第89話 腐敗の手がかり
王族にのみ許されたダイニングルーム。
リアは用意
そうして再び二人が第一王子の執務室に戻ると、既にアイリスの姿がなくなっており、リアはレクスィオが眠りにつくのを確認すると王城を後にした。
窓から身を投げ出し【万能変化】にて白い蝙蝠となったリアは、夜風を肌で感じながら何処までも深い暗闇の大空を飛翔する。
地上の灯は最低限に抑えらえ、まばらに見える人影は昼間の面影すらない。
少し視界を上げればそこには雲一つない満月がリアを照らしており、時間的な眠気を感じながらも心地いい感覚が体中に広がる。
(アイリスは先に帰っちゃったのかしら? 部屋に誰か来た?それとも目が覚めて私が居ないから探しに行ったとか? ……ふふ、だとしたら嬉しいわね)
流れゆく視界の景色はまるで子供が書きなぐった絵のように繋がり、あっという間にディズニィの用意した屋敷が見えてくる。
リアの部屋はその屋敷の2階の中央、一番広く見晴らしの良い部屋である。
そこには大きな窓ガラスが施錠されることなく全開となっており、中からは白いレースカーテンがヒラヒラとそよ風に乗ってはためいている。
リアは翼を収縮させ体を滑りこませるようにして、カーテンを傷付けることなく部屋へと入る。
勢い余って壁に衝突しそうになるが、そこでコントロールを誤るほどリアは未熟じゃない。
部屋の中央でピタリと停滞し、【万能変化】を解除するのだった。
「よっと、アイリスは……領域内には居ないわね。ふぁぁ、んっ」
本来の姿に戻ると自然と漏れ出す欠伸。
リアは睡魔がすぐそこまで来ていることを察し、まだ着慣れない侍女服のエプロンをベッドへと脱ぎ捨てる。
そうしてベッドの横を通り過ぎながらブローチ付きのスカーフを外し、ワンピースへと手をかける。
窓から見える景色はポツポツと灯が灯されてはいるものの、まるで町全体が眠りに入ったように静寂と暗闇に包まれている。
(それにしても、世のメイド……ううん、護衛は凄いわね。四六時中対象を気にしてないといけないんだもん。誰かを消すとかなら、簡単なのになぁ……あ)
今日一日あったことをぼんやりと思い返しながら、リアは内心で愚痴を言いつつレクスィオとの会話を唐突に思い出す。
「ミシス家。第二王子派閥で商人達との交流が広い貴族、ね。……一度行ってみようかしら?」
眠い頭で何気なく口ずさむリアは、またしても自然と欠神を漏らす。
ああ、これは素直に寝た方がいいやつね。
また何かやらかしてレーテに尻拭いさせるのも忍びないわ。
リアは窓ガラスから差し込む月光に目を細め、ボタンをすべて外し終えたワンピースは重力に従うがままに、ふぁさっと音をたてて地面へと落ちる。
「ふぁっ……んっ、うぅ……ねむい」
下着姿のまま、ベッドへと歩み寄るリアは【戦域の掌握】内に誰かが入り込んだのを朧気に感知する。
それから数秒後、扉が控えめにノックされるのだった。
この気配……流石、彼女ね。
「リア様、よろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん……どうぞ?」
そう言って何も考えず、半分寝ぼけた頭で入室の許可を出すリア。
だが、彼女は自分がどういった格好をしているのか、完全に頭から抜け落ちていた。
本来であれば、血のカーテンを使用し次元ポケットと併用することで瞬時に、【白雪のルームウェア】に着替えることができる。 だが、今の彼女は――
「失礼します。リア様、っ……!?」
「ん、……どうしたの?」
いつも通り丁寧な所作でお辞儀をし、再び顔を上げたレーテは目を開いた状態でピタリと動きを止める。
どうしたのか? そう思い首を傾げたリアは、入室してから扉の前で動かない彼女の元へと歩み寄る。
まるで石像の如く固まってしまった
「黙ってちゃわからないわ……ねぇ?レーテ」
「っ、リア様……もしや」
「ふふ、相変わらず綺麗なお顔。……長いまつ毛にツヤツヤのお肌……それに、美味しそうな唇」
リアは幼子の様に楽しそうに微笑みを浮かべ、レーテの顔をなぞるようにゆっくりとその手を這わせる。
そして下着姿のまま体を密着させると、その唇を欲求のままに頂くことにした。
「んっ……ちゅっ、はむっ……んふっ」
「……はぁ、んんっ……れろぉ、っ……はぁ」
唇を重ね、溢れる唾液を味わいながら舌を這わせる。
すると直ぐに向こうからも、私を求める舌が口内へ侵入してきた。
甘くて思考を爽やかにする、彼女特有の味。
「ちゅっ、はぁ、はむぅっ、はぁ……れろぉっ♪」
「……はぁ、くぅっ、んっ……あぅぅっ」
貪る様なキスはやがて味わうような舌の動きに変わり、舌と舌を唾液まみれに絡ませながら、お互いの口内を行き来する。
「ふふ、目が覚める味ね。……でも、このまま味わいながら眠りにつくのもいいわね」
「……んっ、っはぁ……お望みであれば、ちゅっ……お眠りになられるまで、んっ、はぁ……いさせていただきます」
レーテは重ねる唇から熱気の籠った吐息を溢し、魅力的で魅惑的な、酔ってしまいそうな提案にリアは眠い頭で一瞬心を揺らす。
そして妖艶な笑みを浮かべ、チロリと口元についた涎を舌で舐めとると再び口を合わせる。 今度は軽いやつだ。
「はむっ……んふっ、ちゅっ……ぱっ。いいわ、そんな勿体ないこと……できないもの」
「……はぁ、はぁ……んっ、さようで、ございますか」
肩で息をするレーテにリアは満足げに笑みを浮かべると、瞼を閉じてその肩に額を置く。
密着する体から、額から伝わってくる熱に心地良さを覚え、そろそろ眠気に限界を感じていたリアはそっと離れる。
「おやすみのキス……ごちそうさま♪ もう寝るわ」
「……はい、おやすみなさいませ、リア様」
そうしてリアはレーテが退出するのを見届けることなく、半分飛びかけている意識の中ベッドへダイブする。
(そういえば帰り際、レクスィオが何か言ってた気がするけど……なんだったかしら? 明日は令嬢がどうとかって……まぁ、いいわ)
後方から扉の閉まる音が聴こえ、リアはふと思い出したことを次の瞬間には忘却へ捨て去り、沈むように眠りに落ちていくのだった。
翌昼、昨夜の記憶が半分ない状態で目が覚めたリアはレーテの元へ行き、情報共有を計る。
帰ってきた答えはごく自然の答えであり、リアがおやすみのキスをしただけのものだった。
正直、抗えない睡魔に襲われた時は何かしでかすのが恒例の自分だったことから、内心胸を撫でおろすリア。 しかしそれなら何故、レーテは頬を赤らめ恥ずかしそうに口にしたのか不明である。
(本当に何もなかったの? うぅ、正直不安ね。でも何かした痕跡はないし、大丈夫なのかしら)
そう思うことにして一応は納得したリアは、先日レクスィオと行動し得た情報をレーテと共有する。
王国内で次々と発見報告があがっている獣人達の暴走。
闇ギルドのアジトでアイリスと偶然出会ったこと。
そして、レーテとルゥ、セレネが鉢合わせた黒いローブの男の取引現場について。
「へぇ、これが……」
リアは黒いローブの男が持っていたという液体の入った容器を手に取って、興味深く傾けながら見詰める。
テーブルに置かれているのはレーテが取り出した液体の入った容器、全部で3種類。
その内の1本、血の様に赤い液体が入ってるのがリアの持っている物と同じものだ。
「恐らく、リア様が聞かれた物と同一の物かと」
「眷族にして聞き出したのなら、大元の情報に誤りがない限り間違いなさそうね」
「念の為、持ち主と他の者は死なないよう拘束を施して生かしております」
あら、予想はしてたけど流石レーテだわ。
けれど、レーテの血がどこの馬の骨かもわからない男の体内に入ったと思うと、良い気はしないわね。
「流石レーテね。必要になったら会わせて貰えるかしら?」
「はい、かしこまりました」
正直、こういう面倒なことはレクスィオに丸投げしたいと思っていたリア。
だが、知ってしまった以上はやらないわけにはいかないと、内心で溜息を吐きながら手元で容器を転がす。
赤い液体が試験管のような容器の中を流れ、それを眺めながら思いに耽る。
(ディティリアでレクスィオは現物を徴収できたのかしら? あんまり気にしてなかったから、正直覚えてないわ。まぁ、どっちでもいいか。半分くらい渡せば十分でしょ)
闇ギルドでのことを思い出しながら、念のため半分は自分が持って置こうと結論付けるリア。
「それじゃあ、まずはその――」
「リア姉!」「お姉ちゃんっ!」
勢いよく開けられた扉から姿を見せるのは幼い獣人の兄妹。
燃えるように赤い髪色のルゥと桜のように綺麗な桃の髪色をしたセレネ。
二人は興奮した様子で、椅子に座るリアへと突撃してきた。
「っとと、早いわね二人とも」
組んでいた足を解き、飛びついてくるセレネを抱き留めながら前のめりに顔を近づけてくるルゥへ顔を向ける。
「リア姉! 今日も城に行くのか、それとも遊んでくれるのか?」
「あのねあのね! 昨日セレネ魔法使えたんだよ? だからね、お姉ちゃんにも」
「ちょっと落ち着いて、二人とも。レーテ、取りあえずソレらから流通経路と商人の特定、それと一応関わっている貴族がいるのかどうかの確認もお願いできるかしら?」
怒涛の勢いで捲し立てる二人の子供に、リアは押され気味に宥めると先程言いそびれてしまった言葉を改めて口にする。
レーテはルゥとセレネの存在に気にした様子はなく、「かしこまりました」と口にすると静かに席を立ちあがった。
「ありがとう、貴女になら安心して頼めるわ」
リアは部屋から退出するレーテを見送り、今か今かとはち切れんばかりにウズウズしている兄妹へと目を向けるのだった。
「二人とも随分活躍したみたいね。ルゥは……へぇ、思ってた以上に頑張っているのかしら」
部屋に入ってきた時から感じはしたが、ルゥの体格や肉付き、その表情から少しだけ存在感が増した気がする。 この子に渡した経験値装備は伊達じゃないわね。
「へへ、毎日レーテ姉に鍛えてもらってるからな!」
「そう、一太刀くらいは掠ったの?」
「…………まだだ」
まぁ、少しレベルが上がっただけで彼女に触れるのは、まだ無理よね。
でも、将来
「ふふ……次は頑張りなさい」
俯いて落ち込んでしまうルゥの頭に、ポンッと手を置いて撫でながら笑みを魅せるリア。
目の前の子供が将来魔王となって覚醒した時、どう成長するのか非常に楽しみなのである。
そうして次は、胸元に顔を置いて小さな両手を広げて必死に我慢しているセレネを見下ろす。
「聞いたわよセレネ、もう精霊魔法が使えるようになったんだって? 偉いわ」
「え、えへへ、アイリスお姉ちゃんが魔法を教えてくれたから。それに……前よりずっと精霊さん達が見える様になったんだよ!」
「あら、そうなの? 精霊も可愛くて良い子には目がないのね」
リアは空いた手をその頬に添え、微笑みを浮かべながら『うちのセレネなら当然ね』と内心で呟きその頭を優しく撫で始める。
闇ギルドの件で大変な筈なのに、セレネの面倒もちゃんと見てくれているアイリスには感謝しかない。
起床してから彼女の部屋に寄ってみたもののその姿は見えなかった。
昨日は屋敷に戻って来たのかしら? 今度会ったらめい一杯、
リアは暫くの間、二人の獣人兄妹と戯れて時を見て屋敷を出ることにした。
当然それなりの抵抗を二人から受けたが、レーテから例の物を貰い受け彼女にお願いをしている以上自分がサボるわけにもいかない。
そう心を鬼にしてリアは中々離してくれないセレネの誘惑を断ち切った。
正直、うるうると潤ませた瞳でワンピースの裾をほんの少し握り、可愛く見上げてくる彼女は強敵だった。 剣聖なんて目じゃないだろう、頑張ったわ私。
そうして激闘の末、リアは通勤時間僅か2分の就業先。 第一王子の執務室へと到着していた。
早速、レーテの捉えた男と受け取った薬についてレクスィオへ話し、その現物を彼の机の上に置く。
「話しはわかった。これが、獣人達の暴動の原因……すぐに魔塔に、いや、私の知り合いの魔導士に頼んで、毒素の解明と解毒剤の製作にあたらせよう」
「魔導士? それは信用できるの?」
物語などでよくある話だ。
敵の多い人物が動こうとすると決まってその悉くを何者かに邪魔される。 今回の件で例えて言うなら、渡した薬物とその所有者の失踪とかだろうか。
そんなリアの心配に、レクスィオは赤い液体の入った容器から目を離し確かに頷いた。
「ああ、私の幼い頃からの知人だ。 性格に少々難はあるが彼女は信頼できる、何せ人間嫌いだからな」
「彼女、人間嫌い……つまりは魔女、なのね?」
「っ、……一応言っておくが、会わせるつもりはないぞ? 君が何をするかわからないからな」
――魔女
特徴は
だが、リアが気にしたのはそこではない。
"彼女"といったのだから当然女性であり、人間嫌いだというなら吸血鬼であるリアはセーフということだ。
魔女の血は吸血すると他の血とは違う、面白い効果を得られることからそれ専用のフレンドを作るほどリアは気に入っていた。
気になるわ……非常に気になるわ、その子!
だがここで「自分で探すから結構よ」何て言うほど、リアは馬鹿じゃない。 魔女が居ると聴けただけ十分な情報なのである。
「……まぁ、いいわ」
そう言って若干思うところある風な表情を浮かべ、内心ではニヤつくリア。
するとその瞬間、扉がノックされリアとレクスィオは同時に振り返る。
レクスィオが入室の許可を出し、扉が開いて姿を見せたのはもう一人の専属侍女ゾーイだった。
「お話し中に失礼致します。セルリアン公爵令嬢がお見えになりました」
「そうか、もうそんな時間か……すぐに向かう。ルシーには少し待つよう伝えてくれ」
「かしこまりました。では、いつもの庭園にてお待ちいただくようご案内致します」
慣れたような口ぶりで話すゾーイは、綺麗な所作でお辞儀をすると直ぐに部屋を退出していく。
(公爵令嬢? ああ、昨日レクスィオが帰り際に言っていたのはこのことね。確か婚約者だったかしら? それに、ルシー……何処かで聞いた気がするのだけど)
本来のリアであれば気にすることなく、平然と聞き流していた名前らしき言葉。
だが、どうしてかその名前に引っかかりを憶え、ついつい考え込んでしまう。
記憶の片隅に残っていたのか、はたまた直近で聴いたことのある名前に偶々反応したのか。
そんな事を考えていると、既に支度の済んだレクスィオが扉まで歩き不思議そうに首を傾げていた。
「どうした、リア?」
「……なんでもないわ」
リアは釈然としない思いでレクスィオへ追従し、ルシーと呼んだ公爵令嬢の元へと向かう。
(どこだったかな? 確かに聞いた気がする名前だったんだけど、私が覚えてるってことは……何処かで会ってる? ……う~ん)
王城の通路を歩きながら、記憶を探ることを止めないリア。
転生してからこれまでのことを思い起こし、数多の記憶が重なりかけた時――
水のように澄んだ白色、キラキラと煌めく水晶。
その二つが脳裏を過ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます