第53話「婚約者エミリー」



僕が十歳のとき、僕にも婚約者ができた。


僕の婚約者に決まったのは、クロス子爵家の令嬢で同い年のエミリー。


婚約者が下位貴族の令嬢で、しかも僕が婿養子に入ることになるとは。


教会の一件以来、下位貴族には良い思い出はない。だからエミリーに会うのは憂鬱だった。


嫌な子だったらどうしよう?


エミリーに会うまでとても憂鬱だったけど、彼女に会ったらそんな気持ちはどこかに行ってしまった。


エミリーは栗色の髪と琥珀色の瞳の、おしとやかそうな女の子だった。


エミリーは僕と兄に手作りのクッキーとマフィンと刺繍入りのハンカチをくれた。


エミリーの手作りのお菓子はとっても美味しかったし、ハンカチの刺繍はとっても綺麗だ。


それに彼女の笑顔はとってもチャーミングだった。


この子は下位貴族でも、良い下位貴族なのかもしれない。


下位貴族の娘だけど、エミリーとは仲良くしてあげてもいいかな。


エミリーと婚約して初めて迎えた僕の誕生日。


エミリーは父親の子爵に頼んで、珍しい魔導書を手に入れてくれた。


エミリーも、エミリーのお父さんも良い下位貴族だった。


エミリーとはこれからも仲良くしよう。


そう思っていたんだけど……。


「義姉上!

 エミリーから誕生日プレゼントに珍しい魔導書を貰いました!

 かなり前に絶版になってなかなか手に入らないものなのですよ!

 エミリーが子爵に頼んで遠い異国の地から取り寄せてくれたのです!」


誕生日の翌日、侯爵家を訪れた義姉上にそう報告すると、義姉上は魔導書を見て顔をしかめた。


「リック、知っているかしら?

 エミリーはあなたのことをこう言っていたのよ。

『貧乏貴族の令息を手懐けるのは、犬を手懐けるより簡単だ。骨の代わりに物をやればしっぽをふって飛びついてくる。奴らはそこらの野良犬より卑しい』ってね。

 きっとその魔導書もリックの心を得るための道具なのね。

 純粋なリックの心をもて遊ぶなんて酷い女だわ」


義姉上の話を聞いて、僕は手に持っていた魔導書を床に落としていた。


「あの女、心の底では僕を馬鹿にしていたのか!

 許せない!!」


僕は床に落ちた魔導書を思い切り踏んづけた。


貴重な魔導書だったけど、あの女からもらったものだと思ったら、もう読みたくなかった!


やっぱりエミリーは悪い下位貴族だったんだ!


ニコニコ笑って僕に近づいてきて裏では舌を出していたなんて、小さい頃教会の中庭で僕をいじめた下位貴族よりずっと質が悪い!


それから僕はエミリーが侯爵家に訪ねてきても居留守を使い、子爵家のお茶会に招待されてもすっぽかすようになった。


兄上には「エミリーと仲良くしなさい。彼女は将来お前の伴侶になるんだから」と言われたけど、エミリーが僕と仲良くするつもりはないからどうしようもない。


エミリーは最初僕の前で猫を被っていたけど、最近は本性をあらわすようになってきた。


エミリーから貰ったクッキーは生焼けだし、僕があげたプレゼントは壊すし、兄上に言われて仕方なく参加したお茶会には遅れてくるし、父や祖父の前ではへんてこなお辞儀を披露して僕に恥をかかせるし……。


エミリーはずっと僕に対して酷い態度ばかり取ってる。


そんな子とは仲良くできない。


どうせ僕のあげたプレゼントは、壊すか捨てるかしてしまうんだ。


エミリーにプレゼントを買うぐらいなら、魔導書でも買った方がずっといい。


学園に入学するまでは、兄上にエミリーのプレゼントを買うようにしつこく言われていた。


兄上に無理やり馬車に乗せられて、子爵家のお茶会に連れて行かれたこともある。


だから仕方なくエミリーのために、お金と時間を使っていた。


しかし僕が学園に入学する前の年ザロモン侯爵家の領地で水害が起きて、兄上は学園を卒業すると同時に領地に行ってしまった。


口うるさく言ってくる兄上はもういない。


だけど同時に義姉上も家に来なくなってしまった。


義姉上は兄上の婚約者だ。だから兄上がいなくなったら当然侯爵家に来る用事もなくなる。


義姉上は人生の師匠だと思っていた。学園に入学したらクラスメイトにどういう風に接するのがいいか聞こうと思っていた。


口うるさいと思っていた兄上もいなくなると寂しい。


今まで僕を指導してくれた二人が同時にいなくなってしまって、僕はどうしていいのか分からなくなってしまった。



☆☆☆☆☆



※リックは根が素直なので、良い指導者さえつければ大成したかも……?

※少なくともデルミーラがいなければ、エミリーとは仲睦まじく暮らせました。


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