第69話 拒絶


『誰も入ってこないで!入ってきたらベッドの角に頭をぶつけて死んでやる!』


部屋の中から聞こえた声は少女のものだろう。

いろいろな感情が混ざって、気持ちが昂っているようだ。


『フローリ、日本から治療できる人が来たの?だから、開けて』


『ドカッ!』


ドアに何かぶつかったような音が中からした。


『来ないでって言ったでしょ!何で、みんなそんな嘘をつくの?足もそうだけど、この顔が治せるわけないでしょ!みんな嫌い!』


随分と興奮状態のようだ。

あまり刺激するとマズイかも知れない。


『フローリ、パパだ。治るんだよ。その顔の傷も足も。だから開けてくれないか?』


『嘘つき!パパなんて大嫌い!』


そう言われて落ち込んでしまったグリースさん。

ちょっと、可哀想だ。


『奥様、旦那様、今はお嬢様も興奮しています。もう少し時間が経てば落ち着くと思います』


少しお年を召した侍女のような人にそう言われたフローリアのパパとママは頷いて俺達を元いた応接室に案内したのだった。


『タクミ、すまない。フローリにはちゃんと言っておくから、今日は休んでくれ』


『アグリー、皆様をお部屋に案内して下さる?』


『かしこまりました』


この女性は竜宮寺家の元侍女長である坂井さんに似ている。


こうして俺たちは治療できぬまま部屋に案内されたのだった。





それぞれ個室が与えられ、しばらく休息の時間となった。

それにしても、豪華な部屋だ。


窓からは広がたと芝生が綺麗に生え育っている。

低い木も見受けられるが、日本庭園とは違い開放的だ。


「あ、プールもあるんだ」


日本ではあまり家にプールのある家は少ないが、この国の裕福な家には必ずと言って良いほどプールを備えている。


「プールの側でパーティーとかするのかな?」


飛行機の中で見た映画にそのようなシーンがあった。


「さて、あの子の調子じゃいつになっても無理そうだ。俺としてはさっさと治療して帰りたいのだが……」


もしかしたら、期末テストを途中から受けれるかもしれない。

後でまとめてテストを受けるのはかなりしんどいのだ。



それからしばらくして、メイドさんが夕食の準備ができたと迎えにきた。


その席でフローリアのご両親やメイドさん達が少女のドアの前で何度も説得を試みても首を縦に振らないと、豪華な夕食の席で言われた。


明日、もう一度説得するから今夜はそのまま泊まってほしいと言われる。


「はあ、これって結構長くなりそうだよな」


昼間の調子では、明らかに2、3日でどうにか説得できる話じゃなさそうだ。


そして、次の日……


『何度言ったらわかるの!絶対、部屋に入らないで!パパもママも嫌い!』


やはり、こうなってしまった。


そして、説得は続くも一向に進展する様子はない。

その日の夕食後に、再びマスカット夫婦に謝られた。


その日の夜、俺は時間の無駄だと思ってアンジェ方式を採用することにした。


「試験あるし〜〜、このままだと夏休みに補習するようになってしまう。だから、これは仕方ないことなんだ。行くか」


少女の部屋に無断で入る言い訳を考えて正当性を無理矢理引き出そうとする。


(本当は正当性のカケラもないのだが……)


「無責任の極致だな。だが、俺の仕事は身体を治すことであって心のサポートではない」


つまり、これは俺の都合だ。

治れば少しは気が治るだろうし、後はこの家の人に任せよう。


姿を消して、それからドアをすり抜ける。

思ってたより簡単にできた。

そのまま夜の廊下を歩き、さっきの子がいる部屋の前まで来て「お邪魔しま〜す」と小声を出してドアをすり抜けた。


部屋に入ると足の踏み場のない状態というのを初めて体験する。

思わず本を蹴り飛ばすところだった。

その本の題名は『ピーターパン』とか『美女と野獣』とか書かれており、飛行機で見た映画と同じ題名だった。

その他にも雑誌本やクッション、ぬいぐるみなどが床一面に転がっている。


これ全部投げたのか?

ある意味凄いな。


妙なところで感心してベッドの方を見る。


フローリアさんはベッドに横になっている。

顔面に巻かれた包帯が痛々しい。


さっきのように興奮している様子はない。

しかし、このままでは治療できない。

医療器具をつけていないのが幸いだが、姿を表さないと治療できない。


『あの〜〜すみません、起きてます?』


すると、眼を開けたフローリアさんは、辺りをキョロキョロ見渡している。


『誰?』


『さっき、パパとママから紹介された蔵敷拓海、あ、こっちではタクミ・クラシキです。今手品で姿を消してます』


『嘘!どうやって入って来たの?』


『それは秘密です。種明かししたらつまらないでしょう?』


『な、何しに来たの?大声出すわよ!』


『治療しに来ました。私の治療は直に身体に触れないとできません。その許可をもらいにきました』


『嫌!絶対に嫌!今すぐ出て行って!』


困ったなあ。このまま強引にしてもいいが、国との関係が拗れても困る。


『どうしたら治療させてもらえますか?』


『何でそんなに治療したがるの?無理に決まってるじゃない。私が大統領の孫だから?そんなにジイジに媚び売りたいわけ?』


『いいえ、出来れば治療して直ぐに帰りたいのです。今週から期末テストが始まるので。それに間に合わないと夏休みの補習が確定してしまうんです。夏休みはいろいろやる事があるので困るんです』


『何言ってるの?貴方学生さん?』


『はい、高校1年生の15歳です』


『私とひとつしか変わらないのね。ふふ』


少し機嫌が良くなってきたみたいだ。


『ですから、どうにかして治療して帰りたいのですが、フローリアさんが嫌って言ってるんで困ってるんです。どうにかなりませんか?』


『じゃあ、空飛んで見せてよ。ピーターパンみたいにね』


さっきも本があったしお気に入りなのか?


『わかりました。約束します。その前に治療だけ先にしても良いですか』


『……なんでよ!』


『せっかくなら治った姿でその光景を見てもらいたいので』


フローリアさんは、少し寝ぼけている感じがする。

こんな時間に押し入ったのだ。

悪いのはこっちだし。


『……わかった。約束だからね。空飛んで見せてよ?』


『はい、それと顔の包帯を取りますよ。俺の治療は再生能力なので元に戻る時に巻き込む可能性があるので』


『絶対、見ないって約束して!』


『わかりました。約束します。では、まず姿を現しますけど大声とか勘弁してくださいよ』


『わかったわよ』


許可がもらえたので、姿を現す。

すると、彼女は驚いたように巻かれた包帯の隙間から眼を開いた。


『それ、本当に手品?。それに私より幼く見えるわ』


まあ、日本人は欧米の人から若く見えるみたいだし。


『手品ですよ。歳はさっきも言った通り15歳です。では、包帯をとります。眼を瞑ってするので痛かった言って下さい』


それから手探りで顔に巻かれている包帯を外す。


フローリアさんは黙ったままだ。

俺が眼を開けないか、確認してるのかもしれない。


『とれたと思うのですが、私では確認できません。フローリアさん、どうですか?』


『ええ、全部外れてるわ。約束は守ってるみたいね』


『はい。日本の諺で約束を破ると針1000本飲まされるそうですよ』


『何それ、わけわかんない』


『では、治療します。治療箇所を触りますが痛かったら言って下さい』


俺は、フローリアさんの顔を先に治療を始める。

能力を発動して顔に負った怪我と電飾で負った火傷を治す


「ううっ……」


痛い……苦しい……辛い‥‥悲しい……


そんな負の感情が流れ込んできた。

頭と顔全体が痛む。


そして、1分ほどで顔は終わった。


『顔は終わりました。今度はお腹を触ります。直に触りますので良い気分では無いと思いますが、1〜2分で終わりますから頑張って下さい』


『顔治ったの?』


『はい、治療が全部終わったら鏡をお持ちします。では、失礼して』


俺はパジャマの上を少し捲り上げて手を添える。

そして、能力を発動した。


『ううっ……』


これは痛かっただろうな。

俺ももう立ってられない。そのまま座り込んで治療を続ける。


そして2分強で全ての治療が終わった。


『はあ……はあ……終わりましたよ』


『何であんたはそんなに苦しそうなの?』


『治す時にフローリアさんが感じた痛みと同じ痛みを受けてしまうんです。あ、これ言わなかった方がカッコ良かったですね』


『ふふははは、あなた面白いわね。それで私治ったの?』


『ええ、綺麗なお顔を拝見してますよ。それにもう立てますよ』


フローリアさんは、恐々ベッドから起き上がりベッドの端に座っている。


『どうしましたか?怖いですか?』


『うん、怖い。でも、起き上がっても痛みは無かった。前はこんな風に一人で起きれなかった』


『そう言えばもうひとつ約束がまだでしたね。では、失礼して』


『キャッ!』


俺はフローリアさんをお姫様抱っこして、窓を開ける。

そのまま、姿を消して空の浮かんだ。


『う、嘘。浮かんでるの?』


『まだまだこれからですよ』


そう言って、夜空に向けて飛び上がった。


『えーー本当に?これ手品じゃないでしょう?』


『それも秘密です。もう少し高度を上げます。声が下の人に聞こえてしまいますから』


それから高度を上げて空に浮かんだままでいる。


星空と共に月の光が優しく包み込んでくれていた。


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