第75話 救助


「あの時、私はなぜ拓海様を引き止めなかったのでしょうか……」


飛行機が海に不時着して、30分も経たないうちに救助隊の人達が来て私達は救助された。


これも、拓海様がハワイ諸島沿岸まで壊れかけた飛行機を運んでくれたからだ。


乗客の中には悲鳴をあげるもの、気を失ってしまうものなどが多数いたが、死人は出ていない。怪我を負った人達は自らパニックに落ち入りどこかに身体をぶつけて傷ついた人達だ。


みんなは機長の操縦技術を褒め称えていたが、私だけが知っている。

拓海様が様々な能力を持ち合わせてそれを隠している事を。だから、私も拓海様のことは誰にも言わない。言いたいけど言わない。


「それで拓海はどこ行ったんだ?」


「わかりません。おそらくこの近辺の海か島にいるとお思いますが、場所までは分かりません」


拓海様のバッグを抱きしめて私は無事を願う。

おそらく能力を使った反動で意識を失ってしまったのだろう。

治療行為の時もそういう場面はしばしばあった。


ただ、拓海様は幼い頃に水難事故に遭っている。

拓海様が泳げないのは、きっとその時の記憶があるからだと思う。


「師匠、みなさん、拓海様は必ずこの近辺の海か島にいます。助けてもらえませんか?」


「ああ、わかってる。既に手を回しているぞ。特殊部隊の奴等なんて海自を動かせと連絡を入れている。俺も連絡を入れなければならないところが残っている。しばらく、ここで吉報を待とう」


私が動かなければならないのに、肝心な時に何もできないでいる。

そんな、私が拓海様のそばにいて相応しいのか疑問を持つ。


浜辺に造られた仮設テントの中で周りの騒がしい声と涙の音を聞いていた。マスコミもかけつけてきたようで、想像以上に周りが騒がしい。


警察官達が周りに規制線を張って中に入れないようにしているが、マスコミの人達は飛行機に乗っていた乗客達に話を聞きたいようだ。


もし、拓海様の事を話して良いなら3日3晩に渡ってでも拓海様の素晴らしいところを話したい。


それに今回の件だって拓海様の功績なのだと声高らかに叫びたい。

 

今、マスコミの取材を受けたら思わず言ってしまいそうである。


「自重しなければ……」


拓海様は、みんなのヒーローになる事なんて望んでいない。


だから、私だけが知っていればいい。


あなたは、私だけのヒーローなのですから……





「ひゃっほーー!」


楽しい……。


浜辺に打ち上げられていたサーフボードを借りて、風力操作を利用して海を駆ける。


普段監視されているせいか、自分で気づかないうちに随分と抑圧された生活を送っていたようだ。


思う存分、能力を使いこうして遊んでいるとみんなに無表情と呼ばれている俺でも自然と笑みを浮かべている。


最初は遊ぶつもりは無かったんだ。

浜辺を散策しながら寝床になりそうなものを探していたら見つけてしまったのだ。サーフボードを。


正直言って海は過去の件があるから怖いのだが、あの時とは違っていまは能力がある。


だから、海に落ちてもどうにかなるだろうという自信が何処かにある。

実際、飛行機を救出したあと意識を失って海に放り出されてもこうして生きているのだから。


「次は、波に乗って空中で回転してみるか」


映画でそんなシーンがあったはずだ。


「あの波が良さそうだ」


沖から割と高いうねりが向かってくる。


「行くぞーー!」


風力操作を使いボードをうねりに向かって走りだす。


うねりが砕けて波に変わると白い飛沫が一面を覆った。


一瞬、その光景を宙の中から眼下に見てそしてその波に着水する。


「おーーできたあああ!」


傍目からは不恰好かもしれないが、俺自身は満足だ。


そして、その波に乗って浜辺に降りる。


「あーー面白かった。でももう終わりか」


空中にいたとき、波と遠い沖合に船が見えた。


観光船や漁船ではなく、どこかの軍が所有する軍艦だ。


「探しに来たんだろうな。もう少しこのままでいたかったけど仕方がない。みんな心配してるだろうし。でも能力を知っているアンジェはそうでもないかも。きっと呑気に今晩の夕食の事とか考えてそうだ」


ドローンがこの島に向かって飛んできた。おそらく偵察用だろう。

そのドローンに向かって手を振る。


そのドローンは、俺を見つけたのか近くまで飛んで来て戻って行ってしまった。

沖合の軍艦からゴムボートが降ろされこちらに向かってきた。


3人の軍人がこちらに向かって来ている。

見たところどうもアジア系の人らしい。


「ここハワイ周辺だと思ったけど違ったのか?」


てっきりあの軍艦はアメリア国のものと思ったが違ったようだ。

それどころか、見たことのある女性も乗っていた。


「居ました。拓海君です!」


俺を見てそう言ったのは、横須賀で治療した藤倉美咲さんだった。


藤倉さんは、ボートが浜辺に打ち上げられて、俺のところに駆け寄って来た。


「良かったです。本当に良かった……」


そう言って泣かれてしまった。


「あの〜〜何で藤倉さんがここに?」


「はい、拓海様がアメリア国に行くと聞いて首相から領海近辺まで待機してほしいと言われてました。もしものことが有れば戦闘の許可を受けています」


「えっ………!」


こえーっよ!国家権力!


「そうだったんですね。思ってたより今回の件は大きな案件だったんですね」


「そうですよ。もし、アメリア国が拓海君を監禁でもしようと思うのなら日本帝国は全軍を持って対抗しているはずです」


ドヤ顔でそう言われても、正直言って引いていた。


「それで、拓海君が乗ってた飛行機が落ちたと聞いて直ぐに外交手段を使い救助を目的として領海内に入りました。秘密ですがアメリア国領海内には潜水艇も待機しています。ですから、直ぐに情報を得られてアメリア国に救援要請を出しました。乗客の皆さんはみんな無事を確認しましたが、拓海君だけ行方不明になっておりましたので、こうして探していたのです。本当に見つかって良かったです。拓海君もこんな何もない島で一人で過ごしてさぞ心細かったでしょう?」


呑気にバカンスを楽しんでいたとはとてもじゃないが言えるような状況じゃない。


「ええ、水はヤシの実があったので何とかなりそうだったのですけど、食べ物はどうしようかなって思ってたところでした」


「そうでしたか、それでサーフボードを抱えて海で魚を捕るつもりだったのですね」


いいえ、『ひゃはー』して遊んでました、とは言えない。


「まあ、そんなところです」


「では早速行きましょう。それと服はどうしましたか?」


そういえばパンツ一丁だった。

そう思うと少し恥ずかしい気持ちが湧き上がる。


「あそこにあります。ちょっととって来ますね」


ボードに乗って来た他の自衛官達は周囲を警戒する者、無線で連絡する者とわかれていた。


服を持ってきて着ようとすると、


「拓海君、そのままで大丈夫です。船の中に着替えがありますので、そちらはお持ちになって下さい」


磯臭い半渇きの服を着るより、その方が良さそうだ。


「では、そうします」


その後ゴムボートに乗って船まで辿り着く。

思ったよりスピードが出るので少し焦った。


こうして、俺の短いバカンスは終了したのだった。





近藤恭司……


「ああーーっ!拓海が行方不明だあああああ!!」


拓海の乗った飛行機が落ちたと聞いて急いで沙織を伴って拓海の家に向かう。

家に着くと、拓海の家には坂井さんやルミちゃん、結城一家と如月一家、そして清水先生も駆けつけていた。


「どうなんですか?本当に拓海達はその飛行機に乗っていたんですか?」


「恭司君、気持ちはわかるけど、今連絡を入れてるところよ。きっと機内モードに設定しているからこちらから連絡が取れないのよ。でも、さっき貴方のお父さんの琢磨さんから連絡を受けたわ。みんな無事だそうよ。でも、どうしてかわからないけど拓海君だけが行方不明らしいの」


竜宮寺家の元侍女長である坂井さんからそう言われた。


「拓海が行方不明ってどうして?」


「理由はわからないのよ。でも、楓さんは何か知ってるようだと言ってたわ。きっと何か理由があるのかもしれないわね」


あいつ、どこ行きやがったんだ!


「拓海君、大丈夫かな?」


「そうね、心配ね。拓海君は心に大きな傷を抱えているからこの事が新たな傷にならないといいけど」


渚ちゃんがそう言って清水先生がそれに答えていた。


それから、室内は誰も言葉を発しなかった。

壁にかかった時計の秒針が時を刻む度に小さな音を立てている。


その時、清水先生のスマホに連絡が入った。


「楓ちゃん、大丈夫なの?」


相手は楓さんらしい。

清水先生と楓さんは高校の同級生でもある。

一番に無事を知らせたかったのかもしれない。


「ええ、みんなここに集まってるわ………うん、うん、そうなんだ……うん、わかった。みんなにそう伝えておくよ」


みんなが清水先生の方を見ている。


「今、楓ちゃんから連絡がありました。日本からアメリア国に向かった人達には全員無事で怪我もしてないそうです。それで、拓海君なのだけど……………」


「「「「「ゴクリ………」」」」」


「パンツ一丁で無人島にいたところを保護したそうよ」


その言葉にみんなが歓声をあげた。

俺も何だかホッとしている。


しかし、拓海のやつ何でパンツ一丁だったんだ?





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