3話 「誰だよ」
「お兄さん、おはよ―――っ!」
初日の朝、ヤユの溌溂な声にたたき起こされる。
「今日からよろしくね。お兄さんのご飯もう作っちゃったから食べるといいよ!」
「ほう、これは……これ、は……」
食卓の上には木の皿に盛りつけられた料理と一杯の水。
すり潰された緑と黄色と赤色の混ざった……ぐちゃぐちゃの……。なんだこれは……
「それはー、食べてからのお楽しみ、かなー」
ヤユはニッコリと笑ってこちらを見つめている。俺は「なんだろうこれは」ともう一度頭の中で唱えながら席に着いた。
「いただきます――」
とはいえ何かよく分からないモノを口にすることに慣れきっている俺だ。特に躊躇することなくそれを口に放り込む――そして、
「うまい!」
「ふふふっ」
ヤユは腕を組んで鼻をスンと鳴らす。この謎の料理は柑橘系と蜜のような甘さがほどよく混ざり合った――とにかくうまい食い物だった。
消化によさそうな、健康によさそうな、そんな爽やかな風味。
「この近くで採れるヒカンの実とランゴ、そのほか食べられる花を摘んできていい感じに混ぜ混ぜしたものだよ」
言いながらヤユも同じものを食べる。
「朝っぱらからこんな健康食品を食べたのは数年ぶりかもな」
「え、ええー……大げさだなあ! お兄さん……もっといいもの食べてよ!」
「次は俺に作らせてくれ、ここらで採れるものとかその場所とか色々教えてくれないか?」
「……! う……うん! いいよ! 一緒に行こ‼」
なぜかヤユは顔を勢いよく上げて力強くうなずいた。
ともかく、こうして――俺と彼女の最初の朝、一日目は始まったのである。
*
「というわけで、今日は森を案内しまーす! ガイドはこのわたし、ヤユ・ヒミサキ!」
なにかノリノリでヤユが叫んできた。
「お兄さんもここで暮らしていくなら、知っておいたほうがいいスポットがいくつかあるんだよね! 安心して! わたし、森の守り人かってくらいにこの近辺のこと知りまくってるから!」
「そいつは期待、大だな……」
大手を振って家を飛び出すヤユに、後ろを続く俺。
扉には一応鍵がついているようだが、ヤユは目もくれず施錠する気配は微塵もない。人がいない森は究極の治安のようだ。
「ふん、ふん、ふーん♪ ふへんふふ、ふひひひふふ! ふっ♪」
「なんだそれ……歌なのか?」
「作曲、わたしなんだけどね。歌詞は今のところないんだー、お兄さん、考えてもいいよ?」
「俺は音痴だしなあ……」
とても上機嫌な彼女の5歩ほど後ろを歩く。チラチラと時折、俺がついてきているか確認してくるヤユ。
「お兄さん、足音がすごく小さくて不安になっちゃうよ? いつもそんなに静かなの? どうやって歩いてるのそれ……?」
「これか? これは少し呪言をかけてあるんだ。重力を弱めて斥力を……」
「せきりょく?」
「あー、つまり……反発する感じだな。地面と自分の身体を引き離す魔法というか……それで足音が小さくなってる、大体そんな感じか」
「なにそれすごっ! お空に浮いちゃわないの⁉」
「うーん、頑張れば浮ける……けど、俺はその手の魔法が苦手で細かい制御が下手なんだ。だから滅多に本腰では使わない……軽くやるくらいが精々だな」
「えー! もったいないなー!」
ふんふんと鼻を鳴らして、ヤユは一人納得したように頷く。何がもったいないのかよく分からないが、うまく答えられたようでよかった。
と、そこでヤユがおもむろに足を止めた。
「はい、まずはここ! たくさんキノコがある群生地! 毒キノコのかくりつはおよそ6割と4分8厘!」
「それって結構高くないか?」
「高いは高いよ! わたしも何回か間違えて食べて他界したこともあるんだー……でも、呪いがあるから死んでも元通りになるんだけどね! そう考えると、呪いも悪い事ばかりじゃないのかなー……」
「それははたしてメリットか?」
微妙な表情をするヤユに素直な疑問をぶつけつつ、俺たちは森の中を歩き回る。
「あ、でも安心してねお兄さん! もう完全に全種類キノコ食べて頭の中ぜーんぶ覚えてるから! おいしい奴極めちゃってるから!」
そう言いながらキノコを慣れた手つきで摘んでいくヤユ。
「今夜はそれか? キノコ料理ってのはあまり食べた事ないな……」
「それだけじゃないよ! じゃあ次いってみようか!」
ずんずんと先へ進むヤユを追いかける。流石に歩き慣れてるだけあって、進みに迷いがない様子だった。途中木の根に引っかかって転びそうになる。
「次はー、こちらです!」
じゃじゃん、と発声しながら彼女が指さしたのは木の上に成っている色とりどりの果物である。これは今朝方食べたものだ。ほのかな酸味としつこくない甘さが舌に優しい……
「ランゴの実だね。あとヒカンも近くにあるよ! キノコの次はキノウエさんってね」
「誰だよ」
そうツッコんでいるうちに、ヤユはするすると器用に木登りを開始。
あっという間に登り切り、そのまま手際よく5つほど果実をもぎとって袋にしまった。
「あとは……食料的にも見た目的にも、記念的にも、今日のフィナーレを飾るのはあそこがふさわしい……かなあ。お兄さん、ついてきて!」
「見た目? 記念?」
すととと、と小走りになるヤユを追いかける。
深い森……木々は互いに肩をくっつけたり身を寄せ合って群生しているわけだが、ヤユの後をついていくと、それが徐々に徐々に開けていく。
心なしか、太陽も葉に遮られることが減り、段々と視界も明るくなっていく――
と。
唐突に目の前が開け、そのふんわりとした眩しさに一瞬何が起こったのか分からなくなる。
「へへー、ここなんだよ!」
「これは……」
……花畑だ。
森の中にぽつんと、ぽっかりと。広場のようになったその空間に一面、赤色の美しい花が咲き誇っている。
今朝食べた朝ご飯の中に入っていた赤い部分は、もしかしてこの花だろうか。とてもやさしい香りが辺りに充満している。
「えへへ、当たり。見ておいしい食べておいしい、ってやつだよね、このお花」
にっこりと屈みこむヤユ。
その様子を見て、俺は記憶の底から、この花の正式名称をふと思い出していた。
「偉大なる赤(エンセンドフュー)……」
「……え? なにそれ……?」
「この花の名前だよ、昔知人に教わったことがある。比較的どんな過酷な環境でも生えてくるたくましい植物だな。食べられるし見た目も鑑賞に適している」
「え、そうなの? え、えんせんど……ふ……へ……うまく言えない!」
「フュー、だ。『ヒュー』じゃなくて『フュー』」
「違いが分からないよ‼」
「ははは、まあ発音はどうでもいいんじゃないか」
うー……と言いつつ、視線を再び落とすヤユ。手には美しい赤が花開いている。
「へー! 初めて知った……初めて知ったなあ! ありがとうお兄さん!」
「お安い御用だ。ちなみに花言葉は『あなたに手を差し伸べる』『救済』らしいな」
「なにそれお洒落だなあ‼ カッコイイ‼」
そう言ってヤユはそれを頭に乗せ、エンセンドフューよりも満面の笑顔になった。
こうして俺は森の探索初日を終えた。
思ったよりも森は深く、どこまでも続いているようで、夜が近づいてくるにつれて、ざわめきはどこか強まっていくようだった。
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