第33話【幕間】苛立ち

 グローム王国を取り巻く環境は劇的に変わりつつあった。

 これまで、とどまらぬことを知らぬほどの勢いで成長と繁栄を続けてきたグローム王国であったが、最近はそれがまるで嘘のようにパタリと止まっている。

 それどころか、むしろ後退していると見る者が多かった。

 実際、自然災害や人的なミスなどが重なり、各地で多大な悪影響をもたらしていたのだ。


 今まで、こうしたトラブルのすべてはエルカの予言で回避できていた。

 ひとつひとつの案件としては些細なものだが、それが積み重なると被害も大きくなる。


 本来であれば、聖女カタリナの神託によりすべてが解決するはずであった――が、彼女の言う神託はことごとく失敗に終わる。

 厳密に言えば、失敗以前の問題だ。

 というのも、聖女カタリナによる神託は非常に曖昧な表現で語られるため、いつ、どこで、何が起こるのかという具体性に欠けていた。その三つの条件をすべて満たしているエルカの予言とは雲泥の差があった。


 こうした事態がしばらく続くと、次第に国民たちの教会に対する信頼が薄れていった。

 エルカの予言の力をよく知る商会関係者たちからは、彼を追いだした時から疑惑の目を向けていたのだが、それが一般国民にも及ぶようになったのだ。

 今――グローム王国は大きな岐路に立たされている。


  ◇◇◇


 グローム城。

 タイラス王子の私室。


「どうなっている!」


 穏やかな昼下がりに轟く、王子の怒号。

 その矛先はパジル枢機卿に向けられていた。


「話が違うじゃないか……聖女カタリナの神託はエルカ・マクフェイルの予言より凄かったんじゃなかったのか!」

「も、申し訳ありません、タイラス王子」


 平謝りするパジル枢機卿。

 そんな彼を見下すタイラス王子は、ソファにドカッと腰を下ろした。


「ちっ! このままだと、教会の力で王位継承を確実のものにしようとした俺の計画が台無しじゃねぇか……クソがっ!」


 乱暴に目の前の机を蹴り飛ばす。

 エルカのグローム王国追放――すべては、王子が次期国王の座をより確実のものとするために仕掛けたことだった。


 次期国王の最有力候補であるタイラスだが、実はここ最近はずっとその座を奪われるのではないかと危惧していた。

 王子から王位継承の座を奪うかもしれない人物。

 それこそ、予言者エルカ・マクフェイルであった。


 エルカの予言により、グローム王国は劇的な変化を遂げていく。

 それまではこれといって目立ったところのない中堅国家であったが、予言を頼りに政策を打ち立てて実行していくと、これが続々と大成功。ついには近隣諸国を圧倒するほどの力を身につけていた。


 タイラスが危機感を覚えたのは、そうしたエルカの「実績」だった。

 王子であり、次期国王の座にもっとも近いタイラスだが、エルカとの人気の差は圧倒的なものだった。王家の人間でもないのに、エルカは国の有力者たちからたたえられ、一目置かれているエルカが、王子には邪魔存在であったのだ。


 なんとかエルカを失脚させようと、あの手この手を尽くすがどれもうまくいかず。

 そんな時、王子に近づいたのがパジル枢機卿であった。

 彼は王子に聖女カタリナの存在を語り、その神託によって国の未来を導けば次期国王の座は安泰と吹き込む。その見返りとして、教会への支援をこれまで以上に手厚くしてほしいと働きかけ、それにタイラスが応じることで成立。


 聖女カタリナの神託は悩める者を救う。

 そんな噂を意図的に流し、国民たちの間で聖女の偉大さを広めさせていく。

 タイラスたちの狙いはバッチリと当てはまり、教会へ祈りを捧げに来る者の数は徐々に増えていった。


 ――しかし、それらはすべて神のお告げでも何でもない。

人の手によって作られた偽りの奇跡であった。


 タイラスたちは聖女カタリナへ悩みを相談する者たちの情報を集め、たとえば店の売り上げが上がらなくて嘆く者には城から発注をかけたり、難病に苦しむ者がいれば、腕のいい医者を金で雇い、偶然を装って治療させるなど、タイラス指示のもとで次々と実現していった。


 だが、そのような不自然な出来事が相次げば、カラクリに気づく者もいる。

真っ先に疑いの目を向けたのは商会代表のオーガンとエルカの友人である騎士スレイトンであった。


 ふたりはエルカが追放された直後から、魔境での彼の生活を支援するために移住希望者を募って送り込んでいた。

 最初は悪名高い魔境への移住を希望する者は少ないだろうと懸念されたが、実際はエルカを助けたいと想定の何倍にも及ぶ人が押しかけ、ふたりを驚かせる。


 第一陣が魔境へと向かった後も、移住希望者はあとを絶たず、今も王家の目を盗んで支援を続けていた。


 タイラスは王都でそのような動きがあることなどまるで知らない。

 徐々に国民が王都から離れつつある現状にも気づかず、日に日に下がっていく自身の評価をあげることに必死だった。


「この状況をひっくり返せる材料はないものか……」


 もはや一筋縄では回復しない、タイラスの支持率。

 追い込まれたと言っても過言ではない彼が思いついた最後の策とは――


「アレしかない、か」


 それを実現するために、タイラスは腰を上げるとパジル枢機卿を置いて部屋から出て行こうとする。


「ど、どちらへ?」

「教会だ。聖女に用がある。おまえも来い――大事な話がある」

「は、はい……」


 果たして、タイラスの思いついた最後の策とは一体なのか。

 その魔の手はエルカたちのもとへ静かに忍び寄っていた。

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