第178話 魔王な始祖と世界会談Ⅳ




 さっきまでの狂気じみた笑いが嘘のようだ。



 所々を露出させ、濃厚な金色の魔力に覆われた魔装姿のシーリン。

 彼女は何もない空間へ手を伸ばし、視界には光の軌跡が駆け抜けた。


 再び聖槍を手にした姿を見てリアは思った。

 まるで今の・・自分に何が出来るのかを理解してるみたいね。


 変わり果てた姿、それはなにも見た目に限った話ではなく、その存在自体についてもそうだ。

 滲み出る魔力の質、内包する魔力量、顔つきや体つき、身に纏った雰囲気までも何かもが違う。


 ただ、いま最も気になるのは一つだけ。


(どうやってヒイロの拘束を解いたのかしら?)



 《制約の鎖》と《かんする精剣》

 一つであれば問題はないが、両方受けてしまった場合はリアですら抜け出すのが難しい組み合わせ。

 特に精剣に至っては拘束時間に制限がない。膨大な魔力MPを所有するヒイロの底をつくか、本人の意志で解除しなければ消失はあり得ないということ。


 もちろんこの状況でヒイロが解除するわけもなく、第三者からの介入があったと見て間違いない。


 シーリンの口走った"あの御方"、漂わせた魔力から感じられる嫌悪感。こんなことができる存在はいまこの世界に二人……いや、一人だけだ。



"女神アウロディーネ"


(あの女が手を貸したと思うのが普通よね。でもどうしてこのタイミング? ここに私がいるから? あの女は私のことなんて知らないでしょ?)



 視界には鬱陶しいほどに花々が咲き誇り、リアはシーリンの足元をちらりと見る。

 そこは辺り一帯の地面を吹き飛ばし、円形に窪んだ地形には粉々になった花々と瓦礫の残骸が無残に散らばっていた。



「あー……弾かれちゃった。リアちゃん、多分あの子デバフ効かないかも」


「加えて再生スキルなんかもありそうね。媒介にしてるのはこれかしら?」



 地面に咲き誇る花を冷たい目で見据え、リアは躊躇いなくそれを踏みつけた。

 そして再び足を退ければ、それは瞬く間に再生を始め出したのだった。


 突然何処からともなく咲いた花が普通なわけがないが、これで確信に変わった。



(面倒ね)


 そう思いながら再び視線を戻せば、今まさに聖槍が振り抜かんとされる瞬間だった。

 放たれる奔流が一直線に視界を埋め尽くし、地面を抉りながら白金色の障壁を突き抜ける。


 すると、瞬く間にその存在を掻き消していった。

 シーリンは振りぬいた姿勢のまま固まり、怪訝な表情で境界と槍を見比べる。



 "退赦の境界"


 クラス《大聖女》に転職し、LV100に到達して初めて習得できる結界領域スキル。

 一定範囲内に誰でも出入り自由な結界を展開し、その結界内ではありとあらゆる魔法の発現が制限され、魔力MPを含んだ全ての遠隔スキルがその効力を失うといったもの。


 一言でいえば――結界内限定・・・・・の遠距離制限区域だ。

 もちろん、その中の制限に発動者も該当はするが、他者のそれよりは大分制限が緩い。



「ヒイロ、あの境界ずらせる?」


「え? ああ……うん、わかった。あそこの王様達を守れるようにすればいいんだよね?」


「ええ、狙いは私だろうけど、万が一もあるから」



 死なれても面倒だし、戦闘の邪魔になるからと結界を解除するくらいなら再利用がいい。

 そんな考えから口にすれば、キョトンとしたヒイロは瞬く間に太陽の微笑みを浮かべた。



「ふふ、まかせて! こっちに来ていっぱい練習したから今ならゲームの頃みたいにできるよ!!」



 そう言ってヒイロは手を伸ばし、結界をずらし始めた途端――眼前にはシーリンがいた。

 リアは即座に指をぴくつかせ、それに気づいてから動きを止める。



「和やかなのも良いが……」



 躍り出た小さな影によって、甲高い音と火花が飛び散る。


「ちと、お嬢さん達は呑気すぎるのぉ」


「貴様っ」



 聖槍を弾かれ仰け反るシーリンに対し、お爺ちゃんは返す刀で長剣を切り上げた。

 軌跡は触れてもいない地面に斬撃を切れ込み、空間が振動する一太刀。


 それを寸でで躱してみせたシーリンは冷淡な顔に皺をつくった。



 彼女自身を軸に、振り回された聖槍を長剣で打ち払うお爺ちゃん。

 一回、二回と刀身が交差し、それは瞬く間に武器の形を隠してしまう剣戟へと変わる。

 一太刀打ち合うごとに衝撃波が会場内を波打ち、やがては暴風となって残骸や花々を吹き荒らす。


 一刻の間におよそ数百は飛び交った斬撃の中、リアは呑気にそれらを傍観する。

 もちろんこれには理由があるのだが、その大部分リアの気分だった。


(お爺ちゃんは建物の崩壊を恐れて最小限の動きで立ち回ってるけど、シーリンはお構いなしね。それでも勝負は互角……ううん、お爺ちゃんの方が少し優勢かしら? 流石は剣聖♪)


 やはり途端に得た力よりも、長年培ってきた経験と技術、それら全てを己の力として昇華しているお爺ちゃんが押される道理はない。例え良い装備を持っていても、使い手が未熟では宝の持ち腐れだ。


 ある程度の観察を済ませ状況を見守っていると、遠くからリアを呼ぶ声が聴こえた。



「リア!」



 声の主は未だ会場に残っていたレクスィオだ。

 他の王族の姿がないところを見るに、既に避難したのだろう。


 遠目に見えるのはレクスィオとガリウム、それと複数の護衛に女帝と皇帝。



「ここはいいから、貴方はさっさとこの場を離れなさい」


「っ、だが……!」


 その瞬間、弾かれた光の槍がリアの横を通り過ぎる。

 槍は遠く離れた白柱に突き当たり、ひび割れた亀裂は瞬く間に柱を倒壊させた。


「……っ!」


「ああ、もうっ――ガリウム!」



 さっさとその聞き分けの悪い王子を連れて行きなさい、そういった意図を含めてこの状況を正しく認識している筈の英雄の名を呼ぶのだった。


 会場の魔法障壁は既に機能していない、ならばこの状況は既にの住人達が気づいているかもしれない。適材適所である。


 そんなリアの思惑を察したのか、深刻な顔を浮かべたガリウムは「承知した」と静かに頷いた。

 やや強引に引かれていくレクスィオを見送り、後に残ったのは女帝とその護衛の姿。


 彼女は階段付近で振り返り、憂うような表情でシーリンとお爺ちゃんの戦いを見つめていた。

 数秒もすれば周囲の護衛に催促され、彼女の瞳は私に向けられる。



 その時、一際大きな衝撃が会場の空気を震わせた。

 見ればそこには破壊の爪痕がびっしりと刻み込まれ、これでもかと瓦礫と花々の残骸をまき散らした空間には、二人の強者がせめぎ合う。



「なぜ、なぜお前がその女を庇う。お前には関係のないことだろう?」


「それだけの邪気を漂わせて、なぜもなにもなかろう」


 呆れた様子でぼやくお爺ちゃんの言葉に、シーリンの冷ややかな目が見開かれた。


「邪気だと? これを……これ程の奇跡を目にしていながら、言うに事を欠き邪気と口にしたのか!?」


 強引に長剣を打ち払い、シーリンの頭上に数本の濁光とした槍が生成された。



「この冒涜者がぁ!!」


「耳が痛いのぉ」



 振り下ろされる聖槍に尖鋭せんえいとした殺意の塊。

 リアは巻き込まれないよう、すぐさま動けないヒイロを抱き込んでその場から飛び退いた。


(お爺ちゃんがどうして残ってまで戦ってくれてるのかわからないけど、正直助かるわ。おかげである程度の準備も整ったし、大体は把握することができた)

 

「ありがとう、リアちゃん」


「どういたしまして。もう少しかかりそう?」


 リアは今ヒイロが行ってることに対し、まるで天気の話をするかのよう穏やかに問いかける。

 すると、朗らかに微笑むヒイロの顔に苦笑が浮かべられた。


「うーん、この建物想像以上に大きくてね。まだ全部は固定出来てないんだけど、この周辺くらいなら大丈夫だと思う。あっ、崩壊の心配はいらないよ!」


「十分よ。いつもの装備じゃないんだから、少しくらい遅くても仕方ないわ」



 ヒイロをそっと地面へ降ろし、リアはつま先をトントンと床に打ち付ける。

 見ればお爺ちゃんはシーリンの背後へと回り込み、今まさに神速の一刀が振るわれようとしていた。

 しかし――



「っ!」


「なんだ、まさかこの程度の攻撃で……勝利を確信したのか? 剣聖」



 先程までなら反応すらできなかった一刀を軽々と受け止め、剣聖が聞いて呆れると皮肉気な笑みを浮かべるシーリン。

 力の均衡によって鍔迫り合い、シーリンは覗き込むようにお爺ちゃんに顔を近づけた。

 その時、お爺ちゃんの動きが一瞬だけ止まった気がした。


 それは時間にして一秒に満たない刹那の間。

 しかし英雄、その中でも最上位に位置する彼らの戦いで、それは余りにも大きすぎた一瞬だった。


 ほうけたお爺ちゃんの頬にシーリンの拳がめり込む。

 足に絡んだ ツル・・は引き千切れ、お爺ちゃんは物凄い勢いで会場を横断していった。


 聖槍を引きずるように持ち、猫背に顔に手を当てるシーリン。


「はぁ、はぁ……ふふ……ふふふふふふ」


 乱れた呼吸を繰り返し、心底楽しくて仕方ないといった様子でひとりでに笑い出す。

 かと思えば、ふと笑いが止み、今度はぶつぶつと何かを呟きだす彼女。


「貴方が悪いんだ、貴方が……貴方が私の邪魔をするから! だが死んではいない筈だ、貴方がこの程度の攻撃で、死ぬ筈が……」


「あら、まるで私ならいいみたいね?」


「っ!」


 バッと勢いよく振り返るシーリンは、その瞳にリアを映す前に視界が反転した。


「ごばぁっ!!??」


 めり込んだ足先からは数え切れない粉砕音が鳴り響き、視界には轟々と燃え盛る火花が舞い散る。

 肉の焼けるような匂いが鼻につき、シーリンはお爺ちゃんをも凌駕する勢いで会場内を吹き飛んだ。


 宙に浮かせた体は地面を擦り、数回バウンドしてから引きずるようにして外壁にぶち当たった。

 瓦礫が飛び散り、破片の中に千切れた手足のようなものが紛れて見えた気がした。



 振りぬいた燃える足を地面に置けば、床は赤みを帯びて炎が移る。


 体が驚くほどに軽い。

 思えば、この世界で初めてヒイロに貰ったバフだ。


 じっとしていても、体の奥底から沸々と湧き上がる高揚はあったが、実際に動いてみるとそれは瞬く間に全能感へと変貌する。


(今ので終わっちゃったかしら? なんて、この鼻に付くような魔力……消えることのない気配。結構本気だったんだけどなぁ……)


 プライドが傷付かなかった、と言えば嘘になる。

 けれど今はそれ以上にやるべきことがあった。


 視界に映り込む光の粒子。

 それらはどれも地面の花々から出ていた、まるで普通の花が光合成をするかのように。



 リアは手先に魔力を集め、灼熱魔法を使って辺り一帯を焼き払った。

 本来であれば最初にやるべき事ではあるが、その時は退赦の境界や剣聖、王族達がまだ残っていた。

 それに――



「リアちゃん!」


「ええ」



 領域内に侵入した魔力を感知し、リアは焦ることなく首を傾ける。

 砂煙から打ち出された光線は頬辺ほおべたを通り過ぎ、続けて首と胸、腹と足にの位置、計5本の線が宙に軌跡を描いた。


 戦域の掌握に加え、常軌を逸した反射速度を持つリアにとって、それらを躱すことはそう難しくはない。



 火の海が広がる中、砂煙が晴れ始める。

 うっすらと見えたのは、うねうねと揺れ動く数本の線。



「はぁ、はぁ……ただの蹴りが、こんな……」


「アルラウネ、じゃなそうね。それが貴女の言う、あの御方とやらに貰った力?」



 姿を現したシーリンは魔装をボロボロに剥がし、腹部に空いた焼け爛れた風穴に植物の根を絡ませている。まるで触手でできた包帯を何重にも体に巻き付かせ、失った手足があるべき場所には植物の義手が義足が付け変わっていた。


 ちなみにアルラウネというのは、花冠の中から女性の体が生えた植物系モンスターの一種である。


 シーリンはリアの問いかけに対し、まるで聴こえていないかのよう虚空を眺めだす。

 どこを見ているのか、感情の見えない瞳はぼーと一点を見つめていた。



「……ええ、ええ……そうです。そうなんです……!」


「?」


 誰に対して言っているのか。

 シーリンの虚ろな瞳は段々と光を宿し、その表情に恍惚とした笑みを浮かべ出す。

 なまじ美人さんなだけに、リアはその損失に嘆きため息をついてしまう。


「さっきの方がまだマシだったけど、話が通じないって本当に嫌」


 駆け寄る足音が聴こえてきた。


「空間の固定は終わったよ。これでいくら暴れてもこの建物が崩壊する心配はないんだけど……大丈夫?」


「ええ、お疲れ様……ちょっとね。あれを見ればわかるわ」



 視界に収めただけで癒しとなるヒイロとはえらい違いだ。

 あっちが無視するならこっちだって無視してやる。そんな対抗心を胸にリアはヒイロに腕を絡めた。


 シーリンの独り言――恐らくアウロディーネとの会話――は終わり、本日二回目となる強化パートへ突入した彼女。この際、とうにでもなれというのが正直なリアの本音だった。

 強化されたところでたかが知れているし、いくらステータスが上がろうと使い手が不慣れじゃ話にならない。というかヒイロの空間固定が終わり、倒壊の恐れもなく目撃者が全て消えた今なら、リア達も全力で戦闘が行える。



 そんな状況を知らずしてか、シーリンは高々と声を張り上げるのだった。


「なんだこれは……なんだこれは、なんなんだこの魔力は!! これが貴女様の力! これが神の恩寵! これが……姉さんが手にするべきだった世界を変える力!!!」


 先程とは比べ物にならない暴風が吹き荒れ、膨大な魔力渦はシーリンを中心に天へと巨柱を立てる。

 ヒイロは苦笑を浮かべ、慣れた様子で「あー」と口にする。


「どっかで見た光景だねぇ……どうする? あっちが強化するっていうなら、私達も装備戻しちゃおうか?」


「そうねー、お爺ちゃんも気になりはするけど、まぁ死んじゃいないだろうし。戻しちゃいましょう」



 至近距離で見つめ合い、どちらからともなく笑い合う。

 こんな呑気なことをしてる場合ではないのだが、此処にいるのはLFOの上位ランカー二人。


 対戦相手はLV140を超えてるのが当たり前、その上で装備構成や種族メタ、戦闘スタイルやスキルを分析し、研究し尽くしてきた相手が挑んでくるのが日常茶飯事だったのだ。


 魔力渦に晒されながら、二人は火のカーテンと光の膜の中で一瞬にして着替え終える。

 白い装束を身に纏い銀色を靡かせるリア、黒コートに水晶の杖を手にした金色が輝くヒイロ。



「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」



 植物たちはその触手を天に伸ばし、燃える海の中で光の波動に呑まれるシーリン。

 その笑い声は狂喜に満ち、無限に溢れさせた魔力はまるで鼓動のように庭園中を波打ち続ける。



「頭がおかしくなりそうだ! もはや私は英雄を超越した、かの御方は哀れな私を愛してくださったのだ。わかるか……この力が? 感じるか、この全てを滅する光が? 私はいま……神の代理人へと至ったのだぁ!!!」



 そう言い放たれた瞬間、一際大きな波動と共に世界は真っ白に染め上げられた。

 そうして再び目を開けた時、眼前に広がる光景にリア達は思わず声を漏らしてしまうのだった。



「…………は?」


「え……?」


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百合な始祖は異世界でも理想郷を創りたい! ひよこのこ @hiyokonoko28

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