第71話 心のざわつき
「お兄ちゃん元気ないけど、どうしたの?」
そんなに見た目からして元気がないのだろうか。落ち込んでいる原因と言えば、鎌田に自分の股間を見られたからだ。
誰かに言いふらしたりすることもなく、特に気にはしている様子はなかった。また、嫌がらせを受けるかも知れないと頭にチラつくが、僕の考えすぎのようだ。
今回のことで嫌がらせにあったら、一生立ち直れないだろう。それだけコンプレックスを感じている。
今後、修学旅行と水泳の授業が迫っている中、鎌田以外にもバレてしまう可能性がある。
「ねぇー、お兄ちゃん!」
「んぁ!? どうした?」
急に見ていた視界が悪くなってびっくりした。あまりにも僕が話を聞いてなかったのがバレて、香里奈に膝カックンされていた。
「悩み事なら私が聞くよ?」
「あー、いや大丈夫だよ」
さすがに股間事情を妹に話す兄はいないだろう。そんなことをしたら一生笑いものにされるか、話を聞いてくれなくなってしまう。
「ふぅん。なら、私の話を聞いてもらっても良い?」
「ああ、何かあったのか?」
「最近
「美優?」
「スポーツテストの帰り道に声をかけて来た子だよ」
確か香里奈と一緒に帰ろうと思った時に下駄箱で声をかけてきた子だろう。香里奈が学校でよく一緒にいるって言っていたはずだ。
「何か相談でもされたのか?」
「ううん。だから少し心配なんだよね。私にも言えない悩みがあるのかなって」
あー、それはきっと僕と同じようなことに悩んでいるのかも知れない。人に言えない悩みってたくさんあるからな。
ただ、普段から元気がないことに、香里奈は気になってしまうのだろう。
「それは香里奈に言えないとかじゃなくても、整理できていないとか人に言えないことなんだよ」
「そうだと良いけどね。美優の家は今大変そうだしね」
家族事情まで知っているなら、なおさら人には言えないことなんだろう。そこまで信用してもらえてるってことは、僕とは違い良い友達を持ったってことだ。
「ほら、あそこにも美優のお父さんいるよ!」
「どこに?」
「ほら、今選挙カーの上で演説している人」
香里奈が指差しているのは、車の上で熱弁をしている男性だった。
「美優のお父さんが今度の市長選に出ることが決まっているんだ。お兄ちゃんも誕生日が来たら選挙権がもらえるけど、今回は投票できないね」
僕は今年で18歳になる。そろそろ選挙についても学んでいかないといけないのだろう。
僕達がそのまま選挙活動を見ていると、周囲から歓喜の声が上がった。
「植村議員よ!」
ロマンスグレーの髪にどこか厳つい顔をしているが、有権者でもない僕達の顔を見て手を振り、にこりと笑っている。
見た目と違い愛想の良い人なんだろう。
「あの有名な植村議員が美優のお父さんを後押ししているんだって」
一緒に演説しているその人物を初めて見たが、どこか心の奥で何かがざわついていた。
初めてシズカに会った時と似たような感覚だ。きっとこの人に対する危険反応なんだろう。
「香里奈帰ろうか」
僕はさっきまで何か考え事をしていたが、それを忘れるほど必死に歩いて家に帰った。
心に残るこのざわつき。
本当に勝てない何かに当たったような気がした。
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