第36話 裁判
新聞社の同僚であったアグニエスカから執拗なまでの好意を受けることになったマレック・モーガンは、彼女の心無い仕打ちにより、社内には居ずらい状態に陥ってしまった。
アグニエスカによる付き纏い行為は続き、精神的に追い詰められたマレックは、アグニエスカの親友でもあるナタリア・ネグリ嬢の協力を経て、彼女との話し合いの場を設けることとしたのだった。
しかし、その場には、アグニエスカを捨てたことに怒り心頭な様子のジョアンナ・スコリモフスキ夫人とその息子であるヤン・スコリモフスキまでやって来て、あろうことか、マレックとナタリアに向けて強力な魔法を放ちながら襲いかかって来たのだった。
即座に行われた裁判の場で、マレックは弁護士からの質問に答えることになったわけだ。
「マレック・モーガンさん、貴方はガゼタ新聞社に勤めていた際にアグニエスカさんとの交際があったという事ですか?」
「いいえ、実際に彼女とは交際などしていません。彼女は生家とうまくいっていなかったようで、色々と相談に乗っているような間柄でした」
「という事は、彼女の方から好意を一方的に持たれていたと?」
「僕はあくまで上司と部下として接していました。僕自身は妻子もおりますし、彼女に対して特別な好意を持っていたわけではないです」
「貴方は新聞社内で、複数の女性と交際をしていたともお聞きしていますが?」
「そうですね、僕には妻と子供がおりましたが、他の女性との個人的な交際は確かにありました。ですが、アグニエスカさんとはあくまで上司と部下という関係性を築いているつもりでした。彼女が新聞社を辞める際に、僕が複数の女性と関係を持っていたと告発をした時にようやっと、彼女が僕に対して特別な思いを抱いていたのだと気づいた程です」
「それで?傷心のアグニエスカさんは祖母と曽祖父がいるポズナンへ帰った後、再び王都へ戻ってくる事になったそうですが」
「そうですね、その頃からです。彼女から付き纏いを受ける事となったのは」
「具体的にはどういった事をされたのですか?」
「職場の近くで待ち伏せされるのはしょっちゅうです、妻と別れて結婚して欲しいという事も何度か言われました」
「アグニエスカさんが元上司である貴方に対して、思いを捨てきれないということは大きな噂にもなっていましたが」
「ええ、本当の事だからこそ、噂となって広まったのだと思います」
「貴方は奥さんと別れるつもりはあったのですか?」
「いえ、結局僕が愛し大事にするのは妻と子供のみで、複数の交際相手ともすでに縁は切っているような状況です。魔法の大家であるスコリモフスキ家の威光を使われたとしても、僕が彼女を愛する事はありません」
「それで?貴方はどうしたのですか?」
「あの日、僕と同じように彼女と話し合いたいというナタリアさんと合流して、アグニエスカさんと話し合いをしようと思っていました」
「ナタリアさんとは?」
「アグニエスカさんの幼馴染で、彼女もアグニエスカさんに謝りたいという話をしていたんです。ナタリアは王都に来てからというもの、スコリモフスキ家について尋ねられることが多かったそうなんです。彼女は大魔法使いが隠居する場所として選んだポズナンの町長の娘でしたからね」
「それで?」
「やっぱりスコリモフスキ家としては、自分たちの事を大っぴらに話される事を嫌ったみたいで、彼女はスコリモフスキ家への謝罪と共に、反省の意を示すため、遠方にいるかなり年上の男性のところへ嫁ぐ事が決められたそうなんです。彼女は元々結婚したいと考える人がいたのだそうで、なんとか謝って、本当に好きな人と結婚できる道を選びたいと、そう言っていたんです」
「それで、ナタリアさんと一緒になってアグニエスカさんと話し合おうとしたと?」
「そうです、僕とアグニエスカさんだけではちゃんとした会話にもならない事が多くって、幼馴染のナタリアさんが居た方が、きちんとした話し合いになるかと考えたのです」
「話し合いの場所に選んだのは貴族の邸宅だったという事ですが?」
「はい。現在、僕は新聞社を辞めてフェルドマン伯爵が経営する商会に勤めているんです。今度、アグニエスカさんと話し合いをするつもりだという事を話した際に、相手はスコリモフスキ家の令嬢なのだからといって、別邸を使う事を許可してくださったのです」
「それで、貴方たちはフェルドマン伯爵の持つ別邸に向かっていたところ、どうされたんですか?」
「当日、スコリモフスキ現当主の妻であるジョアンナ様がいらっしゃって、私とナタリアで二人をご案内しておりました。ですが、やっぱり私たち平民に対して何か思うところがあったのだと思います。傘に電気を走らせてバチッバチッと威嚇していたかと思うと『うちのアグニエスカを馬鹿にするのは許さない』とおっしゃられて、どうやったのか僕には良くわからないのですが、御子息を呼び寄せられて」
「それで?」
「それからはもう大変でした、フェルドマン伯爵家で護衛として働く人たちも駆けつけてくれたのですが、爆発は起こるし、巨大な氷の柱が家を壊していくし、氷の上を電気が走って行ったのを見た時には死を覚悟しました」
「スコリモフスキ夫人は暴行を受けたと言っておりますが?」
「被害を防ぐためには何としてもお止めしなければならなかった、僕はフェルドマン伯爵の護衛の方々に何の罪もないと考えています」
「このような大惨事を引き起こすきっかけとなって、今、貴方が言いたい事は?」
「そうですね、僕もナタリアさんも、スコリモフスキ家というものがどういうものか理解していなかったという事が最大の問題だったと思います。個人的に動いて、何とか穏便にしようと考えたのがそもそもの間違いで、役所に申し出るとか、とにかく、もっと他の方法を使えば良かったと今では考えています」
「アグニエスカさんに言いたい事は、何かありますか?」
「もう、僕の事は忘れて欲しい、放っておいて欲しいというのが僕の心情です」
マレックにとって、アグニエスカは入社当時から興味の対象となっていた。貴族の血を引いているだけあって彼女には気品があったし、生家を追い出されて心に大きな傷を負っていた。
度々、声をかけ、食事に誘っていたら、嫉妬したアマンダが魅力的な体を俺に差し出してきた。
アマンダはアグニエスカの同僚で、アグニエスカが働き始める前までは男性職員からの人気を独り占めしていたのだ。それがアグニエスカのせいで自分が見向きもされない状況になっていく状況を憂いて、マレックに好意を持つアグニエスカの鼻を明かすためだけに粉をかけてきたわけだ。
そのうち、アグニエスカは新聞社を辞めて、祖母と曽祖父がいるポズナンに引っ込んでしまったのだが、辞める際にマレックの女関係の派手さを暴露したものだから大変な目に遭ったものだった。
結果、新聞社を辞める事になり、妻と子は実家へと帰ってしまい、収入はない。着る物や食べる物にも困り果てる始末となった。妻が居ないなら他の女を家に呼べばいいだろうと安直に考えていたのが間違いだった。
万が一にも俺に関わったらスコリモフスキ家を敵に回すことになってしまう。そんな噂が出回っていたから。
「あああ・・俺が一体何をしたっていうんだ・・・」
そんなある日、誰も近寄らないマレックの元へ、銀髪の男が訪れて、
「貴方のやりたい全ての事が可能となりますよ?」
と、言い出した。
俺がやりたいこと。
まずは、会社を辞めるきっかけとなり、周りの人間が逃げ出すきっかけとなった『スコリモフスキ家』というやつらをとっちめたい。大金が欲しい。貴族籍の女が欲しい、多分無理だけど。
「無理じゃないですよ?」
銀髪の男は自信に満ちた様子で笑みを浮かべる。
「貴方の求める事は全て満たされますよ」
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