第57話入浴




 白亜の大理石がき詰められた風呂場は、流石クローリー家と言えるほどに、立派であり温泉が引き込まれている。

 卵の腐くさったような硫黄の匂いはしない。

 クローリー家の家の者は特別な事情がない限り、この湯を産湯にして産まれてくる。


 この世界にシャワーは発明されていないので、おけでお湯をすくって体に掛けて泡や汚れを流すしかないのだ。そんなに難しい訳でもないから、今度アルタに作ってもらう……


 そんな事を考えながら、風呂に木製のおけを突っ込んで湯をむ。

 石鹸せっけんを湯で泡立てて、先ずは髪から洗う。

 長旅のせいで、髪は脂だらけで絡まっていてオマケに、石鹸せっけんが泡立ちにくい。


「お手伝いします……」


 そう言って現れたのは、先ほどのメイドの一人だった。

 服装は最低限度で、下着程度しか身に着けていない。


「何で入って来てるんだ!」


 俺は声を荒げる。


「アーノルド様は側仕えのメイドを置いておりませんので、入浴の際には介助がいると思いまして……」


 なるど……確かにこの世界の貴人の多くは、服さえ一人で着れない人もいると聞いたことはあるが、武の一族であるクローリー家にそこまで甘えた者は居ない。


「確かに背中ぐらいは洗って欲しい気持ちはあるが……俺は異性に裸を見られる事は恥ずかしいし、君だって自分の裸を俺……異性に見せたくはないだろう?」


「確かに親しい……意中や家族以外に肌を見せたくないと思う女性は多いと思いますが、私達はクローリー家に剣を捧げておりますので、稽古の際には肌を露出する事もありますし、行軍の際も同じです。女性だからと言って特別扱いは求めておりません」


 やはりクローリー家の門弟やそれに類する立場だったか……


「そうなんだ。でも俺が恥ずかしいからさ……」


 できれば、帰っていただきたいところだがまぁ難しいか……


「しかし、私にも立場と言う物がありまして……ご当主様に怒られてしまいます」


「口裏を合わせる……って言ってもあの『魔女』の事だから無駄か……妥協案として髪と背中だけ洗ってくれないか?」


 身体を洗えと言う叔母上の命令を遂行しつつ、俺の極力カラダを洗われたくない。と言う要求を折中した状態だがまだマシだ。


「では、そういたしましょう。では御髪おぐしを洗わせて頂きます」


 石鹸を手に取ると桶の中で溶かし液状石鹼を作り出すと、俺の黒髪に塗布し泡立て始めた。

 

「旅の汚れが多いようですね……」


 ワシワシと手を広げ、マッサージでもするように髪と頭皮を洗ってくれる。


「この時期に水浴びは出来ないからね……学園のある方は雪が積もるんだ」


「雪ですか……クローリー家の領地でも山岳部などでは雪が降りますが、この領都りょうとである城郭じょうかく都市ザウストブルク付近では、雪が降る事は稀ですから私には縁遠い世界です……御髪にお湯をかけますので、目を瞑ってください」 


 ザー。ザーっと桶一杯の熱湯を頭からかけられて石鹸を洗い流す。


「私には縁遠い世界です。御髪の水を切ります」


 そう言って髪の毛の水分を軽く拭ってくれる。


「そうでもないと思うよ……」


「え?」


「叔母上は他人をからかうのがお好きな性悪だけど、無駄な事は嫌いな女性ヒトだ。多分だけどミーネルか、俺の妹のアトナのメイド兼護衛にでもしたいんじゃないかな?」


 ミーネルと言うのは、続柄的には俺の父の父の父――――曾祖父の娘なのだが、俺の妹であるアトナと同い年をしている。

 理由は単純で後妻の娘で、孫の中で一番可愛がった父の息子……俺を見て張り切ったらしい。上の兄達が少し可哀そうではある。


 そのため大叔母は一族内でも扱いが難しく、叔父上達も、お爺様たちも扱いに苦慮しており、歳で短気になった曾祖父の面倒ごと、全てを叔母上が言いつけられているのだ。

 来年入学となる娘か、ひ孫の面倒を叔母上孫娘に頼んだのだろう。

 叔母上の「げぇ」っとでも言いたげな「面倒ごとに巻き込まないで下さい」とでも言いそうな顔が目に浮かぶ。

 俺の面倒を見るように言いつけたのは、困っている俺の顔を見て楽しむ事と、どれだけ言われたことを素直にこなせるのか? と言う試験を兼ねているのだろう……全く叔母上にも困ったものだ。




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