第18話 山の民の族長

 僕たちを乗せた馬車は大きく揺れながら山道を進んでいた。

 もともと、山地の鉱山から産出される鉱物を運搬するために、最低限の道路は整備されている。

 とはいうものの、やはり道は荒れており、馬車の荷台に載っている僕たちは、予想以上に体力を奪われていく。


「やっぱり、みんなついてくるのはキツかった?」


 僕は荷台の中の子供たちに声をかける。

 だが、全員が顔を青ざめつつも、ブンブンと首を振った。

 今、僕たちは《山の民》たちの本拠地がある《山の都》へと向かっているところだ。


「ごめんね、本当は《ネール》で留守番してもらえれば良かったんだけど、そうもいかなくて」


 僕の隣に座っているステューディア女史じょしが表情を変えずに口を開く。


「万が一、子供たちを人質に取られた場合のリスクを考えたら連れてこざるをえないですね」


 もちろん、今の《セネリアル州》の《州都しゅうとネール》の状況から考えて、子供たちを人質にとって僕に反旗をひるがえすような勢力はいないはずだが、ごくわずかでもリスクがあるなら回避するべきだ。

 そう思って、厳しい道中になることをわかった上で、あえて同行してもらったのだ。

 エクウスが不安そうに僕の顔を見つめてくる。


「もしかして、僕たちは足手まといだったりするんですか?」

「そんなことないよ」


 苦笑しつつ、僕はエクウスの頭を軽く叩く。


「エクウスだって、僕と一緒に政治や軍略とか勉強したり、兵士たちと武術の訓練をしたり頑張ってるじゃないか。《炎霊術えんれいじゅつ》だってだいぶ使えるようになってきたし、頼れる立派な戦力になってるよ」

「留守番と言えば──」


 プリーシアも不安げな表情になる。


「ディムナーテお姉ちゃんはともかく、フェンナーテお姉ちゃんはおとなしくお留守番できるのかな……」


 僕は思わず噴き出してしまった。


「確かに心配だけど、大丈夫だと思うよ。フェンナーテも確かにトラブルメーカーではあるけれど、州兵指揮官のファスクルン卿や、兵士たちと結構ウマが合うらしくて、非番の時には一緒に酒場で盛り上がったりしているって話もあるし」


 兵士たちの訓練に潜り込んでいるティグリス、パークァル、レイファスの三人が、うんうん、と頷いている。

 それにしても、何歳も年下のプリーシアに、こんな風に心配されていると知ったらフェンナーテはどんな顔をするだろうか。

 だが、これをきっかけにして、馬車内の会話は盛り上がり、子供たちの気分もまぎれたようだ。

 なので、僕はいろいろな話題を振るようにして、この山中の厳しい旅路を乗り切ることにした。


 ○


 《山の都》──それは《セネリアル州》北西部、《カムフラン山脈》の一角に入口を開けている。

 巨大な洞窟の入口の前で馬車から降りた僕たちは、武装した《山の民》の兵士たちに囲まれて、地下へと続く大きな階段を降りていく。

 《山の民》の人々は、基本的に洞窟の内部で生活しているためか、肌と瞳の色が薄いことが印象に残った。ちなみに、髪の色は様々で、中には派手な色の人もいたので、もしかしたら染めているのかもしれない。

 そんな人々を興味深く眺めながら歩いているうちに、僕たちは一際広い大空洞へと足を踏み入れた。


「え、これって──」


 僕は思わず絶句してしまった。

 大空洞は大きなすり鉢状になっており、その一番低い中央部分には四方をロープで囲まれた四角い舞台のような台があり、その中で上半身裸姿の《山の民》の青年が二人、激しい殴り合いを繰り広げていた。


「もしかして、ボクシング!? こっちの世界にもあったなんて、知らなかった──」

「──《拳闘カエスト》だ。我ら《山の民》が神々に捧げる聖なる儀式である」


 宝石が転がるような澄んだ声。

 その声に振り返ると、銀色の光をまとったように見える長い髪を床に垂らした女の人が佇んでいた。


「《地上のやから》の使節と聞いたのだが──」


 そう問いかけてくる女性の顔は不快そうに歪んでいる。


「ステューディアよ、そなたと久闊きゅうかつじょすることはやぶさかではないが、そのような小童こわっぱどもを引き連れてくるとは、どういう了見だ」


 その女性の言葉にステューディアさんは苦笑しつつ、僕の横に立った。


「ご無沙汰ぶさたをお詫びします、ラレジィヌ──ではなくて、ルミナシム殿」


 最初に名前で呼んでから、そのことに思い至って姓で呼び直したステューディアさん。もしかして、結構仲がいいのかな。

 続いてステューディアさんは、僕のことを目の前の女の人──ルミナシムさんに紹介する。


「この少年が《セネリアル州》の、ノクト・エル・ドランクブルム殿です」


 ルミナシムさんの眉がぴくりと動く。


「そして、ドランクブルム殿、こちらのお方が《山の民》を率いる族長殿──ラレジィヌ・ルミナシム殿になります」

「えっ!?」


 僕は思わず声を上げてしまった。《山の民》族長も、《森の民》の族長と同じような超マッチョな体育会系だとばかり思い込んでいたのだ。

 それを察したのか、ルミナシムさんは小さくため息をつきながら手を振った。


「まぁ、よい。こちらもおぬしをあなどっておった。領主自ら《山の都》へ訪れたというのだ。《山の民》の礼を持って迎えよう」


 ルミナシムさんが短く指示を飛ばすと、僕らは大空洞のさらに奥にある洞窟へと案内された。

 そこは上下左右に豪華な布の幕が張られているエリアで、地面にも絨毯のような布が敷き詰められており、歩き疲れた足にやさしく感じた。


「とりあえず座って足を休めるが良い。この山道、幼い子供たちには厳しかったであろう」


 そう言いつつ、ルミナシムさんは僕たちに席を勧め、自分自身は対等の位置に腰を下ろした。

 一挙手一投足が優美さの極みという動きで、思わず見とれかけてしまうくらいだった。

 ステューディアさんの咳払いで我に返った僕は、挨拶もそこそこに、交渉を開始する。


 ○


「ドランクブルム殿のおっしゃりたいことはおおよそ理解した」


 事前に書状でも説明しておいたことが功を奏したのか、ルミナシム族長は僕の話を最後まで聞いてくれた。


「そなたは裏表なく誠意を持って語っている。そのことは認めよう。それに、提案の内容も、正直我ら《山の民》にとって魅力的であることも」

「それでしたら──」


 だが、身を乗り出しかける僕を、ルミナシム族長は手を挙げて制した。


「しかしながら、言葉だけではなんとでも語れる。確かに、そなたはあのごうつくばりな小心者のモラティオ子爵ししゃくを追い落として、その地位に就いた。だが、真の味方といえるのは、その幼い子供たちだけなのであろう」


 僕はぐっと言葉を飲み込んでしまった。

 その姿に、族長は微笑んでみせる。


「そこにいるステューディアの女狐めぎつねもそなたの旗色が悪くなれば、あっさりと反旗をひるがえすだろうよ」

「──否定はしませんが」


 さらっと、言ってのけるステューディアさん。僕としては、そこは少し考えてから発言してほしかった。まあ、しかたないんだけどさ。

 そんな僕たちの様子を面白そうに見やりながら族長は言葉を続けた。


「要するに、そなたたちが、わらわたち《山の民》と盟約を結ぶに値する相手かどうか、それを見極みきわめる必要がある。そなたらは、果たしてそれを照明することができるのか?」

「証明──ですか……」

 

 言いよどむ僕。

 すると、ルミナシム族長はフワリと立ち上がって、こちらに手を差し伸べてきた。


「一つ提案しよう。そなたらが聖なる契約を結ぶに足る相手となるかどうか、我らの神聖なる儀式拳闘《カエスト》の審判に委ねるというのはいかがかな」

「はぁっ!?」


 想定外の申し出に、僕は勢いよく立ち上がってしまった。

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