第37話 最適解

 《トルーナ王国》第二の都市、《ディアン・フルメンティ》に無事入った僕たちだったが、馬車の中の雰囲気は暗く沈んでしまっていた。

 《港湾都市スピナーフレトゥ》から、この街までの道程みちのりで見た光景が、子供たちの心に重くのしかかっていたのだ。


「思ってたよりも深刻な状況みたいですね」


 大人びた口調でドラックァが僕の顔を見上げてくる。


「そうだね……《王国軍》と《革命軍》の戦いの余波よはが一般市民にここまで及んでいるとは……」


 ここまでの道中、いくつかの街を抜けてきたが、どこの街も荒れ果て、この馬車も何度か物乞ものごいに囲まれてしまったことすらある。

 もっとも、護衛役の兄上と兵たちが容赦なく追い払ってしまったのだが、それはそれで子供たちの心に傷となって残ってしまった。


「こうしてみると、《セネリアル州》って恵まれてるほうだったんだなー」


 のほほんとした口調のフェンナーテに、フロースが自慢げに胸を反らす。


「《王国軍》にも《革命軍》にも関わらず、しかも、独自に内政を充実させているノクト様の手腕の結果です」

「まあ、そうだな」


 今度はフォルティスが腕を頭の後ろで組んで、視線だけ僕に向けてくる。


「《セネリアル州》だけじゃなくて、俺ら《山の民》もうるおってきてるからなぁ、それはおたくのところもだろ?」

「……うん、お金とモノの出入りが活発になってきてる……経済の基本……」


 フォルティスに話を振られたディムナーテが、静かにうなづいて肯定した。

 僕はなんとなく背中がむずがゆくなった気がして、笑ってごまかす。


「なんか、こう面と向かって褒められると悪い気はしないというか、逆に気持ちが悪いというか」


 すると、隣に座っていたプリーシアがクスリと笑う。


「こうやってノクト様をおだてておけば、今日の夜はハメを外しても許してもらえるかもしれませんね」

「そーいうことか……」


 バレたか、という表情を見せる面々に、僕はニッコリと微笑んでみせた。


「心配しなくても、今日の宿舎は政庁の中だかんね。僕たち一行は監視対象だから外出もできないし、食事も最低限だよ、きっと」


 ガッカリしたように落ち込むフェンナーテ、フォルティス、フロースを、最年少のシーミャがたしなめる。


「このくにのひとたち、みんながおなかすかせてるんだから、わたしたちだけぜいたくするの、めっ、なの」

「「「はい……」」」


 十歳以上も年の離れた少女に叱られて、素直に反省する三人だった。


 ◇◆◇


「ノクトたちは問題なく宿舎に入りました。監視──いえ、警護の兵も万事抜かりなく手配しております」


 フィラリスレオは重厚な机に向かって書き物をしている父──冷血宰相れいけつさいしょうことインブロスレオ・サミランド・ドランクブルム公爵に向かって、淡々と報告する。

 冷血宰相は書類から視線を動かさずに、承知したと手振りで応えた。

 ノクトとの面会予定は明日の朝一番と確認して退出しようとするフィラリスレオに、後ろから冷血宰相が声をかける。


「決して甘く見るな。それと、あの子供たちへの面会も許さぬ。たとえ近しい親族であっても、決して許可してはならん、いいな」

「……は、承知いたしました」


 いったん振り返って一礼してから、部屋を退出するフィラリスレオ。


「ノクト、オマエの敵は一筋縄ではいかないぞ」


 と、呟いてから、自分が父と弟を敵対関係として認識していることに気づいて、今さらながらに驚きの表情を浮かべた。

 冷静に考えれば、ノクトが冷血宰相に協力するのは、情理じょうり双方から考えて当然のことである。

 確かに人質を取られているとは言え、この王国全体の行く末を考えれば、犠牲として許容すべきだし、人質の少年も王国貴族の一員である以上、誇りを持って受け容れるべきとも言える。


「ただ、それは大人の論理だ」


 フィラリスレオは頭を振って思考を切り替える。

 事ここに至った以上、ノクトが取る道は父親の命に従う振りをして、無事に全員で《セネリアル州》に戻ること。

 いったん、本拠地に帰ってしまえば、父、冷血宰相としても直接的な干渉はできなくなる。

 その上で、情勢を見極めて行動を決めれば良い。


「おそらくは、それがノクトにとっての最適解だ」


 深くため息をついて、フィラリスレオは廊下の窓から《ディアン・フルメンティ》の街並みを見下ろした。


「オレはそれをわかっていながら、見過ごそうとしているんだよな……」


 フィラリスレオにとって、ノクトは年の離れた可愛い弟だ。しかも、厳しい苦労を押しつけてしまったことも負い目になっていた。

 なので、今回の件については、ノクト──弟の肩を持ってやるつもりでいる。


「しかし……父上もそれくらいのことは見透かしているはずだ。なのに、策を講じようとする気配が感じられない」


 父と子の絆を信じるような純粋さとは無縁の冷血宰相である。もしかしたら、自分が知らないところで、なにかはかりごとめぐらせているのでは、と不安になるフィラリスレオ。

 だが、その一方で、現在王国軍がやや有利な戦況ということもあり、ノクトへの圧力を強行する必要もないのではないか、と、楽観的に捉えている自分もいる。


「さすがに、実の息子のノクトに対してまで冷酷な振る舞いはなさらない、と、思いたいが……」


 と、呟いてから、父親が実の娘たちを切り捨てたことを思いだすフィラリスレオだった。


「今、考えてもしかたがない──」


 もう一度、大きく息を吐き出してから、フィラリスレオはノクトの宿舎しゅくしゃへと足を向けた。

 しばらくぶりの再会だ、いろいろ話しておきたいことがある。


「それにしても、ノクトも成長したよなぁ。前に比べると大人びたというか。まあ、あれだけの苦難を越えてきたのだがら、当然と言えば当然なんだろうけど」


 先程までの考えごとを振り払って、まっすぐ前を見るフィラリスレオだった。


「この先、どこまで成長していくんだろうな。できることなら、オレや他の兄弟たちと一緒にこの国を支えていく存在になってほしいところなんだけど──そのためにも、選択は間違わないでほしいよな」


 その呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。

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