第9話 十五夜ハロウィンパーティ 4

 お昼になる前に、ナズナが私達を呼びにきた。昨日に引き続き緊急部会の招集だ。広げていた勉強道具を片付け部室に向かう。

 私達が着いた時には、部室には全員が集まっていた。いつも通りアヤメの隣に座る。今日も黒板の前にはマユミが立っているが、いつも穏やかな表情が暗く曇っている。カズラは資料っぽい紙を机の上に並べ、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。全体的に部室の空気が重苦しい。いつも通りお茶とお菓子が用意してあるのがむしろ場違いな感じだ。


「は〜い、では全員揃ったので部会を始めま〜す」


 カンナがお茶請けの煎餅を片手に進行する。こういう場面で空気に呑まれず行動できるのはリーダーらしい。


「まずは今日の報告から。カズラお願いしま〜す」

「うん。…どこから話せばいいのかな」


 カズラが資料に目を落としながら話し出す。

 昨日の石段あたりまで近付いたところで、マユミがまず嫌な気配を感じた。他の3人は何も感じられなかったが、警戒しながら大岩まで近付いた。大岩は昨日と同じようにそこにあったが、エクストラの気配は感じなかった。ただ、マユミは『ものすごく悪いもの』を感じてその場にいるのも辛くなってきたので、カンナと2人石段の下まで戻った。カズラとナズナで大岩の周囲を調べ、大きさや彫られた紋様をメモに残してきた…という流れだったそうだ。


「それで…」

「ねえ、サクラ」


 カズラの話を遮るようにマユミがサクラに視線を向ける。


「なんで、ここに行こうと思ったのかな?サクラが言い出したんだったよね」


 翡翠の瞳がじっと見つめてくる。疑いを含んだ、嘘を許さない目だ。


「えっと、怪しいな、と思って…」

「どうしてそう思ったの?」


 聞き方は優しいが、有無を言わせない強さを含んでいる。この間から、マユミには何かを疑われている気がする。


「あの、学校の周りの地図を見ていたら地名が気になって。蛇谷寺、って書いてあったんですけどお寺は無くて。蛇の谷なんて怖い名前だなー、って思って…」

「それで、わざわざ調べてみようと思ったの?」

「はい。サカキ先輩が満月の日に敵が来る、って言ってたのもあったので、何か先にできることはないかなって」


 マユミの目を真っ直ぐ見返して答える。嘘はついていない。説明していないことはたくさんあるけど。

 しばらく見つめ合っていたが、マユミが先に視線を逸らした。


「そう。それであんなものが出てきたわけだけど、何か思い付くものはない?」

「思い付くもの、ですか…」


 思い付くものはあるけど、説明が難しい。ゲーム真章で該当するような描写がありました、とは言えないし。


「あの、マユミ先輩はどう思いました?私達は最初エクストラの気配を感じてたんですけど、結局何も感じなくなってしまって」


 私が杖で直そうと思ったことで、何がどうしたのかはともかくエクストラの気配は消えた。それなのにマユミだけは近付くのも苦痛なほどの何かを感じたのだ。


「あれは…エクストラではないと思う。それよりももっと深い、昏い…」


 マユミが両腕を抱えるようにして小さく震える。カンナがそっと肩に触れると、力が抜けたように息を吐く。


「石段が組まれてたし、あそこにお寺か何かがあったのは間違いないだろうね。あの岩は御神体みたいなものだと思う。場所からして本殿とは離れた所にあったっぽいから、神社もあったのかな?」


 カズラが言葉を続ける。


「そして、どういう理由かはわからないけどお寺は廃れ、名前を地名に残すのみになった。建物も無くなり、岩だけが残った。長い間そのまま放置され、そして最近になって割れた」

「最近になって、ですか」


 アヤメがカズラの手元の資料に身を乗り出すようにしながら繰り返す。


「私は専門家ではないからはっきりとは言えないけど、岩の外側と割れ目の風化具合が全然違った。最近っていうのがここ数年なのか、それともこの半年くらいの話なのかは分からないけどね」


 この半年。エクストラの出現時期。


「何故エクストラの気配が消えたんでしょうか」

「それはほら、そこの子が何かしたから」

「ごめんなさい」


 アヤメの疑問はカズラに反射し私に飛んできた。本当にごめんなさい。


「サクラはどう?何か変わったことはない?」

「はい。特に変わった感じはしないです」


 昨日何かを吸われたのは間違いないが、あっけないほど何も変わっていない。サクラは体力がある方ではないし、ヤバいものだったらあの場で倒れていてもおかしくないのだ。


「サカキ先輩。まだ襲撃の気配は感じますか」


 カズラが今度はサカキに話を振る。そもそもの言い出しっぺはサカキだ。疼いた右手は…赤みも引いて綺麗になっている。


「風が我に囁くのだ…備えよ、と」

「つまり襲撃そのものが無くなるわけではないんですね。マユミはどう?」

「うん…近いうちにエクストラが出るのは間違いない、と思う」

「じゃあ、迎撃体制はこのままで。満月になる2日後を中心に警戒は継続。岩のことはもっと調べてみよう」


 よく分からないポーズを取って語り始めたサカキを受け流して、マユミとカズラが今後の方針を決めていく。自分に向いていた矛先がとりあえずは逸れたようでほっと息を吐く。

 湯呑みに手を伸ばし一口飲む。私の知っているストーリー展開とはかなり違うが、イベントストーリーは基本的に出現したエクストラを撃退すればそれで終わりだ。イベント報酬やランキングのために周回するならともかく、現実では同じマップを繰り返し攻略するなんてことはないだろう。

 ゲーム内ではカードの属性とエクストラの相性があり、スキルと共に出撃メンバー選択の基準になっていたけどどうなんだろう。五行思想をベースにした5属性があって、単色編成とか混色編成とか色々考えたものだけど。自分のステータスを確認する方法とかあるのかな。

 ぼんやり考えているとカンナと目が合った。朱色の瞳が炎のように揺らぐ。ニッと笑うとテーブルを回ってサクラとアヤメの後ろに立ち、肩をぽんと叩いた。


「期待してるよ〜、後輩」


 そのまま籠からもう一枚煎餅を取り、席に戻る。マユミとカズラの話し合いに口を挟むでもなく、どこか楽しそうに眺めている姿からは、何を考えているのかは読み取れない。

 期待…って、何を?

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