第6話 現在そして未来の英雄
「そっか。ここまでよく頑張ってくれたね。ありがとう、ミラ」
話を終えた彼女を私は静かに優しく抱きしめていた。
全てを失いながらも生きる人々の英雄として生きてきた彼女に渡せるものは何もないだろう。
リアはそんな彼女を抱きしめた。彼女にできる精一杯のプレゼントだった。
だが彼女にはかつて失い、二度と感じることの出来ない唯一無二の温もりを感じさせた。
英雄だった彼女は今役目を終えた。
一人の娘へと変わり、失い、蓋をして押し留めていた全てが流れ出してきた。
失った家族、友、仲間、場所、宝物、その全てが大粒の涙となり、彼女の乾ききった心にあの頃の潤いを取り戻させていった。
タイムマシーンを作り上げ、過去に飛ぶ時、自分は他の人のために死ぬつもりだった。
多くの仲間が倒れる中、自分は次のために手立てを残し、死ぬつもりだった。
母親を失った時、その後を追いかけようとしていた。
これ以上失うことが怖かった少女だった。
だが少女は生きた。人よりも多くを失い、多くを背負い、最後の希望として。
それがかつての英雄と現代の英雄を出会わせ、失われるはずだった多くを救い、これから現れる多くを救うこととなった。
いつの間にか泣きつかれて寝ていた。辺りは真っ暗になっており、自分の横でリアが寝ていた。
かつて一度失った温もりをもう一度感じることが出来た。
それはここに至るまでの旅の中で何度、思い至りそうになったことか。
大好きだった母にようやく自分の全てを告げることが出来、旅の終わりを感じていた。
そんな最後の夜は二人の温もりをともに更けていった。
夜が明けた。
「それじゃあ、あの建物に行こうか」
そうリアが告げ、二人は最後の道を歩き始めた。
休んでいた場所からそう遠くはないはずだった。
だがその道程は今までの中で最も遠く、たくさんの感情を思い起こさせていた。
そして気がつけば、目的の建物の目の前にまで近づいていた。
建物には白い扉が一つ付いていた。
その扉が開くとそこにはたった一つの宝玉が浮いていた。
覗き込むと中には昔と変わらない町並みの中を人々が明るく元気に動き回っていた。
「これが人類がもう一度生きるための最後の希望、なんだね」
手をかざすと音声が響き渡った。
[これは人類がもう一度地球で生きるため、壊れた環境が自然に元に戻るまで人類を保管するノアの方舟。ここに辿り着いた全ても人類の生き残る権利があります]
その声が流れ、リアの前には入るか入らないかの選択肢が現れた。
当然、リアは入るを選択した。
「ミラちゃん、ここまでありがとう。さあ入ろう」
リアはミラにそう手を伸ばした。
そこにはミラの姿はなかった。
「え?」
リアの声だけが虚空に響き渡っていた。
お母さん、ここ辿り着いてくれてありがとう。今、私の姿が見えてないってことは未来は変わってことだ。
未来が変わって、本来生まれるはずだった私達の存在は消えた。
そしてお母さんがここに辿り着いたことで世界は違う方向へと変わり始めた。
あの場所で共に暮らしていた人達がなんの偶然なのかこの場所に集まり、未来へと生き延びることが出来ていた。
お母さんにちゃんと別れを告げることが出来ず、お母さんも納得出来てないけど。
それでも未来は変わったんだ。だからきっとまた出会えるよ。
さようなら。そして、ありがとう。
無へと消える彼女の周りには寄り添うたくさんの光があった。
[身体スキャンが完了しました]
そうして自分の体が少しずる宝玉に吸い込まれていった。
ミラはいつの間にか消えてしまった。
彼女が消えたということは未来は変わったのだろうか。
それなら彼女はもっと幸せに生きることができるだろう。
…それでも、もっと話したかった。もっと自分の娘だった彼女と笑って過ごしたかった。
完全に体が宝玉に吸い込まれようとした時、後ろから温かい光が輝いた。
その光はすぐに消えてしまった。でもそれで十分だった。
「ありがとう。ミラ。そして未来で苦悩して生きたたくさんのお仲間さん。これはきっとさよならじゃあないよ」
「未来できっと会おうね」
彼女は輝く光へと叫んだ。
リアは宝玉へと吸い込まれ、消えていった。
その後、どうしてだろうか。
各地から生き残っていた人々が十数名、この地を訪れ、ノアの方舟へと入っていった。
その人々の記憶にはずっと一人の少女の姿があった。
メタルリバース 白い扉 @tokibuta325
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