魔法少女

「イベント当日だね。おねぇ!」

「うん。そうだね!」


 自分たちの部屋の中、ほむらの言葉に杏子もVRギアを両手に持って答える。

 初めてのイベント。

 改めて意識してみると、新しい虫の生態系や新種の虫を発見した時のようなワクワク感が杏子を襲う。

 このままVRを被れば、三日間は別の場所に移されるため会えなくなる。

 だからなのか、ほむらは先に注意事項を口にする。


「おねぇ。このイベント期間中は三日間、約七十二時間やるけど、現実では三時間しか経たないほど眠りが濃くなるから、トイレとかも今のうちに行っておく事! もしどうしても我慢できない時は行けるけど、その分ゲーム内時間も三倍だから気を付ける事」

「分かった」

「最後に一番重要事項、女性に迷惑をかけない事。これ本当に一番重要。じゃあね! また三時間後に!」


 その言葉を最後に、ほむらはVRギアを被りベッドの横たわると、眠りを深くしていった。

 杏子も同じようにVRギアを被り、0と1が上から下に流れる海を長く漂いしばらく。

 急に襲い掛かる瞼の裏側を焼く様な光に、インは腕で目を覆い隠す。


 それからしばらくして目が慣れてくると、恐る恐る瞼を開いてみる。

 そうして出てきた先は、他プレイヤーが大勢揃う見知らぬ宇宙空間だった。


「えっ、ええええ! 宇宙!? あっ、でも呼吸はできるんだ」


 ここはPVPの勢力で、魔法少女を選んだプレイヤー達の待機場所だ。


 宇宙空間なのもあり、このまま酸素不足でやられるのではないかと勘繰るインだったが、そんな気配は微塵も感じない。

 深呼吸に声も出るところを見れば、いつもと変わらず活動自体はできるようだ。


 空を見上げれば煌めく星屑が何かから逃げるように急いで散り、少し視界を下ろせば全方面百メートルはありそうな巨大な壁が蜃気楼のように薄く、それでいて存在感を露わにして聳え立つ。

 その場で軽いジャンプをしてみれば、地上からは優に十メートルくらい離れ、そのまま落下ダメージで死ぬのではないかとインが危惧する間もなく、ゆっくりと降りてくる。


(あれっ、なんか今見られていたような?)


 一瞬視線のような物を感じたインは、その場で見渡してみるが何もわからない。

 どうやら思い過ごしだったようだ。

 そんなイン含め、困惑しているのかぶつくさと話し声が聞こえるプレイヤー達の元に、一陣の風が通り過ぎる。


 瞬間、さらにプレイヤー達の注目を一気に掻っ攫う、視界を覆い隠すほどのライトアップ。

 アイドルのステージを演出するかのように、キラキラなライトで一人の少女を映し出された。


「魔法少女ライアだよ! よろしくね! ええぇ! もしかしてこの場にいるみんな、わたしと一緒に防衛してくれるの! ありがとう!」


 絶妙な色合い加減な黄色と白の混ざり合う魔法少女服、胸の隅には黄色い百合のバッチ。

 肩が見えるデザインとなっているため、吸血鬼が見たら秒で惑わされそうになるほどの健康的な肉付きの柔い肌を外に晒している。


 指を入れれば一度も詰まる事がなさそうなほど、スラッとした可憐で薄いレモン色の髪。

 これを邪魔にならない様にする為か、清楚な真っ白いシュシュでサイドポニーへとまとめ上げる。


 口からは元気っ子の証である八重歯が見えており、彼女はその場でアピールするようにクルクル回ると、ウインクを決めて他プレイヤーを湧きだたせる。

 ライアと名乗った魔法少女は、まさに天使が困っている人に救いの手を差し伸べるためだけに舞い降りたかのような美少女であった。


「でもごめんね! わたしにはいつ敵が攻めてくるか分からないの。そこでねそこでね! みんなにはこの町にいる侵略者に怯える町の人たちを、勇気づけるのを手伝ってほしいんだけど……おねがいしていいかな?」


 ライアは両手を合わせて謝ったかと思えば、申し訳なさげに片目だけ開いてプレイヤーたちにあざとく上目遣いで訴えかける。


「ウオオォォォォ!! 自分、余裕っすよ!」

「ライアちゃんサイコォー!! やってやる! 男の意地にかけてライアちゃんを、この町を守ってやるぞォ!!」

「こういうぶりっ子系って嫌いなのよね。なんか裏がありそうで」

「これに匹敵する美少女エルフを最近見かけたような気がするけど、きっと気のせいに決まってるな! 控えめに言ってあのおみ足で踏まれたい」

「うわぁ……。激同」


 その可憐であり、元気な幼馴染が繰り出しそうなポーズは、多くの男性プレイヤー達には効果抜群だったようだ。

 次々とオーケーの峰を伝える言葉が、ステージに投げかけられる。


 その反応にアイドルが、「ありがとう!」と手を振りながら満面の笑みをプレイヤー達にプレゼントするとさらに沸き上がる。

 なおこの間、インは何をしていたかと言えば。


「アンちゃ~ん。ミミちゃ~ん。どこー」


 アイドルの説明そっちのけで、いつもなら真っ先に抱きあげるアンがいないと、その辺をうろついて探していた。

 インにとっては近場にいる美少女よりも、一緒にいてくれる虫たちの方が大事であり、家族なのだ。


 その虫たちがいないせいか、インは闇雲に目を回して探し回る。

 しかしいくら目を凝らそうが影も形もない。

 二匹とも、まるで神隠しに会ったかのように姿をくらまし消えてしまった。


「インベントリにいるよ。インちゃん」

「本当?」


 そんなとき、どこからか投げかける声。

 インは僅かな希望を持ってインベントリを開いてみると、確かにそこにはアンとミミの輝石があった。


 続いて詳細を調べてみれば、一日置きで自然に復活すると記載。

 後は再び取り出して出てくるように心の中で思えばいつもの姿になるようで、教会の無い今イベント特有の処置らしい。


 これを読んで、遠くに行ったわけではないことが分かり心の中でほっとするイン。


 そしてイベント会場に入った途端、何故テイムした魔物が死んでいる状態で入っているのか疑問に思い始める。

 論文を遡るかのようにここに入ってきたときのことを思い出してみるも、やはり二匹がやられたような演出は記憶にない。


(イベントをやるときはそういう仕様なのかな? 確かに私の最大魔力が減ると言っても、数で攻めてこられたら勝てないもんね。ファイも教えてくれればよかったのに)


 そこまで考えふと気づく。誰が自分の名前を呼んで教えてくれたのかと。今まで知り合った人たちは、みんな自分よりもLVが高いはずでこの場にはいないはずなのに。


「ありがとうございます。ってあれ? 誰もいない」


 ひとまず無粋な考えは捨ててインがお礼を言うも、気づけばアイドルの演説が終わっている。

 先ほどまで声援と熱気で包まれていたはずの会場を見渡してみれば、ちらほらどこに行こうかと決めかねている者しかいない。


 インはすっかり、アイドルから何をするべきなのかを聞き逃してしまった。

 インは暗闇の中たった一人、誰もいない空間に閉じ込められたかの如く頭の中が真っ白になり、あたふたしてしまう。


 そんな集団行動に遅れたインの背後から忍び寄ってくる、一人の少女。


「こ・こ・か・なぁー? 先生の言う事を聞き逃しちゃった悪い子は! タアッ!」


 少女はインの背中を両手で押し出す。

 あんまり強い力で押し出してはいないのだろう。

 前かがみに一歩踏み出すだけで堪えられたインの正面に、少女は回り込んで手を振ってくる。


「あ、あなたは……! 誰っ?」

「ずこーーー! ライアだよ! ラ・イ・ア! さっきまでステージにいたよわたし!?」


 盛大にこけるようなリアクションを取り、ステージを指す魔法少女ライア。

 インが失礼にも名前を聞き返すが、ライアは特に気分を悪くすることもなく、むしろ今度こそ覚えてほしいとばかりに指で自分の顔を指し、続けて満面の笑顔で手を差し伸べてくる


「そうなんですか? 私はインです。よろしくお願いします」


 インがその手を握り返そうとする前に、ライアは差し出されたインの手を両手で包み込み顔を近づけ瞳を輝かせる。


「敬語とか堅っ苦しいことは無し無し!! ライアって呼んで! 私もインって呼ぶから!」

「ええぇ! わっ、分かりました」

「ノンノン! さっそく敬語になってるよ! イン」


 ライアはインから離れると、ダメダメとでも言いたげに指を横に振る。

 そんな気安く接してくる彼女に緊張感がほぐれたインは、ほっと胸をなでおろし安心する。


(この感じ……。まるで夏休みのほむらみたい)


 彼女は俗にいう気楽で陽気な性格をしているのだろう。

 飛び跳ねて元気っぽさを全身で表す彼女に、インは夏休みの宿題をやらないで、最後の日に泣いて縋りついてくるファイと同じイメージを幻視する。


「えっと。うん、分かったよライア」

「それでイン! わたしの話聞いてなかったでしょ。あっ、いいよいいよ! わたしもインと一緒に町を回りたかったから! 行こっ!」

「えっ! ライア!?」


 インはライアに半ば強制的に腕を掴まれそうになるが、ゲームのセーフティタッチ機能が発動してライアをはじく。


「ありゃ?」

「あっ、ごめん! 待ってて、セーフティタッチ切るから」


 本来はプレイヤー同士のいざこざが起きない為に、許可なくタッチするのは厳禁とするために入れられていた機能である。

 しかし、運営の女性が、NPCに触られるのを嫌う人がいるかもしれないと効果範囲を広げていたのだ。

 しかしNPCをフレンドに登録するのは不可能であり、このままだと延々とセーフティタッチ機能が発動してライアの腕をはじくだろう。

 それはインも心苦しくなる。

 だからこそインは、フレンド以外に発動するセーフティタッチ機能を解除した。

 ちなみにフレンドでもないアン達が触れられるのは、判定がインの物とされているからだったりする。


「これで大丈夫!」

「ホントだ! じゃあ行こう! 案内するから!」


 ライアがインの腕を今度こそつかみ取れるようになると、町まで一気に走り出した。

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