第1話 事件ケース45835の顛末⑤
「ちょっと突然、誰なの!」
突然イヤフォンに飛び込んで来た聞き慣れない声に思わず反論する。
『わたしはあなたの言うとこの人質。
普通に考えてあり得ないことを告げる音声はタマキが自分の方を見たらHDDを外すと言う。
疑心半分と言った心持ちで人質の方に視線を向けると、音もなくHDDが外れ人質の少女の顔が露わになり、その黒い瞳がじっとタマキを見つめていた。
『これで信じてくれた?』
再び音声が流れてくる。
「いや、HDD外れて何で通信できるのよ?」
『外したのは前面だけ、通信に必要な後ろ半分はそのままにしてあるわ。』
改めて少女の方を見るタマキだが後頭部の方はよく見えない。
「とりあえずそういう事にしておくけど、あなたは何がしたいの?」
状況は分からないが、一旦はそうであると割り切って通話を再開する。
『さっき言ったとおり。彼を倒したいのであれば、わたしの指示に従ってほしい。』
「あなたはあいつの攻略法でも知っているの?」
『攻略法ってほどではないけど、対応方法は知っている。』
「なら聞かせて。」
背に腹は代えられないとばかりに即答するタマキ。
『あのタイプのオートマトンが神経加速を使うと、通常の思考では体の制御が追いつかなくなるため、体の方の自立行動に任せることになるわ。』
「つまりは暴走状態ってこと?」
『大まかな指示は人工脳髄が出しているけど、ほとんど間に合っていないから実質そうだと考えていいわ。』
「うわ、めんどくさい状態。」
『そう。非常に面倒な状況だけどそこに付け入るスキがある。暴走(仮)状態のオートマトンは身体に記録されているスクリプトに沿って動くことしか出来ないの。』
「と言うとある程度パターンが決まっているってことね。」
納得がいったように答えるタマキ。
『そうよ。でもスクリプト自体は相当複雑だし、人工脳髄がスクリプト制御に任せる程のスピードで動いているからただの人間が対抗するのは難しいわ。』
希望が持てそうと思った途端に落とすような話し方。普通はイラつくところであるが、今はそんな感じがない。
緊急事態であることもあるが、彼女の言葉を信頼して良いと心の何処かで感じ始めている
即座にどうするかと相手に聞き返すタマキの声は、落ち着きを取り戻してきたのか抑揚のないモノへと変化してきている。
『
対策を告げる声に応え、タマキは素早く準備を整える。時間も弾数も心もとなくなってきている、恐らくこれが最後のチャンスだろう。
ここで相手を制圧出来なければ、自治警機動隊の突入班がなだれ込んでくる。
その時は恐らくまだ暴走状態の男により突入班はなぎ倒される可能性があり、人的被害を増やさないためにもここで終わらせる必要がある。
『行動予測とパワーアシストの制御はこちらで行うから後は全力で彼を無力化して。』
少女の声に弾かれるように柱の影より飛び出す。
男の側面へ回り込むように全力で走り、プランターの後ろへと滑り込む。
他者にパワーアシストを制御されることに不安はあったが、今の疾走で彼女の制御が精密かつ的確であることを確信した。
体への負担が驚くほど少ないのだ、恐らくミリ秒単位でパワーアシストのかける位置や強さを変更している。
(いける!) 心のなかで呟くと体勢を立て直し今度はプランターを足場に高く飛び上がる。
一定以上に近づいた事で反応した男に対し飛び蹴りを放つ。
その一撃は軽く避け男は左腕を振り、ボクシングのフックの要領で殴りかかる。
着地と同時に男の方を向いたタマキは格闘戦に備え素早く両脚を軽く開き下半身を安定させると、その一撃を上半身の動きだけでかわす。
続けて男は銃を握ったままの右手でストレートを放つ。
これを同じく銃を握った左腕を使い空手の受けの様に流すと同時に1歩踏み込み右腕を男の左脇の下へ滑り込ませ背中側へ手をまわす。そのまま腰のベルトを掴むと自らの身体を捻り、男を投げ飛ばす。
相手の勢いを利用したとは言え、かなり無理のある体勢での投げである。普通であれば腰なり腕なりを痛めるところではあるが、パワーアシストのサポートにより自分への負担は最低限で済んだ。
投げられた男は受け身も取らずに背中から床に叩きつけられるが、それでもすぐに立ち上がろうと片膝を立てる。
そこへ素早く
立膝状態の右足を狙っての射撃であったが、男は信じられないことに素早く後ろへ跳び、その一撃を避ける。
床に打ち込まれた弾丸は潰れた。
その事を気にした風もなくタマキは再びゆっくりと両手で構え直す。
『射撃来る!』
少女の警告に意識より体が先に反応した。
とっさに左へ跳ぶ。男が照準もろくにせずに撃った銃弾は先程までタマキが居た空間を貫いた。
「どんなガンマンよ!」
愚痴りながら構え直した銃で応射。その弾は男の脇を飛び去った。命中精度に難のあるHデンジャーではもとより男のマネは不可能であった。
男と距離を取るべく先ほどとは別のプランターの影へ隠れる。
大型とは言え拳銃の有効射程は短い。
彼の拳銃の威力ならプランターを撃ち抜くことは可能であるが目標に命中させるためには有効射程まで近づく必要がある。暴走状態とは言え(むしろ暴走状態だからこそ)、男はその事を理解しておりプランターへ向かって歩き始める。
その足音を聴きながらタマキは1発の特殊弾頭を自分の銃に込める。
相手が迫ってくるが慌てずに正確な手付きで作業する自分に、改めて冷静であることを実感する。
これまでの細工は流流、後は仕上げだけである。
そして時が来る。素早く立ち上がり即座に撃つ。先程の射撃と同じであるが1点だけ決定的に異なる。
それはフロア内の監視カメラを少女がジャックしており、カメラ映像を利用し照準装置の代わりとしていたのだ。
狙い過たず男の右脇腹に命中した弾丸は即座に内部に蓄えていたエネルギーを解放した。
『
オートマトンは十分に電磁波対策が施されており、通常であれば影響は無いが一部が破損し暴走状態となっている男には効果があった。
苦悶の表情を浮かべよろける男に、タマキは続けて弱装衝撃弾を撃ち込む。
暴走状態のオートマトンでは効果は薄いが一定間隔で撃ち続ける事で、衝撃を受けて男は少しずつ後退する。
その時、男の足元で突然何かが爆発した。
男はタマキが先程放った弾丸。つまりは『指向性遅延爆裂弾』を踏んだのである。
爆発の規模こそ小さいが弾丸の破片は男の右足をズタズタにする。右足が踏み込めなくなった事でバランスを崩し転倒。
それでも逃亡しようというのか必死に体を動かし転げ回る男の元へタマキは駆け寄るとその首筋に手を当て電撃を流した。
ようやく大人しくなった男から離れると銃を腰のホルスターへ収め、来客用ソファへ向かう。
人質だった少女は相変わらずソファに寝そべったままであったが、その黒い瞳はタマキ事を追いかけている。
「色々聞きたいことはあるけど、とりあえず助かったよ。」
「立てる?」とタマキはそう少女に右手を差し出す。
「ありがとう。」
答えながらその手をとる少女の声は間違いなくイヤフォンから流れていた声と同じだ。
「プロにとって重要な利き手を差し出してくれたってことは、わたしを信用してくれたのね。」
立ち上がりながら不敵な笑みを向ける少女。
「そうだね、助けられた事は間違いないし。わたし静流タマキ。」
「わたしは伊坂サヤカ。今日は助けてくれてありがとう。」
恐らく自分とさして年齢が変わらないはずのサヤカの微笑みはどこかミステリアスであり、ゆっくりと髪をかきあげた時に彼女の使っているシャンプーか何か、心地よい香気が鼻孔をくすぐった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます