未解決?
「えへへぇぇーー!! ミミちゃん、可愛いよミミちゃん!!!」
新しく進化したミミ。
魅了されそうになるほど美しい紺色の体に、少しだけ低くなりつつも存在感はより増した巨躯。
戦闘が終わり緊張の糸が切れたからか、より大きく腕を広げてインは抱き着き頬ずりをかます。
服は既に『変身』を使用して、元の見た目に戻している。
一切の疲れを感じさせないその動きに、ピジョンは身をのけ反らせ、引き気味に苦笑を漏らす。
「アンちゃんもお疲れ様」
次にアンの頭も撫でてやる。
できるだけ差別のないように。
二匹の功労者を存分に可愛がり、次第に手つきが怪しくなっていく。
息荒く、危ない瞳になっていくインに、ピジョンは少し近づきたくなさそうに声をかける。
「あの~? その前にやるべきことあるよね~?」
「アンちゃんとミミちゃんを撫でる事?」
目は合わせるが手を止めないインの頭に、ピジョンは軽く手刀を入れる。
「私たちはなんでこの竜を倒しに来たのかにゃ~?」
「黄色い蛇を十匹捕まえる事だよね」
それならとインはミミの、ヌルッとした柔らかい体をポンポン叩く。
グネグネと変則的に、気持ちの悪い動きを取るミミ。
体を下に向けると、まだ何とか生き残っている蛇達が白いヌルヌルした液に包まれ落ちてきた。
蛇の中にHPを回復させる効果を持った個体がいた。
そして、癒しミミズの粘液はHP回復効果を高める作用がある。
だからミミはその蛇の回復を高めておいたのだ。
というのは単なる結果論だが。
インは蛇の中に手を突っ込み、ミルクのように白い液を滴らせながら笑顔で持ち上げた。
「この中から――」
「……私はパス。インちゃんのクエストなんだから、インちゃんが黄色の蛇を選別しておいてね~。これ道具」
そう柵の付いたケージを不愛想に渡され、ピジョンはゆっくりと離れていった。
もしこれが都会に住む、普通の女の子であれば、蛇を掴むのに絶叫を上げるのは間違いなしであろう。
だが生憎と、蛇を掴んでいるのは平然と虫を抱き上げる少女。
当の本人は何か気に障る事でもあったのだろうかと、疑問符を浮かべている。
そんなインの行動と目の前で繰り広げられている光景に、ピジョンは後でマーロンに相談しようと深く心に決めるのであった。
アンとミミに手伝ってもらいつつインは黄色の蛇だけを詰め込み、残りの蛇は全て倒した。
残ったケージは全てミミが十本以上の触手で持ち上げ、ボスのいた奥地の広場を後にする。
* * *
次の日。
インはログイン後すぐピジョンと合流し、酒虫のクエストが出た場所まで向かう。
門の人に軽く会釈し敷地内に入れば、あの頃の男性が出迎えてくれた。
あたりを見渡せば、どうやら他に客はいないらしい。
屋敷内に通され、畳み部屋に通された。
イグサの香る、知らないのに懐かしい不思議な感覚と、足で踏んだ時の滑らかな感触。
一段上がった場所に男性が座り、同じようにしていいと促してくる。
「ほらインちゃんも。ただし、縁へりや敷居しきいには座らない様にね~。下から刀が突き出てブスリッ!!」
「ひゃあ!?」
「なんて事があるかもしれないからね~」
「脅かさないでよー!」
けらけら笑うピジョンにムッとするイン。
邪魔にならない様、アンをぬいぐるみのように抱えて正座すれば、武家の男が襖を開けて中に入りお茶を手元に置いてくる。
男性は湯呑に口をつけ、ほっと息をついてから喋り出す。
「まずはご苦労といったところか。よく取りに行けたものよ」
「えっ、試したんですか?!」
「奥まで行かなくとも出る故な。しかし一日やそっとで黄だけを集めるのは困難だろうて」
後でこの蛇で酒を造れると喜び愉快そうに笑う男性に、「利用されたー」とインはがっくりと肩を落とす。
「さて、このようなたわいのない話しをしに来たわけではなかろう? 酒虫がどうとか」
「ええ、そりゃ寄生されてますにゃ~。ね?」
合意を求めてくるピジョンから、インは逃げるように目を逸らす。
もしここで寄生されていますと言えれば、どれほど楽な事であろうか。
男性に何か言われるのではないだろうか。
そこには確かに、先延ばしにしていた問題があった。
寸胴のように重くなった罪の意識が、ドカッとインの上に振ってくる。
男性はつまらなさそうに目配せを一つ。
「忍び失格の嬢ちゃんとの方が話し合えそうだ。して、酒虫とはどういった物なのだ? 酒なのか? 虫なのか?」
「その前に質問いいかにゃ~? あなたは今の生活を手放せる? もしここで寄生虫を取り除けたとして、この先もし不幸になってしまうとしたらどうするかな~?」
(それって!)
ピジョンが聞いたのは正しく核心部分。
酒虫を取り除いた後の影響である。
問いを理解できないと男性が答えれば、詳しい部分はインちゃんに聞くようにとピジョンは続けた。
(誰だって、不幸になるのは嫌。私だって嫌だよ。でも、自分の中に寄生虫が潜んでいるのは…………)
きっとピジョンは、インの口から言わせる魂胆なのだろう。
でなければ、自分から直接話すに違いない。
ピジョンは気になった事であればとことん追求するし、その事を人へ平然と話す人間なのだから。
今も、その性格はよく表れている。
寄生虫で何かが引っかかったインが知識を張り巡らせる中、男性は扇子で自分の膝を叩き、陰鬱な空気を豪快に笑い飛ばした。
「その口ぶりからして、聞かなくとも分かるわい。物の怪の類、座敷童のような物であろう? 内から出ていけば不幸になる。だが内にいる間は幸せだと、そのような生物なのだろう?」
「ま、まぁ、それに近いかにゃ~。いとも簡単に信じるんだね~」
「酒虫の単語を聞いたあの時から、気持ち悪くてたまらん故な」
(そういえば酒虫に寄生されていた男性も同じことを……)
酒虫の話しを偽りだと笑い飛ばした男性は、すぐに何か気持ち悪いものを知覚する。
そのような流れを得て、旅の者にすぐ取り除いてもらうように頼み込むのだ。
その後はインの知っている通りの結末が訪れる。
だがそんな事があるのだろうか。
寄生虫が宿主に、私寄生していますよなんてアピールするだろうか。
もしや酒虫は、ばれてしまったからにはと、宿主から早く出してもらうように催促しているのではないだろうか。
そもそもの話し、酒虫は寄生している相手に何か不利な事をしたであろうか。
酒虫の話しを何度思い返してみても、宿主にとって損害となる行動をした覚えはない。
したとしても少し気持ち悪くなるだけ。
アルコールを過剰摂取してはいるのだろうが、酔っぱらわないところを見るに恐らく影響はないのかもしれない。
(まさかまさか、でもそれだと……いろんな意味で意味ないよね?)
そう、意味がないのだ。
わざわざ蛇探しに行ったのも、竜を倒したのも、元はといえばクエストを何とかする為である。
しかしここでもし、酒虫が体内にいたところで問題ないなんて答えが出てくると考えれば、それは取り越し苦労が過ぎる。
中身だけ見てみれば、男性の酒造りを手伝っただけだ。
「イン。といったか」
「えっ、はっ、はい!」
いきなり男性に声をかけられ、つい声が裏返ってしまうイン。
「お前から見て、酒虫とはどういった内容なのだ? 話して見よ」
「え、えっとですね。酒虫というのは――」
一度冷静になった事で、客観的に話の内容を伝えていくイン。
男性は時折面白そうに相槌を打ち、興味深そうにうなずき、そして口を開いた。
「それは……取り除く必要があるのか?」
「で、でもアルコールの過剰摂取で脳がやられるなんて事も……?」
「話しを聞く限りでは、そのような事もないようだが?」
最もだ。
長い目で見れば臓器やら脳やら、何らかの障害は受けるだろう。
だが今回、インは酒虫を取り除いたその後についても話している。
男性が必死に頭をうねらせている横で、ピジョンは非常に残念そうに声を漏らす。
「あ~あ~、バレちゃったな~。面白そうだったのに~」
「そんなだからお兄ちゃんやファイたちに嫌われるんだよ。というか、全部分かっていたうえでやっていたよね?」
インがジト目で見つめれば、ピジョンは白を切るかのようにわざとらしく顔を逸らす。
「寄生虫は取り除かないといけないという、大前提を疑わないと~」
改めてインは思い出させられた。
ピジョンが平然と人に何かを伝えるのは、面白そうという考えが根底にあるのを。
そしてその内容は正しく、ろくでもないものであることを。
この鳥どうしてやろうか。
思考が高LVプレイヤーと似通っていくのをインが感じていると、男性の中で結論がついたのだろう。
顔を上げて正面から見据え、
(でもここまで聞いたら、多分このままだよね。わざわざ不幸になろうとする人なんて――)
「酒虫を体の中から取り除いておくれ」
そう確かに口にした。
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