第53話  治癒魔法師ゲンリフ

 ゲンリフ・ヤルゼルスキ、治療省に所属、王宮に配属されたエリートだった。


 ヤルゼルスキ侯爵家の三男に生まれ、癒しの力が発現したのをきっかけに、治癒省への入省が決定した。


 この世界には魔法があり、土、風、光、炎、水、氷、雷、闇と様々な魔法が存在するし、一人で数種類の属性を使用できる者も数多く存在する。


 その中でも治癒魔法は一番人気のないハズレ魔法とも呼ばれていた。何故かというと、治癒魔法では病は癒せないから。


 個人の持つ魔力量によって怪我の治癒を治せる範囲は異なるが、どの魔法使いも、大概が小さな傷を治す程度のものでしかなく、薬を併用しての治療が当たり前となっている。


 王宮内で働く人間は上層部に行けば行くほど、貴族籍の人間で占められていく。貴族の治癒師として王宮に勤める事となったゲンリフは、国王の専属治癒師として取り立てられたのだ。


「ゲンリフ、頼む」

「はい、陛下」


 陛下のささくれを直したり、書類を手に取ったときに紙で指を切った陛下を即座にお直ししたり、


「ゲンリフの淹れた茶はとにかく美味いな、ありがとう」


 癒しの効果を付加させれば、陛下はたちまち喜んで、瞳を細めながら礼の言葉さえ言った。


「ゲンリフ、私の事は良いから、呪いを受けたイエジーの近くで癒しを与えてやってはくれまいか」


 二国間の親交を深めるという理由で隣国ルテニアを訪れたイエジー殿下が呪いを受けてから、陛下は殿下の事が心配で仕方がなかったようだ。そうして、ゲンリフに、殿下付きの専属治癒師として働くことを命じられた。 


 陛下は癒しを与えろと命じられたため、癒しの効果を付加した茶を用意するのがゲンリフの役目。


「ゲンリフ、お前が出来る事といえば、茶を用意するだけの事なのか?」

「え?」


 呪いの所為で髪の毛の先から爪先まで真っ黒となった殿下は私の方へ純白の白眼と金褐色の瞳を向けながら、不服そうに言い出した。


「お前に呪いを解く事は出来ぬのだろう?それで?他に出来る事と言ったら茶を淹れるだけか?」


「いえ、殿下、私はただ、茶を淹れるだけではなく、癒しの効果を付加させておりまして」


「はーーー、そうか、もう分かった」

 投げやりにお答えになった殿下は、それ以降、ゲンリフに目を向ける事はなくなった。


 ゲンリフが出来る事は、小さな怪我を癒すことと、飲食に癒しの効果を付与させる事。あとは魔力の動きを見るだけの事で、殿下が不服に思うのであれば陛下の元へと戻りたい。


 そう考えて陛下の元へと伺うと、すでに陛下の近くには専属の魔法治癒師が侍っており、

「おお、おお、そなたのマッサージはえもいわれぬ心地だな。直接肌に触れて癒しを施された方が、肩や背中の凝りがすぐさま解けるわ。其方には常に癒しを与えてもらいたい」

 満足そうな陛下のお声が部屋の外まで聞こえてくる。


 すでに後釜は決まっており、ゲンリフの帰る場所は陛下の近くには存在しなかった。


 そうしてイエジー殿下の元で、空気となって過ごすうちに、

「明日、大魔法使いのひ孫であるアグニエスカ嬢が訪れる、お前は私の治癒師なのだろう?だったら令嬢をお前がここまで案内するように」

 と、命じてきた。


 ゲンリフを王宮から排除するきっかけとなった令嬢が、殿下の離宮へとやってきたのだが、まさかその問題の令嬢が、ゲンリフの配属先へ部下としてまわされて来る事になろうとは思いもしない。


「アグニエスカ嬢」


 休憩に行ったまま戻ってこないアグニエスカを食堂まで呼びにきたのはストレス発散のため。


 アグニエスカには身分差ゆえに、到底成就など出来そうにもない恋人が居る。そいつの事を中心にして話をしていくと、顔色が悪くなるのが面白い。


 ゲンリフは子爵令嬢のように紅茶をかけるなど、直接的な嫌がらせなどは行わない。口で罵り、相手がどんな表情を浮かべるのか見るのがいかにも楽しいし、良い気晴らしになるのだ。


「ゲンリフ・ヤルゼルスキ殿」


 人が集まるような時間帯でもないため、そこにはアグニエスカと、従弟となるヤン・スコリモフスキ、そしてアガタ・スコルプコ少尉が揃って紅茶を飲んでいた。


 立ち上がったスコルプコ少尉は南部を統治する大佐の娘であり、仲間からは極力関わるべきではないと注意を受けている。


「ロサティ大佐からの命令書だ、アグニエスカ嬢は早急に後方のピウスツキ部隊へ移動させるようにとの命令だ。また、ルミアの街も近々危ない、負傷兵を後方へ下げるよう早急に手配をするように」


「敵が侵攻してきているという事でございましょうか?」


 私の問いに、

「命令書をよく読んで判断してくれ」

 と、まだ年若い少女が横柄な様子で答える。


「承知いたしました」

 ゲンリフはそう答えながら、自分が賭けに勝った事を確信した。

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