第17話 王都奪還への次の一歩

「うーん、さて、これからどうしたものか……」


 僕は床の上に広げた地図を前にしてあぐらをかきながら、低くうなりつつ、いろいろ考えをめぐらせていた。

 両隣にエクウスとプリーシア、それにドラックァがちょこんと座って、同じように考え込む様子で地図に視線を落としており、その様子をフェンナーテが干しイチジクをつまみながら面白そうに眺めている。


「結局さ、ノクトは王都に攻め上るつもりなのか?」


 そう問いかけるフェンナーテに、僕は小さく頷いた。


「ああ、《革命軍》から《王都》を取り戻すことが、僕たちの復讐の第一歩だからね」

「本気で可能だと思ってる?」


 意地悪いじわるそうな笑みを浮かべるフェンナーテ。

 だけど、悪いけど、そんなあからさまな挑発には乗らないよ。


「今は無理だよ。《セネリアル州》の州兵たちに《王都》へ攻め込むぞ! って言ったって、ついてきてくれるわけないじゃない。それは《森の民》だって、同じことでしょ」

「まぁ、あたいはつきあってもいいんだけどね」


 フェンナーテはそう言って肩をすくめるが、僕の話の内容を否定しなかった。

 エクウスが僕の顔を見上げてくる。


「《王都》に攻め上るために、今、やらないといけないことってなんでしょうか」

「そうだね──」


 人さし指で地図をコツコツと叩きつつ、僕は言葉を選んだ。


「《セネリアル州》の人々の信頼を得ることと、僕たち自身が力をつけること」

「信頼を得ることと、力をつけること……言われてみれば当たり前のことですけど難しいですね」

「うん、でも、なにをやるにしてもこれが基本なんだ」


 ドラックァも困惑気味な表情を見せる。


「……それをやって、《王都》に攻め込むのはいつ頃になりそうなの?」

「うーん」


 僕は首をかしげて、少しだけ考え込む。


、かな」

「ええ……」


 不満そうなドラックァの額を人さし指で、軽く弾く。


「十年後のドラックァは十八歳、僕は二十五歳、子供ではないけど、まだまだ若造わかぞうって言われる年頃だよ。慌てる必要は全然ないんだ」

「うん、そうだね」


 ドラックァの表情に笑みが戻り、エクウスとプリーシアの表情も明るくなる。

 プリーシアが立ち上がった。


「とにかく、今やれることをしっかりやるだけですね。首席政務官のステューディアさんや州兵のみなさんもいい人ばかりですし、嫌われたくないですもんね」

「ああ、みんなで仲良くやっていこう。それが、十年後の《王都奪還》へ向けての、結果として一番の近道になるから」


 ──十年後の《王都奪還》。


 この時の僕は、本気でそう予測していた。

 だが、この国の流れは、見えないところでそのスピードを急加速させていたのだが、今の僕たちには気づくことができなかったのだ。


 ○


 《セネリアル州》は豊かな《トルーナ王国》の中において、一番発展が遅れている地域とされている。

 その一番の理由は、三方を峻厳しゅんげんな山地、そして、残り一方は大きな船の航行が難しい遠浅とおあさの海に囲まれ、外の地域との連結が細くなってしまっているという点にある。

 また、《森の民》や《山の民》といった王国に従いつつも、一定の自治権じちけんを有している部族の存在もあり、王国中央では《難治なんちの地》ともくされていた。


「でも、豊かじゃないか、といわれるとそうでもないんだよね」


 僕はいくつかの書類を読み進めて、《セネリアル州》の現状を再確認していく。

 《セネリアル州》の主要産業は三方の山脈地帯における鉱工業と、中央の広大な盆地に広がる大森林からの林業となっている。

 だが、その他にも、何十年もかけて切り拓いた農地からの作物、大森林に生息する獣たち、そして東の遠浅とおあさの海域の漁業資源など豊かな恵みを収穫することができている。

 また、北の山脈を挟んで、強国マグナスプラン帝国と国境を接しているが、険しい山々にはばまれて軍隊の行き来は不可能ということもあり、戦争に巻き込まれる心配もほとんどない。


「なのに、モラティオ子爵ししゃく──いや、オリヴァールか。《森の民》にわざわざケンカを売って争いの火種をあおるんだもんなぁ」


 ちなみに《マグナスプラン帝国》については、最新の情報によると北方地域で大規模な反乱が勃発しており、《トルーナ王国》に介入する余裕はないとのことだった。

 なので、王都奪還は十年後と言ったものの《マグナスプラン帝国》の介入を避けるためにも、前倒しできる分には早いほうが良かったりもする。


「でも、とりあえずは内政充実にはげむしかないんだよね」


 とりあえず、《森の民》については、僕の個人的な生い立ちもあって良好な関係を維持するのは簡単だ。《マグナスプラン帝国》からの侵攻も今は考えなくていい。


「と、なると、あとは《山の民》の協力を取りつけることができれば、次の段階に進めるってことだね」


 実は《山の民》も《森の民》に負けず劣らず──というか、あきらかに好戦的だったりする。

 モラティオ子爵ししゃくも頭を痛めていたのか、記録を見る限り《山の民》との関係には手を焼いていたようだった。

 だが、今後のことを考えると、なんとしても好意的な関係を構築しておきたいところだったが──


「あー、無理無理。だって、あたいら《森の民》と《山の民》って──って犬や猿って、なんか腹立つな」

「じゃあ、水と油」

「ん、それもちょっと違うような気もするけど、要するに仲が悪いからな」


 《森の民》に仲介を頼もうと、フェンナーテとディムナーテに話をしてみたのだが、フェンナーテはアハハと軽く笑いながらダメ出ししてきたのだ。

 ディムナーテも心なしかすまなそうな表情で呟く。


「……気性がまったく違うから、話をしても根本からかみ合わない……ノクトも《森の民》の血をひいているとバレたら……たぶん、話すら聞いてもらえないと思う」

「そこまでなのかぁ」


 僕は大きく息を吐き出してから、深く椅子に座り直す。

 《セネリアル州》を奪い取るときは、僕が《森の民》の縁者だということが大きくプラス方向に働いたが、今度はその貸しを返さないといけないということか。


「結局は正面からぶつかっていくしかないんだろうけどね──」


 この時は、まさか別の意味でのぶつかりあいになるとは思いもよらなかったが。

 よっこいしょ、と、身体を起こして、《山の民》の族長に交渉を申し入れる手紙を書き始めた。

 モラティオ子爵ししゃく統治下において、さまざまな不公正があったことはステューディア女史じょしの報告から把握している。

 それらを正し、正常な取引関係を築きたい──その思いを込めて羽根ペンを羊皮紙ようひしに走らせた。

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