第32話 再合流
「さて、イベーラについてだが……あの子には魔境に戻らず、この屋敷で暮らしてもらいたいと思っている」
アルテム様の口にした言葉――それは、貴族とか平民とか関係なく、ひとりの親としては至極当然の願いと言えた。
魔境がどれほど安全なのか、現状を知らないアルテム様にとって、そんな場所に大事なひとり娘を送りだすことはできないだろう。これについて、俺は強く反発はできなかった。仮に俺がアルテム様の立場だったとしても、ためらってしまうのは目に見えている。
しかし……問題はイベーラの気持ちだ。
彼女は魔境での調査に情熱を注いでいたからな。
性格からして、父親の言い分を理解して大人しくしているのだろう。
――だが、それで自分のやりたいことを押さえつけるのは相当なストレスになるはず。イベーラの精神状態が心配だな。気丈に振る舞っていたとしても、内面は疲弊しきっているはずなのだが……きっと、そんな素振りさえ見せないんだろうな。
ただ、それがたまっていくといつか爆発してしまうんじゃないかな。
「私としても、あの子の希望は叶えてやりたいと思っているが……さすがにこれ以上魔境へ預けておくわけにもいかないと判断したのだ」
「やはり……そうですか」
項垂れながら、呟く。
すると、アルテム様から思いもよらない言葉が。
「ただ……それはあくまでも君という存在を把握していなかった時の話しだ」
「えっ?」
「グロームの繁栄を支えた予言者の君があの魔境にいるのなら頼もしい。……それに、国王陛下も信頼されているようだしな」
「国王陛下が?」
アルテム様曰く、昨日の夜に城からの使いがこの屋敷に来て、イベーラを俺と一緒に魔境へと向かわせてはどうかという国王陛下からの提案を伝えられたという。
「聞くところによれば、魔鉱石を発見したのは君の予言の力が大きく関係しているそうじゃないか」
「そ、それは、まあ……」
「おまけに、グローム王国から君を慕って多くの者たちが集まりつつあるという……我らリドウィンも、そこへ加えてもらいたいのだ」
「ぜひ! 歓迎します!」
魔境村としても、その提案はありがたかった。
たとえ小規模とはいえ、ひとつの国家が一緒になってダンジョンを探索してくれるとなったら心強い。
「あれ? でも、ラブレーさんは――」
「急な話だったから、まだ使用人たちには話していないんだよ。だからラブレーは知らなかったのだ」
なるほど。
そういう理由があったのか。
「報告によれば、三つ目の魔犬アルベロスを味方につけたというが……本当なのか?」
「えぇ。アルはよくやってくれています。――でも、よく知っていましたね、アルベロスのことを」
「以前、我々に魔境の存在を教えてくれた人物が非常に賢い魔犬がいると教えてくれてな。最初は半信半疑だったが……そうか。うまく説得して仲間にできたのか」
アルベロスの存在を知る者、か。
魔境にはかつて何度も入植が試みられたって話だし、もしかしたらその際に誰かがアルと接触し、その時の体験談をアルテムさんに語ったのか。
――と、その時、
「お父様、準備が整い――あら? エルカさん?」
大きなリュックを背負ったイベーラが部屋へと入ってきた。
「……ヤル気満々だな」
「えぇ! 国王陛下直々のご使命ですから! それに……魔境にはあなたもいてくれますから」
そこまで頼られるとさすがに照れる。
期待に添えるよう頑張らないとな。
こうして、多少の行き違いはあったものの、イベーラは調査団に合流。
「「「「「イベーラ様!」」」」」
イベーラとともに門まで向かうと、ゴーテルさんやディエニさんが俺たちを発見して叫び、駆け寄った。リリアンとヴィッキーも、まさか俺と一緒にイベーラが戻ってくるとは思っていなかったようで、驚いている。さらに、こちらへ戻っていたラブレーさんや門番たちは状況を理解できず、動揺した様子でイベーラを見つめていた。
それぞれ異なるリアクションを見せるみんなを尻目に、イベーラは「ただいま!」といつもの調子で戻ってきたことを告げる。
すると、イベーラが笑顔で門へと振り返り、ラブレーさんに声をかける。
「またしばらく留守にするわね、ラブレー」
「あっ、は、はい。いってらっしゃいませ」
堂々と旅立ちの準備を整えてやってきたイベーラの姿を見て、最初は困惑していたラブレーさんであったが、そこは経験豊富な執事。すぐに状況を把握して落ち着いた振る舞いを見せていた。
「……イベーラお嬢様」
「何?」
「体調管理にはくれぐれもご注意を」
「ありがとう、ラブレー。じゃあ、いってくれるわ」
「お気をつけて」
門番たちはまだポカンと口を開けている中、イベーラとラブレーさんは笑顔で言葉を交わしていた。
これで最後のメンバーにしてリーダーであるイベーラが合流。
俺たちは新しくなったリドウィン調査団とともに魔境への岐路へと就いた。
頼もしいと思う反面、プレッシャーは増えたと感じている。
こっちは国家絡みだからなぁ。
まあ、その方が燃えるってものだけど。
予言者として、しっかり村を支えていかないとな。
「さあ、早く魔境へ行きましょう!」
「お、おいおい、慌てると転ぶぞ?」
「そう言っている間に置いていっちゃうわよ?」
まったく……元気なお嬢様だ。
彼女のパワーにも、負けないようにしないと。
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