第36話 情報整理

 多くの村人に心配されていたアルだが、なんとか意識を回復し、俺たちに事の顛末を語り始めた。


「以前からエルカも言っていた通り、この地で暮らすというなら俺以外のヌシたちにも事態を報告しておく必要があると思った。そこで、俺はそのうちの一体である毒蜘蛛のパーディへと接触したのだが……残念ながら、理解を得られなかった」


 パーディとは、この魔境に潜む強力なモンスターの一体。

 ヌシとも呼ばれ、【ホーリー・ナイト・フロンティア】内でも屈指の強敵としてユーザーから恐れられている存在だ。


 毒蜘蛛というだけあり、その主な武器は体内にため込んだ猛毒にある。

 ゲーム内において、この攻撃を食らったキャラは猛毒状態となり、徐々にHPを削られていく。厄介なのは、市販されている毒消し薬程度の効果では回復しきれないという点だ。

 専用の薬草を調合する必要があり、今回はたまたまそれが手に入ったので助かったが……人間相手ならば、解毒魔法が欠かせないだろう。


「解毒魔法、か……」


 竜玉の指輪の効果で、俺は魔法が扱えるようになった。

 しかし、基本属性の攻撃魔法をメインに覚えていったため、治癒係魔法はほとんど扱えない。


 ……迂闊だったな。

 もう少しバランスを考えてマスターしていくべきだった。


 ただ、一緒にアルの話を聞いてたイベーラから、自分たちの調査団へ新しく加わったメンバーの中には治癒魔法を得意とする者もいるという情報が寄せられた。


「彼女が同行すれば、その毒蜘蛛の攻撃もバッチリでしょう」

「それはありがたいな」


 アルに処方した解毒薬もまだ残っているし、これならパーディのところへ乗り込んでも大丈夫そうかな。

 問題は……そのパーディと話ができるかだ。

 同じヌシであるアルでさえ、問答無用って感じだったし、人間である俺たちとどこまで会話ができるのかが不安だ。


 できる限り、討伐という方向には進みたくない。

 パーディの他にも、接触していないヌシはあと二体いるのだ。

 彼らとも、できれば敵対関係を築きたくはないというのが本音――なぜなら、ヌシに従う他のモンスターたちとの関係も悪化するからだ。


 実際、アルが俺たちの村へ来るようになってから、獣型モンスターは一切こちらへ手を出さない。これはヌシであるアルが魔境村の人々と友好的な関係を築いているからこそ実現したのだ。


 俺はこうした関係を他のヌシとも築きたいと考えていた。

 毒蜘蛛であるパーディと友好関係ができれば、この魔境に潜む虫型モンスターは俺たちに手を出さなくなる。無用な争いを避けられるのだ。


「なんとかして……パーディと友好関係を築きたいところだけど……」

「他の三体は難しいだろうな。それにしても……」

「どうかしたのか、アル」


 ふと、アルが何かを思い出したように呟く。


「いや、俺がパーディと話をしていた時、ヤツはなんだか不機嫌だったんだ」

「不機嫌?」

「別に、いつも愛想がいいというわけではないが……あの時は妙に怒っていたというか、焦っていたというか、うまく説明できないが、いつものパーディではなかったのは事実だ」

「ふぅむ……」


 パーディの様子がいつもと違っていたってわけか。

 そこが何か、突破口になるかもしれない。


 

 結局、その日はアルから事情を聞いているうちに夜となり、解散となった。

 食事を終え、自室へと戻ってからは情報の整理に入る。


 俺の場合は、前世の記憶から少しでも多くの手がかりを引っ張りだすって作業になるわけだが、


「うーん……」


 うまくいかずに唸っていた。

 毒蜘蛛のパーディ――ヤツが初登場するのは、期間限定イベだったはず。あの時のストーリーを思い出せば、アルの言っていた「様子が違う」という証言とつながりが見え、話を円滑に進める上で大きな材料となり得る。


「やってやるぞ!」と鼻息も荒く、取り組んだまではよかったのだが……ダメだ。何ひとつ思い出せない。

 大体、主人公サイドの設定をメインに扱っていたんだよなぁ、俺は。イベントの段取り事態も、別チームが手掛けていたからサッパリだ。


「何かなかったか……」


 脳みそから記憶を必死に絞りだそうとしていた、その時――階下からバタバタと大きな物音が。


「な、なんだ!?」


 慌てて部屋を飛びだし、一階へ向かうと、


「あうぅ……」


 腰を手で押さえて涙になっているヴィッキーの姿が。


「だ、大丈夫か、ヴィッキー」

「あっ、エ、エルカ様……お騒がせして申し訳ありません。ちょっと足を滑らせて転んでしまって……」

「いや、こっちは平気だけど……怪我はないか?」

「へっちゃらです。私、昔から頑丈なんですよ。お母さんにもよく褒められました」

「そ、そうなのか……」


 なんだか褒めるポイントがずれている気もするけど……まあ、いいか。


「――うん?」


 怪我。

 お母さん。


 このふたつのワードが頭にこびりついている。


「あっ」


 次の瞬間、俺はパーディに関するある情報を思い出したのだった。


「よくやってくれたぞ、ヴィッキー!」

「ふえっ?」


 キョトンとしているヴィッキーを置き去りにして、俺は自室へと戻る。

 ここからが本番だ。

 思い出した記憶をもとに、しっかりと作戦を立てないと。

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