第44話ディナー上




 洋の東西を問わず。古来から用いられて来た高速輸送手段は水路である。

 日本で言えば京都、奈良、大阪、東京など文化、経済、人間が集まる所には必ずその痕跡があり、ヨーロッパの古い町並みにも運河は残っている事が多い。

 当然王都にほど近いこの都市にも、運河や水路が張り巡らされている。

 今日は俺とミナの祝いの席として俺が正式に招待をしたのだ。幾らお気に入りとは言え。店長の焼き肉屋には連れて行くほど貴族的な常識が欠落している訳ではない。

 今日連れて行くのは貴族や豪商などが通うと言われる。有名なレストランである。

 大通りか一本入った場所で、高いレストランにしては珍しく高層建築で大道りと運河を眺める事が出来る。景勝けしょうも良い店に当たる。


「……本当にここで良いの?」


 ミナは少し不安そうな顔をする。

 俺の顔を見て何かを口にしようとするが、急に口篭もりごにょごにょと呟いた。


「今季はそのお金を使い過ぎてしまって、お父様にも怒られてしまったの……だから貴族が行くようなお店で払えるほどお金がなくて……」


 言葉尻が小さくか細い声になっていく。

 あぁなるほど、手持ちの金が無いから「別の所に行こう」と遠回しに言ったのか。

 支払い時になると御手洗いに行く奴とか、誰が何を食べたのか分かっているのに割り勘にして、多く支払わせようとする奴とか男女でメシに行くと奢ってもらうつもりの奴とか、色んな人間と関わって来たが、始めから自分で払うつもりでいるのは好感が持てる。


「金の事なら心配するなよ。前に冒険に行った時にアフターケアが出来なかっただろう? その時のケアを倍にしたと思って貰えればいいんだよ」


「えっいいの?」


 キラキラとミナの大きな瞳が街灯に照らされて輝く。

刹那の間にミナの態度は急変し、俺の腕に手を回しエスコートされる体制を作っている。


「今宵は君に楽しんでもらう場だ。君が望むのならエスコートしよう」


 こうして俺達はレストランの中に入った。

日本人の多くはコース料理と聞いて頭に浮かぶのは、7品のコース料理だろうが格式の高いモノだと11品にまで膨れ上がる。


 先ず提供されるのは、日本語ではお通しや突き出しと訳される。アミューズだ。大体一口かつ手づかみで食べられるものが多い。店によって異なるのだがこの店はアバン・アミューズまで提供している。

 近代に定着した提供方法で、日本料理に影響を受けたと言われているのだが、なぜかこの世界には元からある。

 今回用意されたのは、ビスケットの上に鮫の卵の塩付けが乗せられたものと、パンナコッタで高級感を感じる事が出来る。

 その二皿を肴に食前酒を頂く。


「美味い」


「ホントだわ! 鮫の卵が臭くない。新鮮なものなのか管理が良いのか分からないけど、プチプチとした食感に程よい塩気。それにビスケットのサクサク感でたまらないわね」


 個人的にはビスケットの上に何かが乗っている、食品を見ると某お菓子CMに出演している沢〇靖子を思い出してしまう。

 パンナコッタも甘味とコクが深く食前酒を飲ませてくれる。

 次に男性ウエイターによって置かれたのは前菜。オードブルだ。

 生ハムと酢漬けマリネされた野菜の盛り合わせで、冬場のこの時期での料理人の苦労が伺える。

 よほどお腹が空いていたのかハムハムとミナは口に頬張る。だが決して下品ではないのを見るに、自分の様に前世の記憶を持っている奴の方がこういう場では、気を付ける事が多く辛い事を改めて痛感させられる。


 オードブル自体もこの店は凝っているようで、次に出て来たのは暖かいモノだった。

 マスカルポーネチーズにプロシュートとソーセージなどの保存性の高い肉が盛られており、スープ前に体に暖かいモノを入れる。


 食べ終えると出されたのはパイ生地が被ったスープだった。

 食器を見るが数的には、スプーンだけで食べるようだ。スプーンを立ててコンコンとつつき、中央をくずして穴をあけて中央から自分側へ向けてスプーンを動かす。

 地球ではフランス式と言われる食べ方だ。

 それに比べてミナは中央から見て上方向へスプーンを動かしている。いわゆる英国式と呼ばれる掬い方であり、互いの文化圏の違いを読み取る事が出来る。


「アーノルド君はスープもロクに飲めないの? こうやって掬うのよ」


 先ほどまでのしおらしさはどこへやら、完全に元気を取り戻しているようだ。

 皿の上でバゲットをちぎり口に運ぶ。




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