ご婦人さんが我が家に

 そこからが結構大変だった。


 荷車に、気絶した山羊と籠に入れたスライムを乗せて、牧場主のおじさんと挨拶していると、空が夕焼け色に染まりはじめた。

 暗くなると危険だと、渋るイメルダちゃんをおんぶして町中をダッシュした。

 そして、門番のジェームズさんに手を振り門を出た。

 あらかじめコートを着たので、今回は引き留められなかった。


 町を出て、我がに向かって出発した。


 林を抜けるとまたしても、白狼君達が合流してくる。

 五回ほど魔獣に襲撃され、返り討ちにしてそれが白狼君達のご飯になったり、山羊さんが目を覚まして暴れたので昏倒させたり、急激に冷え込んできてイメルダちゃんがガクガク震え出したので白いモクモクで温めたり、日が完全に沈んだので白いモクモクを発光させたりと、中々ハードな道中であった。


 の結界に近づくと、白いモクモクの光で気づいたのか、何人もの妖精ちゃん達が家から飛んでくるのが見えた。


 家の中に入っている子もいるみたいだから、きっと中にいるヴェロニカお母さん達にも知らせは行っているだろう。

 遅くなっちゃったから、心配させちゃっただろうなぁ。

「さ、早く中に入ろう」

とイメルダちゃんに声をかけつつ後ろを振り返った。

 山羊さんやスライム君を持って入らないと、結界に弾かれてしまうからだ。

 ?

 え?

「どうしたの?

 ……え?

 誰?」

というイメルダちゃんの声が背後に聞こえる。


 荷車の中に灰色のドレスを着た女の子が静かに座っていた。


 見覚えは……あった。

 生地屋さんの時に見た、あの女の子だ。

 その子が、荷車の上に寝かされている山羊さんの端でちょこんと座ってた。

 え?

 あれ?

 全然、気配がしなかったんだけど?

 いや、山羊さんが起きた時とかにも気づかなかったんだけど?


 灰色のドレスの女の子が、おもむろに立ち上がった。


 そして、荷車から見た目の印象より身軽な動作で飛び降りると、テクテクと家の方に向かう。

 そして、わたしのすぐそば――結界の前で止まった。

 結界があるのが、分かるのかな?

 なにやら、思案しているように見える。


 並んでみると、身長はわたしと同じぐらいだった。


 幼い感じの顔形――なのに、どことなく老練な印象を受けた。

 とても不思議な女の子だ。

 あ、いや、ぼけっと見ていてもしょうがない。

 わたしは念のために、背負っていたイメルダちゃんを結界の中で下ろす。

 様子がおかしいと判断したのか、近衛騎士妖精ちゃんが来ていたので、彼女に目で任せつつ、その女の子に話しかけた。

「あのう……。

 あなたは誰?」

 無視されるかな?

とも思ったけど、灰色ドレスの女の子はこちらに顔を向けた。


 表情が無い。

 何も言わない。


 ……。


 ええぇ~

 どうすればいいの?

 困っていると、家の方から誰かが近寄ってくる気配を感じた。

 視線を向けると、ヴェロニカお母さんが近衛騎士妖精君達とともに歩いてきた。

 ニコニコしたヴェロニカお母さんの視線は、灰色ドレスの女の子に向けられていて、近くまで来ると言った。

「シルク婦人、来てくれたのね」

「シルク婦人?」

 視線を灰色ドレスの女の子に向けると、彼女はヴェロニカお母さんをじっと見つめていた。


――


「シルク婦人はわたくしの実家にずっと住み着いている妖精なの。

 実家の子供達は皆、シルク婦人に面倒を見てもらいながら育ったのよ。

 もちろん、わたくしもね」

 ヴェロニカお母さんの頼みもあり、灰色ドレスの女の子――シルク婦人を我がに招き入れ、山羊とスライム君を飼育小屋に入れたり、荷物を家の中に入れたりした後、食堂のテーブルにてヴェロニカお母さんの話を皆で聞いていた。

 ちなみに、シルク婦人を招き入れる時、例のごとく悪役妖精がなにやらギャアギャアわめいている様子だったけど、遅れてきた妖精姫ちゃんに笑顔で肩を叩かれ、顔をひきつらせながら、逃げるように大木の方に飛んでいった。


 何なんだ、あいつは。

 まあ、そんなことはどうでも良いか。


 ヴェロニカお母さんは愛しそうに目を細める。

「多分、サリーちゃんの服に縫った刺繍を見て、付いてきたんだわ。

 ……シルク婦人にとって、わたくしは今でも守らなくてはならない娘なのね。

 わたくしにとっても、婦人はもう一人のお母様よ」

 ヴェロニカお母さんの視線の先には、台所をガタゴトと探っているシルク婦人の姿が見える。


 ……。


「で、シルク婦人さんは何やってるの?」

 わたしの問いに、ヴェロニカお母さんは頬に右手を置き、小首を捻る。

「どこに何があるか把握しているんじゃないかしら?

 彼女、家妖精と言われているし」

 家妖精?

 シルキーって事かな?

 あれ?

 シルキーは妖精ではなかったんだっけ?

 イメルダちゃんが「話に訊いてはいましたけど、会うのは初めてです」とか言っている。


 いや、それよりも……。


「彼女、ここに住むの?」

 わたしの問いに、ヴェロニカお母さんがニッコリ微笑む。

「……国民が一人増えたわね」

 えぇ~

 今でも結構大変なのに~

 不満を感じ取ったのか、ヴェロニカお母さんは付け加える。

「サリーちゃんにとっても悪いことではないと思うわよ。

 シルク婦人はエリザベスの面倒はもちろん、家事だって完璧にこなせるし」


 そうして貰えるなら、確かに助かるか。


 なんて思っていると、シルク婦人さんが台所から出てくる。

 ヴェロニカお母さんのそばに音もなく歩き、そして、無表情のまま手に持った平たい物を見せる。

 ヴェロニカお母さんはそれで気づいたのか、こちらを見た。

「サリーちゃん、魔石は買ってきたの?」

「ん?

 買ってきたよ」

 立ち上がると、先ほど置いた籠の元に行き、魔石の入った袋を取り出す。

 それをヴェロニカお母さんの所に持って行きながら言う。

「魔力も入っているから、すぐに使えると思うよ」

 ヴェロニカお母さんが袋の中から一つ取り出し、それをシルク婦人さんに渡した。

 シルク婦人さんはそれを受け取ると、台所の方に戻っていく。

「シルク婦人」とヴェロニカお母さんが立ち上がり呼び止める。

 そして、わたしを手で指しながら言う。

「この家はわたくしではなく、ここにいるサリーちゃんが家主なの。

 なので、婦人もそのつもりでね」

 シルク婦人はヴェロニカお母さんの方を向いた後、手に持っていた平たい物を台所の棚に置く。

 そして、わたしに向かって、スカートを摘みながら丁寧にお辞儀をした。

 突然の事態に、困ってしまい「あ、うん」としか言えなかった。



――


「ふう、今日はなんか疲れちゃった」

 ぼそりと呟くと、イメルダちゃんが「そうね」と同意してくれる。

 その声はすっかり眠そうだ。


 今はわたしのベッドでわたしと妹ちゃん二人の三人で寝ている。


 エリザベスちゃんの夜泣きについては、シルク婦人さんと妖精メイドのスイレンちゃんが見ていてくれると請け負ってくれたので、久しぶりに自分のベッドで寝ることが出来た。

 中央に陣取り、妹ちゃんに挟まれてるという素敵空間で眠れる――訳もなく。

 何かあった時に直ぐに起きられるよう、入り口側の端で眠ることに。

 因みに中央はシャーロットちゃんだ。

 さっきまで、姉二人に挟まれて眠るのが嬉しいのか、ニコニコしてたけど横になったら直ぐにスヤスヤしてしまった。

 可愛い!


 明日は本格的に冬籠もりの準備について、皆と相談するつもりだ。


 特に家の拡張が重要だ。

 飼育小屋――家畜小屋と言った方が良いのかな?

 雪が降っても大丈夫なように、外に出なくても出入りが出来るようにして貰う。

 物作り妖精のおじいちゃんとも話してたけど、地下の貯蔵庫にも室内から行けるようにして欲しい。

 わたしならなんとかたどり着けるだろうけど、他の人に行って貰う場合だってあるかもだから、その時の為だ。

 あと、出来れば軽くで良いので運動が出来るスペースが欲しい。

 籠もったままだと、運動不足になっちゃうからね。

 色々、やって貰わなくちゃならないなぁ。

 そういえば、製鉄所ってどうなったんだろう。

 物作り妖精のおじいちゃんには、散々、手伝って貰っているから、まだだったらそちらも冬までには終わらせないと……。

 眠い……。

 もう寝よう……。


 誰かの泣く声が聞こえた気がした。


 エリザベスちゃん?

 なんかちょっと違う?

 隣に視線を向けると、シャーロットちゃんやイメルダちゃんが安らかな寝息を立てていた。

 やっぱり、エリザベスちゃんかな……。

 シルク婦人さんがいれば……大丈夫……だよね。

 おやすみなさい……。

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