第15話 聞こえる物音
2階からの物音に驚いた貴人が逃走し、いよいよ俺たちの間には気まずい沈黙が流れた。
どうせ相沢の勘違いかなにかだろうという気持ちがあったし、きっと六花も同じだったと思う。だけどいよいよ、そうも言っていられない。
(もしてこれ、マジなやつ……?)
「相沢、この物音っていつから聞こえるんだ……?」
「わ、分かんない。私が来た日の夜には、もう聞こえてたの」
2階は相沢の祖父の部屋だったと言っていた。これまでの話から察する限り、その人はもう亡くなっているはずだ。
つまり、この2階の物音の正体は――。
「相沢のおじいちゃんって、どんな人だった……?」
「おじいちゃん? こっちのおじいちゃんは、ずっと前に死んじゃってるから分からないけど」
「そ、そうか」
「おばあちゃんに訊いてみる?」
「いや、そこまでしなくていいから」
居間にいるおばあちゃんまで訊きに行こうとする相沢を引き止める。なんの確証もないのに、亡くなった人の名前を出すのは、さすがに気が引けた。
「物音の正体って、まさかそういうことなの?」
六花も俺が考えていることに気づいたらしい。さすがの六花も、不安そうに訊いてきた。
「おじいちゃんなら、パパがまだ中学生くらいの頃に死んじゃったって聞いたことがあるけど……。おばあちゃんは、素敵な人だったって」
「そ、そっか……」
(ヒントになるような、ならないような……)
結局、2階の物音の正体は分からない。だけど、さっきのドンドンという物音は、明らかに誰もいない部屋で鳴るはずのない音だった。
俺は改めて、ぼんやりとした暗闇につながる階段を見上げた。
「で、誰がいく?」
ススっと、相沢が階段から遠ざかる。
俺も一歩、それに倣って後退する。
「俺は部外者だし、勝手に上がるのは良くないんじゃないかなって」
「そ、それならあたしだって」
六花も続くと、階段の前には広いスペースができる。誰もなにも言えなくなって、沈黙が漂った。
次の一手を、誰もが探り合っていた。
この片付けの最初の目的は、この階段の先にある相沢の祖父の部屋を整理することのはずだった。まさか、1階だけ綺麗にして終わりというわけにはいかない。
俺はぐっとこぶしを握る。
(話し合いで決まらない時なら、もうこれしか……!)
「最初はグー、ジャンケン……」
俺の掛け声を聞いて、相沢も六花も反射的に動いた。
「「「ポン!!」」」
繰り出されたのは、相沢がパー、六花がチョキ、そして俺がグー。
つまり、あいこだった。
「ちょっと祐介、突然すぎ。全然心の準備出来てないから」
不満を言う六花に、相沢はうんうんとうなずいて同意した。
「じゃんけんに準備も何もいらないだろ。ほら、あいこで――」
「「「しょっ」」」
仕切り直しの2回戦は、相沢がグー、六花もグー。
そして、俺もまたグーだった。
「これ、余計に緊張するんだけど」
「3人だしすぐ決まるだろ。……あいこでしょ!」
3人の前に出された指を見る。
時計回りに、グー、チョキ、パー。綺麗なくらいに、見事に分かれていた。
「「「…………」」」
もう1戦、2戦、3戦……。全員が手を変えて繰り返して、それでも決着はつかない。
もうこれで、6回連続のあいこだった。細かい確率なんてわからないけど、きっと奇跡みたいな数字なんじゃないか?
そういえば、そんな奇跡を起こすことができる人物が、ここに1人だけいることを思い出す。
「なあ、これって……」
「ごめんなさい。たぶん、私のせい」
「やっぱり、本当にマジなの……?」
たぶん、六花もまだ本気で信じれきれていなかった部分があったんだと思う。俺だって、頭では分かっていたつもりでも、改めて痛感した。
「たぶん、みんなが負けたくないって願ったから、こんな形で叶えられているんだと思うの」
やっぱり、相沢万由里は本物だ。
あいこが続くだけの小さな奇跡だけど、それでも確率だけ見れば、きっと宝くじが当たるような奇跡だと思う。
「けど、それじゃあどうやって決めんの? このままあいこの連続記録を作ったってしょうがないし」
六花が困ったように言った。
「それは――」
「俺が行くぜ」
突然、俺の言葉を遮って聞こえてきたのは、貴人の声だった。
2階の物音に驚いてどこかへ逃げたはずの貴人がそこにいた。まだどこか恐怖で引きつった顔をしながらも、覚悟を決めた目をしている。
「貴人、マジで行くのか?」
貴人は静かにうなずいた。
「分かったよ。それなら俺も行く」
「ちょっと! 祐介が行くならあたしも行く」
俺が言うと、六花も続いた。
最後に相沢の方を3人で見ると、「あれ?」と首を傾げた。
「もしかして、みんな行くの?」
「別に無理強いはしないけどさ。4人で行けば、なにがいたって大丈夫なんじゃないの?」
別に根拠も何もないけど。不思議と恐怖はいつの間にか少なくなっていた。
相沢が小さく、こくん、とうなずいたのを見て、俺たちは暗闇に続く階段を上り始めた。
先頭は貴人で次に六花、そして俺と相沢が続いた。
「別に、無理についてこなくてもいいからな」
「だから、祐介は相沢さんを甘やかしすぎ」
「だ、大丈夫。私も、おばあちゃんの家だから、ちゃんと2階まで見たい」
先頭の貴人が階段を登り切るのが見えた。
それと同時、雲に隠れていた太陽が顔をのぞかせる。窓から日差しが差し込んで、暗闇に包まれていた2階が一気に明るくなった。
「右手に扉を発見!」
貴人が言った。
全員が階段を登りきったところで、貴人の言う右手の扉を見た。それはわずかにだけ開いた状態になっていて、その隙間が余計な不気味さを生んでいる。
明るくなっても、やっぱり恐怖が消えるわけじゃない。
「あ、開けるぞ……」
貴人が震える声で言った。俺たちがうなずくと、そのドアに手をかけて、ゆっくりと開いていく。
ギギギ、と、不気味な音を立てながら開いて……。
突然、なにか黒い影が俺たちの足元を一瞬にして通り過ぎていった。
「うわっ!」
「にゃ~」
階段を高速で降りていくそれは、一匹の黒猫だった。
「猫……?」
「そういえば、いつも庭で餌をあげてた猫ちゃんを見てないって、おばあちゃん言ってた」
「え? つまり幽霊だと思ってた音の正体は猫だった的な?」
一気に、安堵と脱力感が広がる。
原因が分かってしまえばしょうもない話なんて、よくあることだ。
改めて貴人がドアを開けた部屋の中を見ると、そこは小さな洋室になっていた。正面にはアンティークなタンスがあって、右には本棚が見える。そして、その本棚の足元には、いくつかの本や物が散らばっていた。
「さっきの物音の正体はこれだったのか」
きっとあの猫が本棚から落として、その時に床を叩く音がしたんだろう。
床に落ちていたのは、子供向けの図鑑や絵本たちだ。それを本棚の空いている隙間に戻していく。
と、遅れて部屋に入ってきた六花が、近くに落ちていた何かを拾い上げた。
「ねえ、祐介。これ……」
呼ばれて、六花の方を向いた。
見ると、六花が拾ったのはシンプルな黒い野球帽だった。
「これ、前に祐介が失くしたって言ってたやつじゃない?」
「あー、そういえばあったっけ。たしかに似てるな」
小学生の頃だったか、日差しが強い日はたしかにこんな帽子を被って外に出ていた気もする。
( どこかでなくしたんだっけ。ずいぶん部屋の中でも見てないけど)
「まあ、こんな帽子いくらでもあるだろ」
俺は六花からそれを受け取って、そのまま本棚の上に返す。
帽子のつばを持った瞬間、やけに手が馴染んだ気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます