第34話 魔境村への帰還

 新生リドウィン調査団のメンバーを引き連れて、俺たちは魔境へと戻ってきた。


「おかえりなさいませ、エルカ様」

「腹減ってませんか? ちょうど飯ができたところなんですよ!」


 元庭師のロバーツさんと、元料理人のバーゲルトさんが出迎えてくれた。屋敷もメイドさんたちが手入れを頑張ってくれたおかげでさらに快適さが増したという。

 生まれ変わった屋敷を見るのが楽しみだ――そんな気持ちを胸に、足取りも軽く村の中を進んでいると、いろんな人たちから声をかけられる。


「お久しぶりです、エルカ様!」

「今日からお世話になります!」

「あとで正式にご挨拶をしに伺いますので!」


 笑顔で声をかけてくれた人の中には、俺が丸一日留守にしている間にこの魔境村へとやってきた者たちの姿もあった。

 それにしても……一気に人が増えたな。

 もともと、向こうではこちらへ移住を希望する人が日に日に増えているらしく、商会をまとめるオーガンさんが中心となり、計画を進めているとのこと。


 王都にいるほとんどの商人が姿を消すようになるというが……そうなると、グローム王国に暮らす人々の生活が不安だ。

 しかし、商人たちはすでに多くの国民が国外へと脱出しており、中には誰もいなくなった村や町もあるという。


 驚いたのは、この現状を王家がまったく把握していないという事実だった。

 大病を患っていた国王は、どうやらここ数日の間に次期国王を決定し、一線から身を引く判断をしたと移住してきた商人から聞かされたが……となると、やはり後継ぎはタイラス王子になるのか。


「あのタイラス王子が無事にやっていけるとは思えないな……」


 必ず波乱が巻き起こる――俺はそう捉えていた。

 そこで、今回の「グローム王国新国王誕生」の経緯について、リドウィン国王にも話をしておくべきだろうという結論に至る。まだ戻ってきたばかりではあるが、数日のうちにまた王都へ行かなくてはならないな。


 ただ、その時は元グローム王国勢のみになるだろう。

 せっかく父親であるドリトス家当主から魔境での生活を許可されたイベーラに、これ以上の負担は強いたくない。彼女には、ここでダンジョン探索に精を出してもらうとしよう。


 また、近々オーガンさん自身がこの魔境へ移住してくるという情報も教えてくれた。さらに彼だけでなく、友人である騎士のスレイトンも一緒らしい。


 スレイトンがこの魔境へ来てくれることになったら、これほど心強いことはない。

 その実力はよく知っているからな。

 本当に頼もしいよ。

 さらに、彼を慕う若い騎士たちも多いので、もしかしたら彼以外にも何人かの騎士はこちらへの移住を希望するかもしれない。


 そうなってくると、村の規模をさらに大きくしていく必要が出てくる。


「やれやれ……村の拡張はもうしばらくかかりそうだ」


 作業が増えて大変ではあるが、同時にやりがいも覚えていた。

 人は増え、そのたびに建物も増えていく。不安だった資材も、リドウィン王国の全面協力があるため心配する必要がなくなった。


「これであと残された問題は……ヌシとの接触だな」

「そうですね。――って、そういえば、アルの姿が見えませんね」

 

 リリアンと一緒に村の様子を見て回っている途中で、アルベロスの姿がないことに気がついた。


 村の人たちに話を聞くが、みんな心当たりがないという。一応、今朝は一緒に朝食をとったらしいのだが……それから俺たちが戻ってくるまでの間に忽然と姿を消したのだ。


「どこへ行ったっていうんだ、アル……」


 さっきまで、この魔境村へ戻ってこられたことに安堵していたが……まさか、まったく予想外のところで心配事が増えてしまった。


 とりあえず、無用なトラブルを避けるために、俺とリリアンのふたりで近辺を捜索してみることにしたのだった。



 アルベロスを捜して森の中に入ってみたが――手がかりすらつかめない状況だった。


「どういうことなのでしょうか……」

「アルが何も伝えずにいなくなるなんて……ちょっと考えられないな」


 あいつは賢い。 

 勝手にいなくなったことで、戻ってきた俺たちが心配するのは目に見えているはず。それなのに、誰にも行き先を告げずに行方をくらましたという事実に、俺は困惑していた。

 ひょっとして、アル自身にとっても予想外の事態が発生し、それに巻き込まれてしまった結果、戻れなくなったのではないか。


 もしそうなら……急がなくちゃいけない。

 今もアルは、この広大な森のどこかで俺たちが助けに来るのを待っているかもしれないからだ。


 だんだんと不安になってくる俺とリリアン。

 その時、遠くから、


「ワオーン!」


 遠吠えが聞こえた。


「っ!? アルか!?」


 思わず遠吠えが聞こえた方向へ振り返るが……今の声は、アルのものとはちょっと違うように聞こえた。

 ただ、仮にアルじゃないにしても、尋常じゃない感じがした。

 俺にはまるで助けを求めるような遠吠えに聞こえたのだが……


「どうしますか?」

「……もしかしたら、アルの失踪と何か関係があるかもしれない。行ってみよう」


 距離はそれほど遠くないし、いざとなればすぐに村へと戻れる。

 そうした条件を確認した後で、俺とリリアンは遠吠えの主を求めて森の中を進んで行く。

 しばらく歩いていると、


「エルカ様!」


 突然、リリアンが叫び、ある場所を指さす。

 その先には――横たわっている犬がいた。


 まさか……アルなのか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る