第33話 ナタリアの想い
ナタリア・ネグリはポズナンの町長でもある父親から、
「しばらくの間、王都へ行ってもらいたい。お前を受け入れてくれると私の妹のカミラも言っている。しばらくの間はポズナンから離れているように」
と言われた二ヶ月ほども前の事。
田舎町のポズナンは大魔法使いに守られている為、大魔法使いの不興をかったナタリアを隔離しておきたいのだと父は言い出した。
移動先は嘔吐だし、マルツェルも王都に戻ったって言うし、今度は王都でマルツェルに遊んでもらおうかな!
マルツェルが何処に住んでいるのか分からないナタリアは、マルツェルの職場へ突撃訪問したところ、
「個人情報の守秘義務に違反します」
と、いけすかない秘書の女が言い出した。結局、マルツェルに会えないどころか連絡先ひとつ知ることが出来なかったのだ。
「は〜、わざわざポズナンから王都までやって来たというのに」
煌びやかな白亜の王宮は素晴らしく、敷地内に広がる庭園も、奥に見える離宮も別世界のように荘厳で輝いて見えた。
ポズナンではお姫様のように扱われていたとしても、王都に来てしまえばただの人。セレブな貴族とキャッキャと楽しむなんて夢のまた夢。ナタリアが酷く落ち込んでいると若者が声をかけてきたのだった。
「君・・ねえ・・君・・・」
「はい?」
銀の髪の貴公子は、大きく息を吐き出しながらナタリアを見下ろすと、
「君ってあの、アグニエスカ・スコリモフスキの友達なの?」
と、問いかけてくる。
先ほどナタリアが秘書に言っていた
「私はアグニエスカ・スコリモフスキの友達なのよ?」
という言葉をこの人は聞いていたのかもしれない。
「ええ、彼女、ポズナンに住んで居たので、幼馴染なんです」
「仲が良い友達ってこと?」
「ええ、そうですけど」
銀の髪の彼は前髪が長く、眼鏡をかけているから分かりにくいけれど、顔立ちはかなり整っているかもしれない。着ているものもシンプルだけれど上等なものに見える。
「もし時間があったらお茶でもしない?アグニエスカさんには興味があって、よければ色々と話を聞いてみたいなって思うんだけど」
「まあ、アグニエスカについて知りたいんですか?」
スコリモフスキ家は大魔法使いを輩出してきた家であるし、魔法使いは誰しも憧れを持つ。わざわざ大魔法使いに会いにポズナンまでやってくる人もそれなりには多かったのだ。
「時間ならあるので、少しくらいならお付き合いしてあげてもいいですけど」
「良かった!断られたらどうしようかと思っていたんだ!」
銀髪の彼はナタリアに向かって嬉しそうに笑ったのだった。
瀟洒な造りのカフェへとナタリアを誘った彼は、貧乏貴族の三男坊だと自分のことを紹介した。そこそこに魔力があるのを利用して、魔法省へは入省したものの、雑用のような事しかさせてもらえないという。
「俺の事はユッティって呼んでね」
ユッティって庶民そのものの名前じゃない、着ているものは上等に見えるけど、やっぱりそれほどでもない貴族の家って事かしら。
「私のことはナタリアとお呼びください」
それでも貴族だもの、この人からもっと上の身分の貴族の男性を紹介してもらって、玉の輿を狙うっていうのも十分にありえるわ。
下心満載のナタリアは、様々な話をした。ユッティは気さくで話しやすかった為、アグニエスカがポズナンに帰ってきてからの狂乱物語を、お腹を抱えて笑いながら聞いてくれた。
「僕らにとってはスコリモフスキ家の人間って憧れだけど、不可侵っていうか、触れてはいけない人っていうイメージなんだ。だから、ナタリアの話って、すっごい面白いと俺なんかは思う。もしもナタリアがお茶会に誘われたときに、今みたいな話をしていたら人気者になって引っ張りだこになると思うよ?」
「ええーーー?ほんとーーー?」
「本当!本当!今度、ご婦人方の集まりがあったら試してみなよ!」
それじゃあちょっと試してみようかしらという事で、
「カミラ叔母さま、もし宜しかったら叔母さまが今度行かれるお茶会に私も参加しても宜しいかしら?」
と、しおらしく願い出てみると、
「あんまり若い子がいないけれど、王都でお友達を作るには良い機会だと思うわ!」
と、嬉しそうに答えてくれたのだった。
「これはあまり公には言ってはいけない事ですし、ここだけの秘密にして欲しいのですけど・・・」
と、前振りを入れながら、アグニエスカが王都から戻ってきてからというもの、彼女との結婚を考えて婚約破棄をしたり、恋人と別れた若者がポズナンにどれほど居たのかという事から、彼女の所為で別れた女性たちに訪れた悲劇とか、教会での奉仕活動は義務付けられているというのに、彼女だけは来なくても良いという風に忖度することがあったとか。話を進めていくうちに、周囲の目の色が明らかに変わっていく。
「まあ!噂はかねがね聞いてはいたけど、そんなことがポズナンではあったのね!次は私のお茶会にも来てちょうだい」
という風に、貴族の奥様からお声がけを頂く事になったのだ。
子爵家のお茶会から伯爵家のお茶会になり、最後には公爵家のお茶会に招かれるようになった時には、叔母のカミラは白目を剥いて倒れた。
アグニエスカが帰ってきてからのポズナンは本当に呆れた状態になっていた為、みんなの心を満足させるような話を披露することが出来たのだが、大概、最後の方には、
「戦争もありますし、今後もスコリモフスキ家の勢いが衰える事などないのでしょうねえ」
という話に帰着する。
隣国ルテニアが宣戦布告をしてきたし、国境では衝突が起こっていることがみんなの頭の上に暗い影を落としている。
こんな状況だからこそ、膨大な魔力を持つスコリモフスキ家に希望を持つ家もあれば、やっかみと嫉妬で悪感情を持つ家もある。
その事を仲良くなったユッティに話すと、彼は忖度なく言い出した。
「君だって悪感情を持っている部類に入るでしょう?」
「私はアグニエスカの友達よ?変なことを言わないで!」
「そうかな?」
「なあに?また変なこと言うつもり?」
「いいや、そんな事はないんだけど」
ユッティは上目使いになってナタリアを見上げて微笑むと、
「自分の方が遥かに優れているのに、大魔法使いのひ孫だっていうだけでちやほやされる令嬢の事を、何とも思わずに居られるのかなって俺は思うから」
と、言い出した。
「自分の方が有能なのに、可愛いのに、美しいのに、なんであの子は特別なのって、ずるいなって俺なら思うかな」
「ず・・ずるい?」
「そう、ずるいなあって」
「そうよね、ずるいわよね」
物心ついた時にはマルツェルが近くで守っていて、周りの大人もちやほやしていて、いっつも尋ねてくる言葉は、
「同じクラスにアグニエスカって娘がいるんだろう?大魔法使いのひ孫はいったいどんな娘なんだい?」
と言って、アグニエスカの事ばかり。
周りはナタリアの話を聞いてくれるけど、ナタリアの事ではなく、アグニエスカの事ばかり聞いてくる。ナタリアの方が断然可愛いのに、ナタリアを通してあの子の普段の姿を想像している。
ずるい、そう、アグニエスカは本当にずるい。
ナタリアの頬を涙がポロポロとこぼれ落ちた。
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