第8話 明日への逃亡
──カキィンッ! キィンッ、キンッ、シャキィンッ!!
剣と剣が打ち合わされる音が夜の山に鳴り響く。
「こう見えても、メイドの修行と同時にコッソリと武芸の修練もしていたんです──よっ!」
再び、敵兵士の剣が宙に舞った。
「スゴイ……」
子供たちも華麗に舞うフロースの剣技に
僕も武芸の心得はあるが、フロースはそれに
「でも、やーっぱり、ちょーっと、キツイかな。ここ数日、まともにご飯食べてないしねー」
その言葉と同時に急に動きが鈍るフロース。
兵士たちがじわりと包囲の輪を縮める。
その間から、フロースは僕に視線を向けてきた。
「と、いうワケでー ノクト様、あとはたのみまーすぅっ!!」
大きく息を吸い込んでから、剣を持つ手と反対の腕をおおきく振りかぶったかと思うと、勢い良くなにかをこちらに投げつけてきた。
──メリッ
「うごぉっ」
硬い石のようなモノが
「な、なにを……って、これって!?」
《
と、同時に、僕の足もとから強烈な風が吹き上がった。
「みんな、ちょっと下がってて」
僕は子供たちを後ろへ
「おまえ、なにをする気だ──!?」
兵士の一人が異変に気づいて、こちらに向かってくるが、もう遅い。
「はぁっ!」
僕が気合いとともに放った二つの風の刃が
さらに、それで終わりではない。
振り上げた腕を前へと突き出して、風を練り上げ、切断した鉄格子を槍に見立てて兵士たちへ突き刺すように勢いをつけて飛ばした。
『うぎゃああっっ!!』
兵士たちの悲鳴があがる。
切断された
「予定変更! 今だっ!」
その僕の指示に、子供たちは一斉に洞窟から飛び出していった。
そして、僕も外へと駆け出し、地面にへたり込んでいたフロースの手を引っ張って立ち上がらせる。
「さ、さすが、はぁ……ノクト様の
「息を切らしているところ悪いけど、こっから全力で走ってもらうよ」
「あ、はい、はぁ……って、やっぱり、はぁ……そうなり、はぁ……ますよね……」
ヘロヘロ状態のフロースの背中を押して、子供たちに合流すると、僕は風の幕を広範囲に展開した。
これで、声や足音を消して、外からの視界もある程度歪めることができる。
炎の精霊術を扱えるエクウスが火の玉を三つほど低い位置に漂わせ、
「じゃ、みんな僕についてきて。目指すのは南東の《帰らずの森》だ」
◇◆◇
《セネリアル州》の《
その北地区にある
「ええい、あの子供たちはまだ見つからないのかっ!」
玄関ホールでせわしなく歩き回っている中年の男──《セネリアル州》の領主モラティオ
側に控えていた息子のオリヴァールも舌打ちをしつつ、報告に来る兵士たちを怒鳴りつける。
「アイツらの中には十歳にもなっていないガキどももいるんだぞ! それを良い年をした大人たちが良いように振り回されて、恥ずかしいとは思わないのか!?」
「まあまあ、ここは少し落ち着きましょう」
穏やかな笑みを浮かべた黒髪の少年が、さりげなく会話に割って入ってきた。
モラティオ
「とんだ
アミコーラと呼ばれた黒髪の少年は「気にしないでください」と、手をパタパタと振って見せた。
「オリヴァール殿がおっしゃったように、相手は幼い子供たちです。そう遠くまでは逃げられないでしょう。近いうちに
そこへ、新たな兵士が息を切らせて駆け込んでくる。
「子供たちの行方がわかりました!」
『どこだ!?』
「それが……子供たちの
「《帰らずの森》だと──!?」
アミコーラが「ふむ」と小さく呟いてアゴをつまむ。
「それは厄介ですね。これ以上の追跡は難しくなりました……というか、《帰らずの森》とは……子供たちにとっても自殺行為でしかない」
そんな雰囲気の中、オリヴァールが苛立たしげに声を上げた。
「《帰らずの森》であろうと、どこだろうと関係ない! 急ぎ
「オリヴァール殿!」
鋭い声をあげたのはアミコーラだった。
「……オリヴァール殿、落ち着いてください。これ以上の追跡は無用です」
子供たちが逃げ込んだ《帰らずの森》は、森に詳しい狩人や木こりたちでさえ奥に分け入ることを
しかも、そもそも森の奥は《森の民》の勢力圏で、王国兵や革命軍の支配下に属していない。
「あと、できることといえば《森の民》に協力を仰いで子供たちを狩り出すことですが──」
「残念ながら、それは難しいでしょう」
「《森の民》は私の代になってから関係が悪化しておりましてな。
「アイツら、自分たちのことを《誇り高き民》とか言って、こちらを最初から見下してくるんだ。しかも、森に入っていった者を侵入者とか決めつけて、無差別に襲うんだぞ。そんなヤツらに頭を下げるなんてできるわけがない」
「それなら、このまま放置しておけばいいでしょう」
アミコーラがポンと手を打った。
「《革命会議》には、ぼくが伝えておきます。そうですね……大雨の後の
「それが良いか……」
胸に手を当てて、ホッと一息つく
だが、オリヴァールはやや不安げな様子を隠せない。
そんな二人と、二言三言打ち合わせてから、アミコーラは
その足で馬小屋へと向かい、自分の馬を引き出してまたがる。
「……ぼくにできるのはこれくらいだ。あとはイブキ、きみの力次第だ……ゴメン」
陽が沈んでいく《帰らずの森》の方角を見つめてから、アミコーラは馬を進ませる。
子爵たちからは
革命軍への協力者のひとりとはいえ、
「とりあえず、《革命会議》には改革の必要ありって報告しないと……」
そう呟いてから、アミコーラ──《革命軍の三十九勇士》がひとり、コジット・アミコーラは南門近くの宿屋へと向かっていった。
◇◆◇
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