第61話 アグニエスカの決意
一切魔法が通用しない私だけど、王宮と西の大都市を結ぶ古い、古い転移陣、これを使って移動することは出来るようだった。
「この転移陣は古代民族が使っていたものと同じもので、転移の際に使うのは魔力ではなく精霊の力なのだという研究結果が出ているのよね」
魔法陣で移動したジョアンナおばさんは、身の回りの荷物を運びながら、
「私たちの体には魔力が張り巡らされていて、あらゆる感覚を運ぶのは魔力の微細な力だと言われているの」
と言って私の方を見た。
「アグニエスカは今まで色々な人の痛みを取ってきたけれど、あれは微細な魔力の流れを引き出したり、消滅させる事で、あらゆる痛みを取っていたと思うの。だから、魔力を使わない転移陣だったら使う事が出来るのね」
「私の力って、魔力を消す力って事ですか?」
王宮から移動したジョアンナおばさんは、迎えにきた軍の車に乗り込みながら大きく頷いた。
「だからって悪さをする力というわけではないのだから、心配しないでね。ただ、その魔力を消す力というのが、早急に必要なのよ」
「そうなんですか?」
これはまた、大勢の患者さんの痛みを取る事になりそうだなと思いながら移動していると、車は病院ではなく王都のタウンハウスへと移動した。
スコリモフスキ家のタウンハウスには、すでにひいおじいちゃんとマリアおばあちゃんが帰ってきていて、
「アグニエスカ!元気だったかい?」
マリアおばあちゃんが飛びつくようにして抱きしめてくれた。
「魔の森の別荘にいたんじゃなかったの?」
「イエジー殿下が別荘を買い上げるって言うものだから、大金を吹っかけて売りつけてきたのよ!」
「魔力封じの首輪とセットで売ってなあ、あれがあるとワシの作った転移陣に乗っても転移出来んからな、イエジー殿下も喜んでおったわい。大金もせしめたし」
フォッフォッフォッと、ひいおじいちゃんは笑う。
「お爺さま、そんなにお金を稼ぎたいのなら、夫に代わって爵位をもう一度お受けする事も出来るんですのよ?」
荷物の邪魔にならないように移動しながらジョアンナおばさんが言うと、
「やだ!絶対に!」
と言って、ひいおじいちゃんは顔をくちゃくちゃにした。
この度、スコリモフスキ家は王家から直々に謝罪を受け、戦争を勝利に導いた褒美として侯爵に繰り上げとなったのです。
新たに領地も手に入る事となった為、魔術だけをやっていれば良いというわけではなくなったらしいんだけど・・
「アグニエスカ、ジョアンナ、おかえり。移動が大変だったねえ」
いち早く王都に帰ってきていたヘンリクおじさんは疲れ果てた様子で、髪の毛なんかもボサボサになっている。
「あなた!きちんと寝ているの?」
おばさんが驚きの声を上げると、突然、応接間に現れたヤンが、ゴミ箱を抱えながら嘔吐をするし、
「アグニエスカさん、殿下がお呼びですので、至急、王宮へ」
転移術で現れたアガタさんが私に手のひらを差し出した。
「あ・・あのお・・・」
私、魔法を使っての転移っていう便利な事が全く出来ないのよねえ。
「あ!」
その事に気がついたアガタさんは顔を真っ赤にした、その時ばかりは年相応の可愛らしい表情を浮かべていた。
絶対に王都には向かう事がなかったひいおじいちゃんが王都に現れた理由は、多層の封印で外に出られなくなったマルツェルのため。
幼い時に、魔力を呪いで封じられる事になったマルツェルは、私を助けるために禁忌とされた人に対する攻撃を行い、半死半生と言っても良いような状態になってしまったらしい。
古の竜が助けてくれたらしいんだけど、イエジー殿下が封じた状態が一番良い状態なのだそうで、大魔法使いパヴェウにも手の出しようがないらしい。
封印の一つが外れても魔力暴走を引き起こして王都が吹っ飛ぶことにもなるそうなので、警戒の為に、ひいおじいちゃんが王都に待機。
イエジー殿下が渡してくれたマルツェルからの手紙には、
『結婚できなくてごめんね、アグニエスカの幸せを祈っています』とだけ書かれていた。
王宮を出た私は、闇雲に王都を歩きながら思わず考え込んでしまった。
結婚できなくてごめんって、最初っから結婚は無理だったでしょうに。
相手は王族、こっちは平民、身分の差がありすぎて、現実味のない話だったじゃない。
マルツェルがはめてくれた薬指の指輪は、魔石を破壊した後は自由に取り外しが出来るようになっていた。
だけど私は石がついていない状態のまま、指輪をつけたままでいた。
あの時、マルツェルが助けに来てくれなかったら、きっと私は大変な目に遭っていたと思う。戦争中だからって事で、泣き寝入りしている女性を山のように見てきたけど、私も遂に、その中の一人になっちゃうのかなって思ったよ。
あんな良くも知らない男に弄ばれるのなら死んだほうがマシって思ったし、マルツェル以外には体を許したくないって思った。
「そうなんだよ、絶対に嫌なんだよ」
マルツェル以外の人は絶対に嫌だ。
それに、別に結婚とかしなくてもよくない?
そんな形に囚われなくても、世の中、色々な形の付き合い方があるんじゃないのかな。
パンとか、野菜とか、肉とかハムとかを買って、私はマルツェルの家へと向かう事にした。
裏口のドアの鍵がかかっていなかったので、そのまま家に入ると、勝手知ったる他人の家だもの。キッチンに食料を置いて、マルツェルの寝室へと向かう事にした。
家の中はシンと静まりかえっていて、所々に埃が積み上がっているのがすごく気になった。
窓も開けていないみたいで、空気がすっごく澱んでる。
「マルツェル?」
ベッドの中で布団をかぶっているマルツェルは難しい顔をしながら眠っていて、起きる気配がしない。
「まあ、いっか」
封印術とか、魔法とか、私には本当に良く分からない。
だけど、それほど具合が悪いようにも見えないから、目が覚めるまでの間、部屋の掃除でもしてあげよう。
前世の時から、私はアホほど尽くし癖がある女で、掃除や洗濯、食事の支度だって喜んでやってしまっていたわけだし、
「私と結婚したら、きっと幸せになれるはずだよ?」
なんて心の中で呟きながら、美味しそうにご飯を食べる相手を幸せそうに見ていた私は相当の馬鹿だ。
結婚したい、結婚したい、結婚、結婚、結婚、結婚なんて言っていても結婚できたためしがないんだから、正直、諦めた方がよっぽどマシだし、心の健康にもつながると思う。
マルツェルはなんでも王様の血を引いていて、とりあえずは王子様って事で、シンデレラじゃないんだから、平民が王子様と結婚するとかマジで無理。
王子様に用はないけど、マルツェル個人に対しては、私、すっごく用があると思うの。
そのうち彼は、高位身分の令嬢なんかをお妃様にするんだろうけど、それまでの間は、家政婦でも、幼馴染でも、なんでもいいから適当な枠に収まって、彼が私を死ぬ気で助けてくれたように、私も彼の事を助けてあげられたらいいなって思うんだ。
貴方が幸せになるまでは、とりあえず生活に支障がないようにしておいてあげる。私、かなり尽くし癖があるから、そこの所は喜んで出来ると思うんだ。
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