第72話「コモノダーとカタリ」




僕がゼーゲン村に来て三年が過ぎた。


キャラバンの団長さんから貰った荒れ地でも育ちやすい植物のおかげで、村の食料事情もだいぶ改善した。


学校に通う生徒たちは皆覚えがよく勉強熱心だ。


最近は文字の他に、地理や歴史や算術や天文学についても教えている。


そんな折、数年前に失踪したゼーゲン村の村長さんの息子のカタリさんが生きていることがわかった。


そのこと自体は嬉しかったし喜ばしいことだったのだが……。


カタリさんはエンデ男爵の側近になり、国からゼーゲン村や近隣の村に配られている食料を着服し私服を肥やすようにエンデ男爵を唆していた。


それを知ったときの村長さんの心情を思うと……いたたまれない。


カタリさんはゼーゲン村を始め村人は難しい字が読めないし法律にも詳しくないから、配給を止めてもわからないと思っていたらしい。


カタリさんにとって、ゼーゲン村に法律に詳しい僕が来たことは想定外の事態だったようだ。


僕はゼーゲン村の村長さんの名前でお城に手紙を送り、エンデ男爵とカタリさんの企みを知らせた。


エンデ男爵とカタリさんは、すぐに捕縛された。


男爵領はエンデ男爵の甥が継ぐことになり、甥が成人するまで、国から派遣された役人が領地の運営をすることになった。







僕がゼーゲン村に来て十五年が経過した。


幼かったリヒトとシャインは結婚して、今では一児の親だ。


僕は学校で文字や算術の他に、初歩の魔術も教えるようになった。


僕自身は魔法を使えないけど、子供たちに魔法の仕組みを教えることは出来る。


幸いなことに村にも数人魔力量が多い子供がいて、その子たちに魔法を習得させることができた。


魔法が使える者が定期的にモンスターを狩ることで、この領地でのモンスターの被害は格段に減った。


魔法で水をだせるようになったことで、日照りの年でも水に困らなくなった。


もっと高等な魔法を教えたいが、高度な魔法は高価な魔術書がないと教えられない。


僕も膨大な魔術書の内容を全部は把握してない。暗記しているのはせいぜい初期の内容までだ。


実家のザロモン侯爵家にいたとき、当たり前のように買い与えられれいた上級魔術について書かれた魔術書が、庶民にはこんなに高価な物だったとは。


僕が当たり前のように享受していたものは、どれもこれも高価で洗練されたものであったことを、今更ながら思い知った。


いつかの誕生日にエミリーから贈られた貴重な魔術書はいくらしたのだろうか?


デルミーラ様の嘘を信じ、魔術書を踏みつけてしまったことを後悔している。


エミリーとグロス子爵には申し訳無い事をしてしまった。


彼らにもいつかちゃんと謝罪できるだろうか?





そんな折、前男爵の甥コモノダー様が成人し彼が領主になった。


コモノダー様は領主に就任してすぐゼーゲン村を訪れ、

「この村にリックというインチキ魔道士がいるな?! そやつを出せ!」

と言ってきた。


僕はコモノダー様の部下に捕らえられ後ろ手に縄をかけられた。


そしてコモノダー様の前に連れて行かれ、彼の前に跪かされた。


コモノダー様の横には村長さんの息子のカタリさんがいた。


カタリさんは前領主に仕えていたときよりもだいぶ老けたし、苦労したのかかなり疲れているように見えた。


「わたしは牢から出たあと、なぜ己の計画が失敗したのか調べた!

 そしてゼーゲン村のリックという男が、父にいらん入れ知恵をしたことを知った!

 リック、わたしの計画が破綻したのはお前のせいだ!

 わたしはお前のせいで牢屋に入れられたのだ!」


僕はカタリさんにめちゃくちゃ恨まれていた。


「牢屋から出たあとわたしは野良犬のように各地をさまよった!

 お前への恨みを胸に抱いてな!

 そして王都を訪れたとき、偶然お前の名前を聞いたのだよ!

 かつて第二王子の側近でありながら大罪を犯し、その身に魔法を封じる印を刻まれ追放された魔道士がいた!

 そいつの名前がリックだとな!」


カタリさんは村の人たちに聞こえるように、大声で話した。


コモノダー様とカタリさんの周りには、村人が沢山集まっていた。


僕が王都で罪を犯したことを、村の皆に知られてしまった。


「貴様の胸に刻まれたこの魔法封じの印が、貴様が罪人である証拠だ!」


カタリさんが僕の服を破いた。


僕の胸が外気にさらされる。


僕の胸には十五年前に刻まれた魔法封じの印がしっかりと残っていた。


「コモノダー様、この男は前領主ワルモンダー様の敵です!」


「お前らが王都に告げ口したせいで伯父上は失脚した!

 伯父上の養子であったオレはこの十五年間質素な生活を強いられ、毎日朝早く起きて夜寝るまで勉強をするという苦しい生活を強いられたのだ!

 この恨みは必ず晴らさせてもらうぞ!」


朝から晩まで勉強できるなんて幸福なことだと思うのだが……コモノダー様は何故怒っているのだろう??


「リックが作った学校を壊せ!

 奴が魔術を教えた者は犯罪者として捕えよ!

 犯罪者に魔術を教わった者は犯罪者た!」


コモノダー様が叫ぶ。


むちゃくちゃな理屈だ。


「リック、お前のことは辺境の地で魔術師を育て、魔法の力で国家転覆を企んだ犯罪者として捕らえる!

 そして王都に送る!

 みんな仲良く斬首刑になるがいい!」


「止めろ!

 恨むなら僕だけにしろ!

 彼らには関係ない!

 彼らに手を出すな!」


まただ、また僕は関わった人たちを不幸にしてしまった……。


何が償いの旅だ。


十五年かけてやってきたことの結果がこれだ。


結局僕は誰一人幸せにできなかった。


「随分むちゃくちゃな理由で人を捕らえるのだね。

 それがこの領地でのやり方かな?」


「そのようですね」


コモノダーの背後から謎の声が聞こえた。


「誰だ!

 オレはこの地の領主様だぞ!

 この土地で一番偉いんだぞ!

 口答えは許さないぞ!」


コモノダーが振り返り、背後にいた人間に罵声を飛ばした。


「誰って?

 僕はこの国の王太子だよ」


「私はこの国の侯爵です」


コモノダーが絶句したまま固まっている。


「…………兄上……?」


コモノダーの後ろに立っていたのは、王太子殿下と兄のフォンジーだった。


兄上はとても苦労したのか、十五年前よりずっと老けて見えた。


僕のせいだ……!


僕が問題を起こしたから兄上が苦労することになってしまったんだ!


僕は兄上を直視できなかった。


「おおおおおおおお、王太子殿下!?

 い、いいいいいいいい……いつからそこに?!」


コモノダーは動揺しているのか全身がぷるぷると震えていた。


「つい先程からだよ。

 君は怒鳴っていたから、僕たちの存在に気づかなかったようだが」


王太子殿下と兄上がなぜこんな辺境の地に来たのか、僕も興味があった。


「死の荒野と呼ばれるこの地では、モンスターが増えすぎて時々スタンピードを起こし、甚大な被害を起こしていた。

 なので数十年前からこの地に村を作り人を住まわせ、定期的にモンスターを狩らせ、スタンピードを事前に防ごうとした。

 過酷なこの地に住むのは大変なので、王家から定期的に食料の配給を行ってきた。

 前当主のワルモンダーはその配給を着服しようとして捕まった」


王太子殿下が一度言葉を切り、コモノダーを睨めつけた。


「現在の領主である君は、いかなる理由でこの地の民に魔術を教えた者を捕えようとしているのかな?」


王太子殿下に問われ、コモノダーは真っ青な顔で震えている。


「それはその……。

 リックという者が犯罪者だからです!

 この者はかつて自分を追放した王家を逆恨みし、この地で才能ある者に魔術を教え、謀反を起こそうと企んでいたのです!」


コモノダーは一瞬言い淀んだが、この窮地を乗り切るには自分を犯罪者に仕立て、言い逃れするしかないと踏んだようだ。


「それは僕が聞いていた情報とは違うなエンデ男爵。

 リックはこの地の人に文字や薬草の知識を教え、飢饉の年に毒草を食べて死ぬ人間を減らした。

 またこの地に乾燥に強い植物の種を植え、食料問題を改善した。

 またこの地の民に魔術を教え、モンスターを定期的に間引くことで、スタンピードを事前に防いだ。

 彼は表彰されこそすれ、捕らえられる人間ではない」


「そ、そんなはずは……!」


「リックの人柄はゼーゲン村、ハイル村、ロイヒテン村、ヴォール村の村長が保証している。

 君が側近として雇っているカタリという男の人柄の悪さについても、皆証言してくれたよ」


「くっ……!

 オレはカタリに唆されたのです!

 オレは悪くありません!!」


コモノダーはカタリに罪を押し付けようとした。


「コモノダー様、それはあんまりです!」


「うるさーい!

 お前が伯父上に余計なことを吹き込まなければ、伯父上は破滅しなかったのだ!

 全部お前の余計な入れ知恵のせいだ!」


コモノダーとカタリは口喧嘩を始めた。


「やれやれ仲間割れとはね。

 みっともないな。

 エンデ男爵邸の君の部屋からこんなものが見つかったよ」


王太子が懐から紙の束を取り出した。


「この紙にはこう書いてあった。 

 リックと彼に学問を教わった者を全て捕らえ、クーデーターを企てた謀反人として王宮に付き出し、報奨金を得る。

 馬鹿ばかりになった村人をだまし、前領主がしていたように、各村に配られる配給を着服し、私服を肥やす…………とね」


王太子に紙の束を突きつけられ、観念したコモノダーはその場に膝をついた。


コモノダーを置き去りにし、一人だけ逃げようとしていたカタリは、王太子が連れてきた兵士によって捕縛された。



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