いに、知りたがりのピジョンが反応したようだ。

 その瞳を輝かせ、ピジョンは精霊樹へと言い寄った。


「あまり話すものではないが仕方ない」


 と、精霊樹は通路がなぜ開くはずがないのかの理由について語りだす。

 曰はく、火や水、風などの自然現象から誕生したのが主な精霊であり、特徴として、皆人に見られない様に姿を消しているのが挙げられるからのようだ。

 そしてこの習性は、悪意を持った者から攻撃されないように行う習性らしい。

 とはいえ彼らの力は自然そのもの。

 相手にするという行為はそのまま、自然と戦うのと道理らしい。


 この時点で、ピジョンは霊域の探索を始めていた。

 その動きはどこか、もう興味がないとでも言いたげに。

 時折苦しそうに藻掻くミミに、ポーションをかけたりもしていた。


「とはいえ見る方法も存在するが……、ひとつは精霊自体が何らかの影響で狂ってしまう事。精霊と仲良くなる事。他にもあるが、これ以上は語れん」


 そう話し終えた精霊樹。

 そこに質問していいかと、インが挙手をする。


「なんで酒虫は見ることができるんですか?」


 本来見ることのできない精霊。

 しかし酒虫は現に誰の目にも見えている。 

 良い質問だと言わんばかりに、精霊樹の無機質な声が若干弾んだような気がした。


「酒の精霊は少し特殊な生まれ。彼らは確かに精霊でもあるのだが、その前に蟲でもあるのだ。故に、虫と良き隣人の関係になれば見えない事もない」

「インちゃんにだけクエストが発生したのはそういう理屈ね~」


 いつの間にか戻って来ていたピジョンが、会話に乱入してくる。

 だからあのクエストはインにしか現れなかったわけだと。

 王女アリの、全身真っ白なアン。

 癒しワームとかした青いミミ。

 二匹を見渡し、最後にインへと振り向いた。


「ならなぜ、儂たちにも見える」

「彼らは寄生する。精霊の存在を知らねば見つからず、虫を愛していなければいる事すら分からない。姿を隠す必要が無いのだ。加えて、彼らは自然でも何でもない存在。故に一番誕生しにくい」


 加えて酒虫の誕生は、より酒を愛しているのも関係しているらしい。

 呑まないものにまず寄生することはなく、飲んだとしてもすぐ倒れてしまう者にも同じように寄生しない。

 うわばみでかつ、酔いに途方もなく強い。

 酒がおのれの人生とでもいうべき者から、養分を吸い取って生きている。


「質問は以上か? ならば人の子よ。貴殿らにもう一度問く。なぜ、ここに来た?」


 どうやら先ほどのピジョンの答えは、不十分だったようだ。

 樹木に目がついているわけでは無いのに、どこか突き刺すような威圧を放ってくる。

 水没した湿地帯の真ん中。

 今更ながらにイン達の頭上に雲が重なっていき、影を照らす。

 明かりを消された緑の部屋で、草木はやじ馬のようにひそひそ話へと興じている。

 嘘をつけばどうなるかを表すかのように。


「私はさっきも言った通り、そこに石碑があって、気になったからだね~。好奇心。それだけで動くのには十分だよ~」

「私はその、ピジョンちゃんが変な事をしない様見張るのと。先に気づいたのが私だったから」


 ピジョンの後を追うようにインが口にすれば、同調するようにアンとミミが飛び跳ねた。


「儂は小奴らに、酒虫を盗っていかれちゃ敵わんからな」


 仁之介がインとピジョンを見れば、家臣たちは一斉に主についてきたと口々に答えた。


「……嘘偽りはないようだ。……信じよう」


 精霊樹がそう見定めてからというもの、話しは順調に進んでいった。

 どうやら精霊樹の方も、久方ぶりの客に気分が高揚しているようで、ピジョンが気になった事について尋ねれば、差しさわりない範囲で答え返していた。


 空は僅かな雲だけを残して、穏やかに微笑んでいた。

 優しく体を包み込むように、吹いてくる風はどこか暖かい。

 このまま全身を草の絨毯に預けて目を閉じれば、そのまま眠ってしまいそうになるほどに。


 ピジョンと精霊樹のやりとりを見つつ、インは、アンとミミを撫でつける。

 干からびるからか、ミミは顔だけを覗かせている。

 そういった環境が、気持ちに作用したからだろうか。

 インの手つきはいつもの怪しいそれではなく、母親が幼児を寝かしつけるようなゆっくりとしたものであった。

 同じように解されたのか、それとも仕事の疲れがたまっていたのか。

 仁之介とその家臣たちは皆寝転がり、太陽の光に身を委ねていた。


 *  *  *


「じゃあそろそろ」


 ピジョンが聞きたい事を聞き終えてから、ゆっくりとした時間をそこそこにイン達は立ち上がる。


「待つが良い虫を愛でる少女よ。貴殿にとって、そのニ匹は何だ?」


 本当にいきなりすぎる質問であった。

 意図が分からず黙っていると、再度同じ質問を問いかけられた。

 ともかくインは、純粋に問いを返した。

 仲間であり、家族であると。

 いて当たり前の存在であり、暖かな存在であると、ニ匹の頭をそっと撫でた。

 するとアンが、前足でインの腕を叩いた。

 触手を動かし、ハサミをガチガチと鳴らす。

 何がどうしたのか。

 インが不安に思っていると、今度はミミが触手を変則的に動かした。

 虫たちニ匹の行動に、どうしたのと落ち着かせようとするイン。


「そうか。何ともそれは奇怪な主であるな。長い事、虫にそのような行動をとる人の子を見たことが無かったが……。フム」


 精霊樹には、ニ匹が何を言っているのか通じていたようだ。

 続けて、「それならば加護が役に立つかもしれんな」と言い放つ。

 当然真っ先に反応したのはピジョンだ。

 一番に「加護があるのかにゃ!」と目を輝かるが、精霊樹は「加護といっても、力の受け渡しだがな」とすぐに訂正を施した。


「えっと……、貰っておいた方が良いのかな?」

「貰えるものは貰っておけばいいんじゃにゃいかな~?」


 加護であったのなら話は変わるかもしれないが、力の受け渡しである。

 誰の物であろうがそれは、純粋な力には変わりない。

 加えて言うなら、精霊樹由縁の力だ。

 これほど特別な物もないだろう。

 しかしまぁ、どのみち貰うかどうかを決めるのはインだ。

 ピジョンはそう締めくくり、自分には何かないか尋ねて撃沈していた。


「アンちゃんは欲しい?」


 インの言葉に、アンは触角を上下に振った。


「ミミちゃんは?」


 同じようにミミも、体を動かしていた。

 最初から委ねるつもりだったインは、分かったとニ匹にそっと触れると、精霊樹に答えを出した。

 樹蝶命の力を受け取ると。


「了承した」


 精霊樹の言葉が頭に響き渡ると、上昇気流のように光の奔流が舞い上がる。

 一筋の川のように。流れる光の粒子は渦を形作る。

 そして数瞬動きを止めたかと思えば、滝のように精霊樹へと降り注いだ。

 大丈夫なのかとイン達が見守る中、光は一気に弾け飛ぶ。


「光の……実?」


 精霊樹は実を付けていた。


「あの一つ一つが……もしかして魔力の塊~!!」


 ピジョンが興奮したかのように考察を叫ぶと、精霊樹から光の実が三つもぎ取れた。

 そのまま空中を浮遊して飛んでいき、アンとミミ、そしてなんでか酒虫の元へと降り立って行った。

 食べろといっているのだろうか。

 ならとインが指示を出すと、ニ匹は一斉に実を口にした。


「何も起こらな――えっ、アンちゃんとミミちゃんなんか光ってるよ!?」


 アンとミミの光は、以外にもすぐに収まっていった。

 恐らくこれが、力を譲渡したという証拠なのだろう。

 すぐ確かめるようにニ匹はそれぞれ体を動かすが、どこか前と変わったわけではないようだ。

 ならばとインがステータスを開いてみると、ニ匹にスキルかアビリティかは分からないが、新しい項目が追加されていた。


『樹蝶命の加護』


 しかしこれだけである。

 効果を見てみても、何にも書かれていない。

 空欄となっている。


「何にも追加されてないね~」

「これは一種の試練故な。努力無くして手に入れたただ振りまくだけの力はくだらない。きっちりと扱えてこそだ」

「つまり、力を扱いたくば努力して地を這えって事かな~。意外とケチなんだね~」

「誰かに与えられた力で強くなり、もてはやされるのが楽しいか? 苦汁をなめて強くなった者を見下すのが楽しいか?」


 語気を強める精霊樹に、古い考え方過ぎてつまらにゃーいと、ピジョンは全面的に否定する。

 気持ち事態は分からなくもないが、やはり根底にあるのは楽したい気持ちのようだ。


  *  *  *


 イン達は見ていなかったが、酒虫も無事樹蝶命の力を受け取っていたようだ。

 これで仁之介と酒虫とのつながりは多少強化された様で、しばらく長距離離れても問題なくなったらしい。

 ここからどうなるかは、樹蝶命もただ見守る事にしたようだ。

 しかしどうもピジョンは、今回の一件を気に食わないのかそっぽを向いていた。

 結局自分たちには何もなかったし、いきなり現れてご都合展開っぽいと。

 精霊樹曰はく、力を与えなかったのは信用できなかったかららしいが。

 この答えには、イン達含め満場一致で頷いていた。

 が、インは虫とさらに仲良くなったら、ピジョンは精霊に出会えたら、また来るように言われていた。


「最後だが、仁之介よ。一週間に一回は、酒虫で作った酒を届けるように」

「最初からそれが目的であったな」

「当たり前とは言わぬが酒。特に酒虫の物など滅多に味わえるものではないからな」


 そうして無機質ながらも、どこかご満悦な精霊樹の言葉で、この一件は幕を閉じるのであった。

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