第十話

【第十話】


 イベント『悪魔の降臨とスキルジェム』が始まって一週間が経った。


 『悪魔』と『スキルジェム』についての情報は、粗方出尽くしたと言ってもいい。


 一日に一回、正確には前回討伐されてから24時間後に、『悪魔』はスポーンする。


 『悪魔』は各フィールドに一体しか出現しないが、別のフィールドからトレインすることで二体以上いる状況が作れる。しかし、『悪魔』同士は争わないので、ただ倒すのが難しくなるだけだ。よって、非推奨の行為となった。


 『悪魔』が持つスキルはランダムだが、戦闘に特化したものであるという原則がある。まあだからなんだという話だが。


 あと、『スキルジェムの欠片』のドロップ数は、『悪魔』との戦闘に参加した人数×4~6個になるとのことだった。


 『悪魔』についてはこんなものか。


 次は、『スキルジェム』について。


 この前グレープがやったように、手をかざして力を込めることで、ジェムにスキルを付与できる。


 一つのジェムには一つのスキルしか込められず、一度スキルが付与されたジェムを付与前の状態に戻すことはできない。


 また、一人の人が同時に10個のスキルが使えるようになったという報告があったことから、スキルのコピー回数に制限はないと考えられる。


 さらに、飲み込んだジェムを吐き出させる、及びジェムを飲み込んだ後に腹を掻っ捌くといった、非人道的な実験の末、飲み込んだ時点でジェムが消失し、飲み込んだ人間にスキルが付与されるということが明らかになった。


 加えて、スキルのコピーはNPCや魔物に対しても有効であるということが分かった。


 NPCはいかなるスキルによっても使役することができないので、これも非人道的な手段により飲み込ませた結果、スキルを使用できることが判明した。


 魔物は、使役系のスキルを持つプレイヤーの協力もあり、飲み込ませることは簡単だった。しかし、魔物の知能によってスキルを使いこなせるか否かが決まるらしく、どんな魔物でも完璧に使いこなすまでには至らない、という結論になった。


 こういう時にリザードマン"(善)"との和平があれば更に検証できるのだが、無いものは仕方がない。


 とまあこんな感じで、検証が捗り、攻略Wikiは潤い、掲示板は賑わった。


「そっちに一体行ったぞ!!」


「任せて」


 今回の『悪魔』は分身を生み出せるスキルのようだ。


 二体の分身が作られ、その内の一体がニヒルに迫る。


「弱いスキルでよかったよ」


 ニヒルがナイフを投げる。


 充分な速度を持って放たれたそれは、吸い込まれるようにして『悪魔』の喉元に突き刺さる。


『こっちも行くぞ!』


 掛け声を挙げて、変身したYが分身を撥ね飛ばす。


 これで残るは本体のみ、というところで、追加で四体の分身が出てくる。


「意外とめんどくさいな」


 中衛に立ち、呟く俺。


 今日は【アルファベット】と【暗殺稼業】とレイドを組んで『悪魔』に挑んでいる。俺はソロだ。


 俺でも戦えそうだから、前衛に立つか。


 俺は前線で器用に立ち回っているKの隣に立つ。


「一体は任せろ」


「…わかりました。左のやつを頼みます」


 あい分かった。俺は短剣を握り、『悪魔』の分身と相対する。


「いくぞっ」


 順手で持った短剣を思いっきり突き刺す。


 と見せかけて、すぐ腕を引っ込める。


 かかった。


 OSOでの戦闘は先に仕掛けた方が不利だ。カウンターを決められ、大体それが致命傷になる。


 一般的な魔物にフェイントは意味を成さないが、『悪魔』くらい知恵があると引っかかるみたいだ。


 躱して腕を掴もうとした両手が空を切る『悪魔』。


 今だ!


 もう一度突きを繰り出す。今度は全力だ。


「いけえええ!」


 俺の刃が『悪魔』の胸に突き刺さる寸前。


 『悪魔』がくるっとターンした。


 そのままの勢いで放たれるは回し蹴り。


「ごぶらっっ!」


 思いっきり顔面を蹴られる。衝撃で大きく後ろに吹き飛ぶ。


「大丈夫?トーマ」


 後衛のIのところまでぶっ飛んだようだ。心配の声をくれる。


「大丈夫だ。……まだイケるっ」


 俺は諦めずに、もう一度格闘戦を吹っ掛けに行く。


 もう俺の担当する分身以外は倒したようで、皆が暇そうにこっちを見ている。


『本体が死ぬと分身が本体に置き換わるタイプのスキルのようだから、トーマのが最後だ。頑張れ』


 Yがスキルのからくりを教えてくれる。


 なるほどな。それじゃ、俺が『デビルハンター』ということか。


「しにさらせえあああっ!!」


 短剣を持って全速力で突っ込む。


「がはあああっ!」


 さっき説明しておいて、どうして自分から仕掛けたのか。今となってはわからない。


 『悪魔』からカウンターのパンチが信じられない勢いで飛んできて、俺は頭が潰れて死んだ。



 ※※※



 やはり強い魔物との戦闘は避けるべきだ。文字通り人外な動きをしてくるからな。


 俺は陰で魔物を操る、黒幕プレイが似合っている。


 あの後、残った仲間たちがサクッと『悪魔』を倒した。


 人数は6人で欠片は29個。ちょっと半端な数字になったな。


「初めましてですが、すごい戦い方ですね。独創的というか」


 彼女はビヨンドという。【暗殺稼業】のメンバーだ。


 彼女も投げナイフを使う。ニヒルに戦い方を習っているらしい。


 投げナイフ使いばかりのクランってバランスが悪いと思うのだが、大丈夫なのだろうか。


 彼女のスキルは分からなかったが、『悪魔』との戦闘中にものすごい速さでナイフを飛ばしていたから、速度を操る感じのものだろう。


「じゃあお疲れ様」


「お疲れ~」


「また来週会おう」


 ユルルン近くの平原は、南東、南西、北西、北東でフィールドが設定されている。早い話で、ユルルン周辺で毎日4体の『悪魔』が湧くということだ。


 当然、最もプレイヤーの多いユルルンでは『悪魔』の数が足りない。なので、それぞれのフィールドである程度のクランをまとめたグループを作って、週ごとにローテーションを組むことにしている。 


 例えば南東のフィールドでは、今日俺と【アルファベット】と【暗殺稼業】のグループが『悪魔』を狩ったので、明日は別のクランから成るグループが狩る、明後日はまた別のグループが狩る、といった感じだ。


 こうしないと、『スキルジェム』をめぐる血で血を洗う戦争が勃発する。いやはや、プレイヤーたちは獰猛で良くないな。


 そんな訳で皆と別れ、マイハウスの中に入る。


「ハッ……ハッ……ハッ」


「ハッ……ハッ……ハッ」


 帰ってきた家主への挨拶も忘れるほど、ジェムにスキルを込める作業に没頭しているのは、グレープとハッパである。


 彼らのスキルは戦闘において大変優秀である。よって、スキルを込める依頼が殺到しているのだ。


 ハッパのスキル、【爆発魔法】は散々マーケットで使っているから、彼女が優秀なスキルの持ち主だということは周知の事実であった。

 

 しかし、グレープが【自己再生】を持っていることは、俺とハッパ、【アルファベット】の数名くらいしか知らないことだった。


 じゃあ何故、依頼がひっきりなしに来るほど多くのプレイヤーに知られてしまったのか。


 俺が吹聴して回ったからだ。『水晶の洞窟』で俺を有罪にした報復だ。


「追加の2個、置いとくぞ」


 彼らの作業を邪魔しないように、今日の戦果をちゃぶ台に置く。


 結局、【アルファベット】も【暗殺稼業】もジェムを持て余しているので、グレープとハッパのスキルのコピーに充てるということになった。


 追加の仕事を彼らに託したところで、洋室に行き、ストレージボックスを開く。


 そんな訳で、ボックスの中には大量のジェムと欠片が入っている。全て二人のスキルのコピーをするために、方々から預かっているものだ。


 俺はボックスから欠片を1個取り出し、余った9個と合わせてジェムを作る。   


「ほい、追加だ」


 再び和室に訪れ、ちゃぶ台の上にジェムを置く。


 ついでに、スキルの込められたジェムたちを回収する。ハッパのが赤色で、グレープのが緑色だ。


 この『スキルジェム』の騒動、何故か俺にまで皺寄せが来ていて、各クランから空のジェムの回収と管理、そして付与済みのジェムの返却をする羽目になっている。


 なので、これから付与済みのジェムの返却をしに、各地のクランハウスに向かう。


 何でこんなめんどくさいことをしなくちゃいけないのか。


 まあ、悪いことばかりではない。この活動を通じて多くのプレイヤーと知り会えたからな。しかもこちらが恩を売るという形で。


 これほど素晴らしいことはないな。めんどくさいが。


「それじゃ、また出てくる」


 どうせ聞こえちゃいないが、一応二人に声をかける。


「ハッ……ハッ……ハッ」


「ハッ……ハッ……ハッ」


 反応はなし。果たして今の彼らに人間性というものはあるのだろうか。完全に、特定の作業に勤しむ機械になっている。


 俺は悲しき機械たちを横切って玄関に向かおうとすると、


ドグアッシャアアアアっっ!!!


 は?和室の壁が吹き飛んだんだが?


 衝撃でちゃぶ台がひっくり返り、機械たちがゴロゴロと畳の上を転がる。


 あー。ジェム拾うの大変だな。


 どうしようもなく現実逃避をしていると、すぐに煙が晴れた。


「大人しく両手を挙げろ!」


「抵抗しなければ安らかに殺してやる」


 なんか武装した二人組が入ってきた。両手にはこの世界にそぐわないアサルトライフルが握られている。


 彼らはSATだかSITだかが着るような、黒い防護服を身に纏っている。


 だが顔面はもろ出しにしてるので、すぐに襲撃者が誰だか分かった。


「ヴァーミリオンとクロック!」


「黙れ、余計なことは話すな」


 叱られた。とても興奮しているようなので、大人しく両手を挙げる。


 機械たちは衝撃で気絶している。形はどうあれ休憩がとれて良かったな。


「ボックスはどこだ?」


「向こうの部屋だ」


「そうか、死ね」


 事務的な質疑応答を終えた後、男の一人、ヴァーミリオンが銃口をこちらに向け、アサルトライフルをぶっ放した。


 俺は体中を蜂の巣にされて死んだ。


 肉体が消滅するまでの間に、彼らの犯行の動機について考える。


 まあ、十中八九『スキルジェム』だろうな。


 一秒で思考が完結したので、今度は襲撃者の二人について思い出そう。


 まずはヴァーミリオン。彼は何を隠そう、『ガスマスク事件』の被害者である。兵器を自由に生み出すことのできるスキル、【軍需産業】を持っている。


 【軍需産業】はその利便性から、OSOで最も優れたスキルの一つとされている。


 一般的な銃火器の他に、胞子を無力化するガスマスクや、味覚のないOSOで手軽に食べられるレーション(彼はこのレーションの生産でも過労死させられている『レーション事件』)、暗視が出来るナイトビジョンスコープなども作れる。


 彼はこれらのアイテムが充分に市場に出回り自由の身になった直後、仲間数人と共にクラン【繁栄の礎】を結成。クランマスターを務めている。


 次に、クロック。彼もまた優秀なスキルを持つが故に、繁栄の礎になった一人だ。


 彼のスキルは【タイムキーパー】。対象の時間経過を加速させる魔法系のスキルだ。


 このスキルは、進める時間が長いほど必要な魔力が増加する。

 

 果樹を実ができるまで成長させたり、出来た果物を保存の効くドライフルーツにしたりなど、多岐に渡りスキルを酷使させられ、膨大な魔力を消費した挙句、遂に過労死した(『タイムキーパー事件』)。


 彼もこのような紆余曲折を経て、【繁栄の礎】のメンバーになった。


 おっと、もう時間のようだ。リスポーンしよう。


 繁栄の歪みが巡り巡って俺を死に至らしめたなんて、少しロマンチックじゃないか?


 いや、全然そんなことないわ。全面的に【繁栄の礎】が悪い。


 そんなバカなことを考えている間に、広場でのリスポーンが完了するのだった。

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