番外編1:とあるクリスマスイブの帰り道
◆◆◆
「んっ……」
夕暮れ時の、一段強めな冷たさをまとった風が、不意に巻き上がって。教室の暖房で火照り気味だった頬を、無遠慮に撫でていく。
校舎内との温度差で、思わず縮こまってしまうような、全身が重くなるような寒さ。
朝方の清々しい空気とは違って、ぼんやりした意識を強制的に引き戻されるような、強引な冷たさ。
「はぁ……」
だけどそれも、慣れると意外と、悪くない。
今しか感じられない、そういうメリハリは、そんなに嫌いじゃないから。
……なんてこと、揺花に話したら、変なやつって思われちゃうかな……?
「あっ、露璃お待たせ~っ! ってか、う~わっ、外さっむ!!!」
エントランスに響く良く通る声と、慌ただしい足音と、なんとなく賑やかな雰囲気で、揺花が駆け寄ってくる時は、いつもすぐにわかる。
「うん、そうだね、寒いね」
「は~~やば~~~カイロ足りね~……」
揺花は体温高そうだから、余計に寒く感じちゃうのかも。
ていうか、コートがちょっとオーバーサイズ気味なところ、何度見てもかわいい。毛布にくるまって震えてる猫みたい。
「私のカイロ使う?」
「あ、んーん、だいじょぶ。ポケットん中で手つなご」
「いいけど、転ばないでね」
「へへ……♪」
最近はいつもそうやって、どちらかのコートのポケットに一緒に手を突っ込んで、一つのカイロを一緒に握ったり、相手の手を握ったりして遊んでる。
最初提案された時は、ちょっと戸惑ったけど、いつの間にかすっかり慣れちゃった。
これもあるから、やっぱりこの寒さは、意外と嫌じゃない。
「あっ、てかそーだ! 先にこれ、渡しとかないとだった!」
「え、何……?」
揺花がスクールバッグから慌ただしく取り出したのは、お洒落な模様のあしらわれた小ぶりな紙袋。よく行く雑貨屋さんのショッパーかな。
「はいこれ、メリクリ~!」
「え……?」
「プレゼント! クリスマスの! も~早く渡したくてヤバかった~。楽しみすぎて、授業全然頭に入ってこなかったもん」
「……いつも、ちゃんと授業聞いてる?」
「あっ、別にそんなことなかったかも! あっはは」
それで、今日は鞄がパンパンだったんだ……。
「えっと、ありがとう……なんだけど、でも、昼休みにもくれたよね……?」
「え? ああ、お菓子の詰めあわせ? あれはみんなに配る用だからさ。こっちは、露璃のためだけのやつっ」
「そうなんだ……ありがとう。お小遣いとか、大丈夫?」
いつも足りない~って騒いでるのに。
「も~、心配ばっか。へーきだよっ。てか、こういう時にこそ使わなきゃさ、楽しめないじゃん」
「……確かに、それはそうかも」
「それに、教室で配ってたやつは、みんなと交換だし、実質出費はプラマイゼロでしょ!」
「そっか……私も、もう一個用意しておいた方がよかった……?」
一応訊いちゃってから、またいつもの癖だなって思っちゃう。
揺花ならきっと、そんな気遣いはいらないって言うもんね、きっと。
「え、ううん、いいのいいの~。てかさ、露璃のくれた入浴剤のセット、あれめっちゃセンスいいよね!」
「あ、うん……最近寒いから、あったまるものだといいのかなって思って」
だけど、それをいちいち確かめないといられないのが、私で。
それを、面倒がらず、やっぱり変な気遣い無しで、自然と受け入れてくれる揺花だから。話してて、居心地いいなって、思えるのかな。
「もーめっちゃアガる~、今日からちょー使うから!」
「うん、喜んでもらえたならよかった」
「あ、一緒に使う?」
「え……一緒にお風呂入るってこと……?」
「そっ。めっちゃあったまりそうじゃない?」
「そうかもだけど……また、今度ね」
「へへへ♪ いや~、お肌ツルツヤになっちゃうかもな~」
「あ、うん、いい感じだと思う。匂いも気に入ってくれるといいな」
「お、そか、露璃も同じの使ってるんだ。じゃあ、露璃と同じ肌質で、同じ匂いにもなれるってわけか~」
「えぇ、なにそれ……ふふっ、まぁ、いいけどね」
新しいおもちゃを買ってもらった小さい子みたいに、素直にはしゃいでくれる揺花の姿を見ていると、いつもこっちまで楽しくなっちゃう。
好きなものを共有できて、素直に感想を話してくれる。
揺花のそういうところ、なんだか自分を肯定してくれてるみたいで嬉しいし、また何か勧めてあげたいなって思っちゃうな。
「それ、あたしのも、いっぱい使ってね。アロマとハンドクリーム、オススメのやつだから」
「うん、大事に使うね」
「や、もーばんばか使ってい~よ~。またプレゼントするからさ」
「ふふ、ありがと」
もらった紙袋を、そっとぎゅっと抱きしめる。揺花からのプレゼントは、何故だかいつも、愛おしい。
「ね、今日はさ、久々に裏門の方から帰らない?」
「え? うん、いいよ」
「でさ、ちょっと寄り道してこーよ。駅前の方の通りにさ、めっちゃ綺麗なイルミネーションあるの、知ってる?」
「あぁ、うん、あるね。そういえば、今年はまだ見に行ってなかったかも」
「ね、行こ行こ、クリスマスイブデートっ♪」
「ふふ……うん、行こっか」
改めて、コートのポケットに二人で手を入れて、握り合う。
カイロなんていらないくらい、揺花の手、あったかいよ。
●●●
「でね~、なんか、さかなこは今日もバイトなんだって~。どうしてもシフト外せないって。イブとかめっちゃ忙しそう」
「そうなんだ……確かに、大変そうだね」
「で、今度こそバ先突ってやるか~って、るなちと話してたんだけどさ、なんかパンちゃんにやんわり止められた」
「それはそうだと思うよ……私も止める」
「あはは~」
いつものペースで、二人で並んで歩きながら。
あたしのテキトーな話とか、露璃はいつも真面目に聞いてくれてさ。いや、そんな大事な話でもないんだけど。
おかげであたしもすっごい気持ちよく話せるからさ、いつの間にか寒いのとか忘れてる。めっちゃありがたい。
ポケットん中の手があったかいからってのも、あるかもだけどさ。
だからとにかく、露璃と一緒に歩いてると、いつもなんかいい感じ。
「……でも、今度あんまり迷惑にならなさそうなタイミングで、みんなで寄ってみたいかも」
「ね! オシャなカフェで働いてるさかなことか、絶対見たいよね!」
帰り道も、寄り道も、ホントは寒いの嫌なはずなのに。なんかもっとこの時間が続けって、思えちゃうし。
それだけで、露璃といたい口実になるってわけ。
「ちなさ、明日のクリパは露璃も来るんでよかったよね? 帰りみんなでカラオケ寄ろ~って話」
「いいの?」
「ったり前じゃん。それに、クリスマスって理由でわーわーやりたいだけだし、プレゼントとかは別に用意しなくていいからね」
「そう……? うん、じゃあ、行く」
「おけ~」
辺りがだんだん暗くなってきて。
それにあわせて、露璃との距離が近くなってきてるような気がしてて。
なんかこれ、思ってたよりもいい雰囲気なんじゃない?
寒いのも、これはこれで、なんかいい。二人であったかいって、なんかいい。
「な~んか、イルミネーション楽しみになってきた~!」
「あっ、ちょっと、待って、そんなに走らないでよ……っ」
◆◆◆
「うひょ~、きれ~!」
「うん、綺麗……!」
「やっぱ昼間通った時よか、断然夜に見た方が映えるよね~!」
「ふふ、見に来てよかったね」
「あ、そだ、写真撮ろ。るなちたちに自慢しちゃお。ほら、くっついてくっついて~」
「え、もう、待って待って……!」
街頭のイルミネーションに照らされた二人の白い吐息が、一瞬だけキラキラときらめいて。
頭上の光と夜空に溶けるように、混ざり合いながら消えていく……。
他愛のない会話を交わす度に、私たちの笑い声を包み込んで、二人だけのものにしてくれているみたいに。
「てかね、寒いのやだな~、あんま好きくないな~って思ってたんだけどさ、肌とか喉とかもガサっちゃうし」
「うん」
「でも、露璃と一緒にさ、こうやってくっついて、あったかくできるじゃんって」
「……私も。揺花と一緒の時は、寒いの、そんなに嫌じゃないよ」
「そーなんだ。へへっ」
「なに?」
「んーんっ。なんか、そーしそーあいってやつだな~って」
「それは……私は、ずっとそうだって、思ってたよ。他のことでも」
「えっ、マ!? ちょー嬉しいじゃん~。あたしもあたしも~」
「ふふ、そなんだ」
「そうそう~。露璃にぎゅってくっつくとあったかいの好き~」
「揺花の方があったかいよ、多分。猫とか、赤ちゃんみたい」
「えっ、それなに、ディスってる?」
「かわいいなって。すっごく。ふふっ」
「えー、まあいいけど~」
こうやって、いつまでもくっついていたい度合いは、揺花が一番だよ。きっと。
「てか、なんか人増えてきたね」
「そうだね……どうしよう、そろそろ帰る……?」
「あ! ねね、ちょっと耳貸して」
「え……?」
不意に、揺花が耳元に顔を寄せてくる。
吐息がもっと、近くなる。
「人混みに紛れてさ……」
「う、うん……」
あ。それちょっと、嫌な予感がするんだけど……。
「こっそりキスチャレンジ、する?」
「……しません」
「え~! ノリ悪いじゃん~!」
「ノリでそんなことしないから」
「ちえ~……」
揺花ってば、私がこういう反応するの、わかってるはずなのに……あからさまにそっぽを向いて、ふてくされる。
そんなことしても、私はそんな危ない遊びには付き合わないからね。
時々こういう突拍子もないこと言うんだから。そこは、あんまり好きじゃないよ。
……嫌いじゃ、ないけど。
「……もうちょっと、落ち着いて、ゆっくりできるところで……その、したい」
「……へへ~、そっか。そうなんだ~」
「……そうだよ」
私だって、そっぽを向きたいところなんだけど。
何故だか結局、見つめ合う。
「もうちょっと、こうしてよっか」
「……うん」
結局、もうしばらく寄り道したり、笑い合ったりしながら、通りを歩く。
この寒さと、それを溶かすあたたかさが、心地いい。
ポケットの中で、より一層強く、手をつなぎあって。
このひとときを、愛おしく思いながら……。
☆つづく!
つゆりとゆりかは付き合っている ふみや @IronFumiya
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