第8話 明日への逃亡

 ──カキィンッ! キィンッ、キンッ、シャキィンッ!!


 剣と剣が打ち合わされる音が夜の山に鳴り響く。

 唖然あぜんとする僕の目の前で、あのドジっ子メイドだったフロースが五人の兵士相手に対等な立ち回りを演じている。


「こう見えても、メイドの修行と同時にコッソリと武芸の修練もしていたんです──よっ!」


 再び、敵兵士の剣が宙に舞った。


「スゴイ……」


 子供たちも華麗に舞うフロースの剣技に見惚みほれてしまっているようだ。

 僕も武芸の心得はあるが、フロースはそれに匹敵ひってきする腕前を持っているように見える。


「でも、やーっぱり、ちょーっと、キツイかな。ここ数日、まともにご飯食べてないしねー」


 その言葉と同時に急に動きが鈍るフロース。

 兵士たちがじわりと包囲の輪を縮める。

 その間から、フロースは僕に視線を向けてきた。


「と、いうワケでー ノクト様、あとはたのみまーすぅっ!!」


 大きく息を吸い込んでから、剣を持つ手と反対の腕をおおきく振りかぶったかと思うと、勢い良くなにかをこちらに投げつけてきた。


 ──メリッ


「うごぉっ」


 硬い石のようなモノがひたいに命中し、僕は思わずってしまう。


「な、なにを……って、これって!?」


 《風霊王ふうれいおうの指輪》──革命軍に囚われたときに奪われてしまった亡き母の形見にして、僕の最大の武器。

 かすかに風をまとったその指輪が自然に僕の指へとはまる。

 と、同時に、僕の足もとから強烈な風が吹き上がった。


「みんな、ちょっと下がってて」


 僕は子供たちを後ろへ退かせると、右手に風の魔力を集中させる。


「おまえ、なにをする気だ──!?」


 兵士の一人が異変に気づいて、こちらに向かってくるが、もう遅い。


「はぁっ!」


 僕が気合いとともに放った二つの風の刃が鉄格子てつごうしをすべて切断してしまう。

 さらに、それで終わりではない。

 振り上げた腕を前へと突き出して、風を練り上げ、切断した鉄格子を槍に見立てて兵士たちへ突き刺すように勢いをつけて飛ばした。


『うぎゃああっっ!!』


 兵士たちの悲鳴があがる。

 切断された鉄格子てつごうしの先端が肩や足に突き刺さり、地面へと倒れ込んでいく。


「予定変更! 今だっ!」


 その僕の指示に、子供たちは一斉に洞窟から飛び出していった。

 そして、僕も外へと駆け出し、地面にへたり込んでいたフロースの手を引っ張って立ち上がらせる。


「さ、さすが、はぁ……ノクト様の風霊術ふうれいじゅつ、はぁ、ですね……はぁ……」

「息を切らしているところ悪いけど、こっから全力で走ってもらうよ」

「あ、はい、はぁ……って、やっぱり、はぁ……そうなり、はぁ……ますよね……」


 ヘロヘロ状態のフロースの背中を押して、子供たちに合流すると、僕は風の幕を広範囲に展開した。

 これで、声や足音を消して、外からの視界もある程度歪めることができる。

 炎の精霊術を扱えるエクウスが火の玉を三つほど低い位置に漂わせ、松明たいまつ代わりに先行させた。


「じゃ、みんな僕についてきて。目指すのは南東の《帰らずの森》だ」


 ◇◆◇


 《セネリアル州》の《州都しゅうとネール》。

 その北地区にある領主館りょうしゅやかたには、次から次へと伝令兵でんれいへいがひっきりなしに出入りしていた。


「ええい、あの子供たちはまだ見つからないのかっ!」


 玄関ホールでせわしなく歩き回っている中年の男──《セネリアル州》の領主モラティオ子爵ししゃくは、手にしたムチを柱に叩きつけた。

 側に控えていた息子のオリヴァールも舌打ちをしつつ、報告に来る兵士たちを怒鳴りつける。


「アイツらの中には十歳にもなっていないガキどももいるんだぞ! それを良い年をした大人たちが良いように振り回されて、恥ずかしいとは思わないのか!?」

「まあまあ、ここは少し落ち着きましょう」


 穏やかな笑みを浮かべた黒髪の少年が、さりげなく会話に割って入ってきた。

 モラティオ子爵ししゃくがバツの悪そうな表情になる。


「とんだ醜態しゅうたいをお見せしてしまい恐縮きょうしゅくいたりです、アミコーラ殿」


 アミコーラと呼ばれた黒髪の少年は「気にしないでください」と、手をパタパタと振って見せた。


「オリヴァール殿がおっしゃったように、相手は幼い子供たちです。そう遠くまでは逃げられないでしょう。近いうちにあみにかかると思いますよ」


 そこへ、新たな兵士が息を切らせて駆け込んでくる。


「子供たちの行方がわかりました!」

『どこだ!?』


 子爵ししゃく親子の怒声が重なる。


「それが……子供たちの痕跡こんせきが《帰らずの森》に向かって残っていたとのことです」

「《帰らずの森》だと──!?」


 子爵ししゃくが呆然と立ちすくんでしまう。

 アミコーラが「ふむ」と小さく呟いてアゴをつまむ。


「それは厄介ですね。これ以上の追跡は難しくなりました……というか、《帰らずの森》とは……子供たちにとっても自殺行為でしかない」


 そんな雰囲気の中、オリヴァールが苛立たしげに声を上げた。


「《帰らずの森》であろうと、どこだろうと関係ない! 急ぎ討伐隊とうばつたいを編成するんだ、場合によっては森に火をかけてでも──」

「オリヴァール殿!」


 鋭い声をあげたのはアミコーラだった。


「……オリヴァール殿、落ち着いてください。これ以上の追跡は無用です」


 子供たちが逃げ込んだ《帰らずの森》は、森に詳しい狩人や木こりたちでさえ奥に分け入ることを忌避きひする危険な場所である。

 しかも、そもそも森の奥は《森の民》の勢力圏で、王国兵や革命軍の支配下に属していない。


「あと、できることといえば《森の民》に協力を仰いで子供たちを狩り出すことですが──」

「残念ながら、それは難しいでしょう」


 子爵ししゃくが重々しくため息をつく。


「《森の民》は私の代になってから関係が悪化しておりましてな。彼奴きゃつらは野蛮やばんな連中で交渉の場を用意しても、一方的な要求を突きつけてくるのみ。まるで話にならんのですよ」

「アイツら、自分たちのことを《誇り高き民》とか言って、こちらを最初から見下してくるんだ。しかも、森に入っていった者を侵入者とか決めつけて、無差別に襲うんだぞ。そんなヤツらに頭を下げるなんてできるわけがない」

「それなら、このまま放置しておけばいいでしょう」


 アミコーラがポンと手を打った。


「《革命会議》には、ぼくが伝えておきます。そうですね……大雨の後の落盤事故らくばんじこに全員が巻き込まれたということにでもしておけばイイと思います。不安でしたら、彼らが捕らえられていたあの洞窟を潰しておいていただければ間違いないと思います」

「それが良いか……」


 胸に手を当てて、ホッと一息つく子爵ししゃく

 だが、オリヴァールはやや不安げな様子を隠せない。


 そんな二人と、二言三言打ち合わせてから、アミコーラは領主館りょうしゅやかたした。

 その足で馬小屋へと向かい、自分の馬を引き出してまたがる。


「……ぼくにできるのはこれくらいだ。あとはイブキ、きみの力次第だ……ゴメン」


 陽が沈んでいく《帰らずの森》の方角を見つめてから、アミコーラは馬を進ませる。

 子爵たちからは饗応きょうおうの申し出があったが、丁重ていちょうに遠慮した。

 革命軍への協力者のひとりとはいえ、子爵ししゃくたちの領地経営のように対して、好意を持つことはできなかったのだ。


「とりあえず、《革命会議》には改革の必要ありって報告しないと……」


 そう呟いてから、アミコーラ──《革命軍の三十九勇士》がひとり、コジット・アミコーラは南門近くの宿屋へと向かっていった。


 ◇◆◇

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