第151話 真祖の絶望Ⅰ



 人と異形が入り乱れる、広大で赤黒く染まった戦場。

 見渡す限りに金属は鈍く光り、多彩な魔力と飛び散った血によって殺伐と彩られていた。



 一拍も置けば数十人の命が息絶え、そんな世界を嘆くかのように曇り空はより厚みを増している。

 そんな薄暗く殺気乱れる大地を、まるで線を描くかのように閃光を迸らせる存在たちがいた。



 地を蹴り、宙を飛び、息を吸うかのように破壊を齎せば、かけ離れた大地が裏返る。

 一度閃光が交えれば数十の煌めきが空間を埋め尽くし、次の瞬間には輝きが一帯を包み込むのだ。



 そうして事の渦中にいたオリヴィアは、勇者……いや、セシルと何度目かの衝突を果たす。


 煌びやかな装飾が施され、白銀色の刀身からは神々しい光を放つ聖剣。

 直剣でありながら身の丈程の長さを持ち合わせ、それを軽々しく振り回すは目の前の男。


 ヨレた白シャツ姿の胸元をだらしなく開き、その金の眼を猛獣のように細めて笑う。



 刃が触れれば剣が消え、数百もの必殺を互いに絶えず浴びせ続ける。

 衝撃が響き、大地は抉れ、空気が振動すると共に白黒の斬撃は優劣をつけていく。



「おいおいマジかよ! あの時より数段……ッ」


(セシル、腕が鈍ったか? ……ああ、そういうことか、良いご身分だな)



 オリヴィアの猛攻にたちまち後ずさり、セシルは間合いを取ろうと腰を引かせる。

 しかし剣技の上下関係がはっきりした以上、ここでオリヴィアが逃がすという選択肢はない。


 神速の護剣が聖剣を弾き飛ばし、その首元に一直線に黒き魔剣を差し込んだ。

 時間にして数秒の打ち合い、それでも止めを差すには遅すぎたらしい。



 攻撃の手を急停止させ、その場を即座に飛び退く。

 地に足を付け、数度のステップを踏んで迫り来る魔矢を弾きとばす。


 その瞬間、巨影がオリヴィアを覆い隠した。

 逆手に持ち替えた護剣を大剣に絡ませ、一回転して魔剣を振り下ろせば、別の方向から魔矢の光を視認。


 軽快な動きで宙返りを行い、魔矢を弾き飛ばし、今度は雷を纏った光槍と無数の魔矢が同時に迫り来る。



「ちっ、魔剣リュンヌ!」


「お? 気付いたのか」



 光槍と無数の魔矢、そして聖剣の隠しきれない神聖な魔力。

 オリヴィアは迷うことなく手札をきり、眼前に迫り来るそれらを纏めた薙ぎ払った。


 スキルを重ねない斬撃は白く半透明に輝き、鬱陶しい光と激しい衝撃波を波立たせる。



(手数が多すぎる。……特にあの魔弓師。奴を潰そうにも他が邪魔で近寄ることすら叶わん、妾に今できることといえば。……状況優位に甘え、隙を晒した者を一瞬で刈り取ることのみ、か)



 両翼を羽ばたかせ、絶えず迫り来る光の魔弾と魔矢を回避するオリヴィア。

 飛翔の速度を加速し、上空に数多の光を乱立させて急接近を目論む。



 『あいつらがただ、撃ってると思うか?』


 「っ!」



 セシルの声が幻聴のように聴こえた時、眩い光がオリヴィアの視界を覆った。

 すると神々しいほどの斬撃が、凄まじい勢いで放たれる。


 その軌道と籠められた魔力、そしてこれまでの魔法と矢の不自然な乱射から理解した。



「そういうことかッ……!」

(護剣ソレイユでも防ぎきれないだと? この力はッ! そうか……貴様か)



 これまでの光の斬撃より一際出力の違うソレ。

 オリヴィアは辛うじて受け止めたが、相殺できるなどどいう考えは即座に切り捨てる。


 留まる体を無理矢理に反らし、バランスを崩したことで地面へと体を打ち付けた。

 殺しきれない勢いに地面を転がり、すぐさま上体を起こせば追撃の手が届く。


 間合いに入り込んだのは、大剣を持った男とセシルが連れていた無表情な男。



「しっかり立たねぇと死んじまうぞぉ? おら、おら、おらおらおらおらおら!!」


「……」


 姿勢の定まらない状態から、怒涛の勢いで詰められるオリヴィア。

 体の至るところから出血と再生を繰り返し、その重すぎる大剣によって足が地面へと沈み込む。



(――しまっ……!?)


「たしか俺の剣は直線的すぎんだよなぁ? そんなら避けてみろよ!!」



 レイピアのような双剣を交差させ、鉄塊のような大剣を受け止める。

 叩き込まれた剛撃はその防御を容易く貫通し、オリヴィアの胸を深々と抉り斬った。


 大量の血飛沫が舞い、その身を進軍する人類種の群れへと突っ込ませる。

 オリヴィアは空中で反転し受け身を取ると、魔剣を地面に突き立てながら滑る。



「こいつオリヴィアだ! 魔族の王、オリヴィアだぞ!!」


「死ねぇぇぇオリヴィアァァ!!」


「一斉にかかれー!」


「うおおおぉぉぉぉ!!!」



 群がる人類種を一瞥し、無造作に魔剣を振るう。



「……邪魔だ、雑兵」



 大量の兵士はまるで弾け飛ぶように体を両断させ、オリヴィアの視界を鮮血に染め上げた。


 足元には光の魔法陣が浮かび上がり、正面からは雷を纏った光槍を何本もの投擲。

 もはや休まる暇などない追撃に、オリヴィアは考えるよりも先に護剣を掲げた。



 降り注がれた光柱は護剣に遮られ、身を引っ張るようにして射線外へと体を投げる。

 掠めた光槍が肩を抉り、振り下ろされた聖剣を咄嗟に魔剣で受け止めた。


 身を乗り出すように愉快な笑みを浮かべたセシル。



「随分ときつそうだな、おい」


「……セシル」



 軽快な口調とは裏腹に、その命を刈り取ろうとする神速の連撃。



「今のお前を見てると、俺が居なくてもすぐに終わりそうだな?」


「……減らず口をッ、抜かすな!」



 黒い斬撃が頬を掠め、驚きのあまりその目を見開くセシル。

 少しの間きょとんとしてみせたが、瞬く間に淡い光が傷痕を包み込み、余裕の笑みを見せた。



「ははっ! これじゃあ勝とうと思わなくても勝っちまうよな? 無限の援護に無限の治療、相手はお前……ただ一人だ」


「……」


「確かに1対1ならお前は強い。俺の体感じゃもう魔王より強いかもな? でもよ」



 そうセシルが言葉を切った瞬間、剣戟の中で背後に回り込んだ殺気を鋭敏に感じ取る。。

 オリヴィアが宙返りをしたと同時に通り過ぎる一閃、そうして脇腹にセシルの蹴りが深々と突き刺さった。



「1対1なら、の話だ」


「ッ……ぐは!?」



 凄まじい勢いで戦場を横断し、まるで砂煙のカーテンを巻き起こすオリヴィア。

 数百メートルもの距離を瞬く間に駆け抜け、地面を抉りながら壁に激突する。



「がはっ! これは……聖属性の魔道具アーティファクトか?」

(治りが遅い。強化効果もあるだろうが、奴の固有能力アーツが適応したか。……骨を数本、内臓もおかしくしてるな。これはいよいよ……)


 壁に寄りかかった体を起こそうとし、自分の下敷きになっている者に気付く。

 地面に付いた手はびっしりと血が塗りたくられ、背中には数体もの死体が拉げている。


 その死体は人間のものもあったが、魔族の――ゴブリンやオークのものもあった。



「……すまない、其方らの健闘は忘れん」



 心を痛めるのは一瞬、体を起こそうとして蹴られた患部に激痛が走った。



「ぐっ、がはっ……!」



 大量の吐血と共に体を壁に打ち付け、眼前に迫り来る光の奔流に目を細める。


 本来ならこの程度の攻撃で動けなくなることはない。

 しかし、相手が強化されたセシルの蹴りであり、入ってしまったなら話は別だ。



「……相変わらず、ふざけた固有能力アーツだ」



 奴の固有能力アーツ【純聖なる奇跡】は、確率でその効力を数倍にも引き上げる。

 タイミングも行動も、奴の意思すらその意図するところではない。名前の通り、奇跡として発動する。



(自発的に奇跡を起こす力……まさに神の加護だな。それに比べ……創造主じぶんで与えたものを死を持って返納しろとでもいうつもりか? ――なぜだ?)



 今から動いても間に合わない、そう判断したオリヴィアは目の前の光を見据えた。

 そして目を閉じようとした瞬間、視界が黒に覆い尽くされていることに気付く。



(この結界は……まさか)



 黒い障壁は不気味な気配を漂わせ、眩い程の光の奔流をその身に受け止めた。

 障壁は当たったと同時にヒビが入り、今にも崩壊寸前だというのが一目で見て取れた。


 すると体を抱き上げられ、光の射線上から脱することができたオリヴィアと黒い影。

 その影はオリヴィアを地面に丁寧に下ろすと、遠目に歩いてくる英雄たちの前に立ち塞がった。



「……貴方達、それにキュヴェ? っ、よせ! 下がれ! お前たちにどうこう出来る相手じゃない!!」


「いいえ、下がりませぬ。我々も貴女様と共に……!」


「ご意思に背くことをお許しください、オリヴィア様」


「お一人であれだけの英雄を……そんな貴方様を見て見ぬふりなど、我々にはできませぬ!」


「カカカ、どうして儂がお前の命令を聞かなきゃならん? しかしまぁ……無様な姿よのぉ? 実によく似合っておるぞ、オリヴィア?」



 眼前に立ち並ぶは六人の黒騎士、そして顔を醜く歪めたキュヴェ。

 未だ再生の終わらない身体を立ち上がらせ、彼らの意思は固いように見えた。


 それに今更退いたところで――



「おいおい、泣かせてくれるねぇ。魔族……いや、世界の爪弾き者同士の仲間意識ってか?」


「汚らわしい魔族が仲良しごっこ? 見ていて気分が悪いわね」


「ハハ、俺は嫌いじゃないぜ。なぁ? ソーサレスの嬢ちゃん」


「最初あれだけボコボコにされてたくせに、随分と余裕そうね? 剣闘士グラディエーター



 状況としては8対8。だがあまりにも個々人の差がありすぎる。

 そうして何故かすぐには攻めてこない……いや、余裕な表情を浮かべたセシルが声を上げた。



「黒騎士……つまりはオリヴィアの眷族で、吸血鬼ってことだよな?」



 そう考え込むようにしてぼそりと呟き、オリヴィアとセシルの目が交差する。



「いやなに、俺の恩師と昔のPTメンバーがどうやら吸血鬼に殺されたらしいんだ。だからこれが最後の機会っぽいし、絶滅させる前くらい報復しようと思ってな」


「恩師、それに昔のって……クレイヴ卿と聖女のこと?」


「……その下らん話と妾、一体なんの関係がある」



 オリヴィアの言葉に、何の感情も抱いていない様子でセシルは頭をぽりぽりとかく。



「うーん、まぁ……その、なんだ――」


 セシルの姿が消え、同時にオリヴィアも地面を蹴った。


「――ついでだ」


「まさか、貴様がそんな世迷言を口にするとはな」



 聖剣と魔剣が交差し、激しく火花を散らしながら強引に押し込まれるオリヴィア。

 「オリヴィア様!!」と叫ぶ眷族の声が聴こえ、必殺の連撃の対処を余儀なくされる。



「嘘じゃないぜ? 俺はここに来る前、聖王国に寄って来たんだ、あぁ今は"元"だったか」


(何を言って……いや、それよりも黒騎士をッ……だが、これでは!)


「そしたらな? お前らの使うあの悍ましい魔法、血の痕跡がバッチリと見つかったわけよ!!」


「っ! だからッ、なんだと言うのだ!」



 不規則な力量の剣によってバランスは崩され、それでも聖剣を弾いてみせた。

 セシルは護剣の斬撃を鞘で受け止め、剣術もいえない乱暴な動きで薙ぎ払う。



「例えお前の眷族じゃないにしても、お前は最古の真祖だろう!? なら、同族の侵した責任は取るのが、一族の長の役目だろうがよぉ!!」


(くっ、何があっても行かせないつもりか……! ……吸血鬼、妾の同胞が聖女と剣聖を殺した? 確かに数日前、円卓の会議で上がった話だが、あれを信じろなどと――)



 足に力を込め、なにがなんでも退けようと魔剣を振るった瞬間。


 セシルの肩越しの景色が映り込み、オリヴィアは短く息を呑んだ。

 六人の黒騎士は四肢を切り裂かれ、砕かれた障壁の中で無数の魔矢に貫かれたキュヴェ。


 降り注いだ光はその存在を燃焼させ、まるでゴミのように地面へと転がされた光景を。

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