中西のひとりごと2
結婚式当日は、見事な日本晴れだった。
澄み渡る空が、俺たちの門出を祝福してるかのようだった。
半分には欠けているが、白い月もハッキリと見えていた。
「綺麗だよ、ななこ」
鏡の前、自分の今持てる技術でななこの髪を整えた。そのウェディングドレス姿は、とても美しかった。
「ふふ、悪い気はしませんね」
「なんだよ、それ」
「だって真一さん、いつもお客様に言うじゃない」
「それはまあ、当たり前だろ」
「ふふ、でも営業じゃないと目を見ればわかりますよ。真一さん、嘘が下手ですしね」
「それは…怖いな」
そんな事、初めて言われたな。
いや、そんな事はなかったか?
何かゾワリとする悪寒が背中に走ったように感じたが、式の緊張感に埋もれていった。
◆
式は予定通り進んでいた。最初にあった緊張感も、愛を誓い合った後はどこかへ消えていた。
会場の参列者達も砕けた感じになっていた。もちろん俺も酔っていた。
元々お固くするつもりもなかったし、みんな楽しんでくれているようで良かった。
俺側の参列者はほとんどが同業者で、それなりの人数になっていた。業界的というか、みんなここぞとばかりに派手に着飾っていて、好き勝手に騒いでいた。
ななこの方は元々仕事一筋だったのと、田舎が遠いこともあって義両親と会社の同僚合わせても10人にも満たなかった。居心地が悪くないか心配していたが、ななこは大丈夫だと言っていた。
宴もたけなわ。
次はななこの友人が作ったという二人の結婚までの軌跡を綴ったムービーが大きなスクリーンに写し出されるという話だった。
しかし、お固くしなかったせいか、ストレスを溜め込んだ同業者ばかりだったせいか、酔いもあってかガヤガヤとしていて、あまり興味を引けなかった。
スタッフから製作者の紹介が無いことにあまり疑問を持たなかったが、ゆき、という友人のことをそういえば紹介されてないなと酔った頭でぼんやりと思い出した。
ななこにそれを聞こうとした時、ムービーのタイトルがスクリーンに映しだされた。
『ある男の全てと女の決断』
その妙なタイトルを見て一瞬、時が止まった。どういう反応をすればいいのか、ななこも不思議そうな顔をしていた。
そして誰かと誰かの何かのやりとりのスクショがほんの短い時間表示された。
「これ何?」
「式場の人とのやり取りじゃね?」
「それはわかるけどごめんなさいって誰に? 何か変じゃない? 式やってるじゃん」
「前の人がキャンセルしたんじゃね?」
「スクショなんておかしくない?」
「単純にミスったとか? あ、ほら始まった」
ななこに友人のことを聞こうとしていた俺の横目にはよく読めず、友人達のそのざわつきで、何のことかと目線をスクリーンに戻した。
すると俺とななこの小さな頃の写真が映し出されていた。
それからすぐに俺とななこの二人の成長記録──写真や動画が音楽と共に始まり流れ出した。
さっきのざわつきは、まあプロじゃないだろうしミスかと俺は気にしなかった。
ななこも別に気にしてないようだ。でも、どこか真剣な表情でスクリーンを眺めていた。
不思議に思うも、勘の鈍い俺は、未来に酔っていて、その終わりの始まりには気づかなかった。
◆
穏やかな成長の日々が流れ、みな気のせいかと笑顔になっていった。ムービーに興味のない奴は酔うことに忙しく、ナンパに懸命だった。
でも別にそれで構わなかった。あまり上京前の写真は好きじゃなかった。
そしてお店をオープンした時の、店前での写真が映された後だった。
俺の裸姿がスクリーンいっぱいに流れた。
と言っても上半身のみの静止画だ。
数秒、わずか数秒でみんなの意識を画面に向かわせ爆笑させていた。俺の裸など、酔った奴らの格好のエサだった。
俺も写真の中の俺のように呑気に笑っていた。
「はは、これなんの写真だよ。海にしては──」
──背景がおかしいな。
そう思った直後、画面の中のそいつは豹変し、嫌がる女を脅し犯す鬼畜野郎になっていた。
『彼氏にバレたら結婚式どうなるかわかってんの?』
『やめて! ピーにだけにはやめて!』
『ほらちゃんと言えよ!』
「ごめんなさいピー! ごめんねピー!」
たんたんたんと、そんなシーンが入れ替わる。
無修正だが、性的な部分や女の顔は映っていない。BGMは大きな音。そして音声は控えめ。それのせいか、余計に想像力が掻き立てられたのか、続きが気になったのか、誰も動かなかった。
スタッフを見れば、酔った悪友達がナンパしていた。
そして俺も含めて誰かが声を上げようとした時に、俺とななこの笑い合う幸せなデートシーンにスパッと変わった。
『出会ってくれてありがとう、ななこ』
そしてまた笑いながら脅して犯した。
『ははっ! 結婚式もなくなるよな? なら言う事あるだろ!』
『わたしの穴を使ってください中西さん!』
そしてまたななこと笑い合う。
『そのか、可愛いよ。え? 髪型のことじゃねぇよ!』
そしてまた笑いながら脅して犯した。
『はは、式まで俺のオナホだからな!』
そしてまたななこと笑い合う。
『お前の好きなところ? わかってて言わそうとしてんだろ?』
そして再び泣く女を犯す。
『ほら謝れよ! 彼氏にごめんなさいってな!』
『結婚式までだからピー! ごめんねピー!』
それは。
次々と幸せと陵辱が入れ替わるムービーは。
まるで映画の予告トレーラーみたいなクオリティだった。
その幸と不幸の切り替えの速さとテンポの良さと音の緩急が、交互に入り混じって溶け合い、まるでよく出来た悪いカクテルみたいに感じた。
ハッピーとホラーが悪酔いするかのような度数の高さで、俺に襲いかかってきて、声が出なかった。
いや、俺も含めてみんな魅入ってしまい、誰も動けなかった。
それくらいそれは計算されたかのようなクオリティを誇っていた。
その中の男は、愛を囁き、愛を犯していた。
だからそれはまさに、俺の全てだった。
そして遂には二度目のプロポーズが流れた。
『ななこ、愛してる。結婚してくれ』
それと鬼畜発言がすぐに流れた。
『こんなの知られたら結婚式なくなるんじゃね?』
シンと静まり返る会場に、誰かの声が聞こえた。
「狂ってる」と。
確かにそのムービーは狂気だった。
狂気としか思えない主人公だった。
俺のことだった。
でもどこか現実離れしていて、なのに心のどこかではホッとしている自分がいることに目眩がしそうだった。
そして最後に、『そして女の決断は』。
スクリーンにはそう表示されていた。
だが俺は、ななこを見ずにななこの参列者席を見た。
そこには、当たり前のように冷たい目をした参列者しかいなくて。
目当ての女は、当たり前のようにしてそこにいなかった。
あの心地よく暖かい目をしたあいつはいなかった。
「あの子は、多分もういないわ」
そう言ってななこは、凛とした様子で俺の瞳を見つめてきた。
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