第9話【幕間】国民の想い
予言者エルカが聖女カタリナの神託により魔境へ永久追放となった。
この一報は瞬く間に国内全土へと広がり、多くの者たちが「信じられない」と困惑し、絶望していた。
「なんだって神様はエルカ様にそのような仕打ちを……」
「近年では類を見ないほど、この国の発展に貢献した方なのに……」
「神託は間違いだったんじゃないのか?」
「バカっ! 滅多なことを言うもんじゃねぇぜ!」
「そうだぞ。……どこで教会関係者が聞き耳立てているか分かんねぇんだからよ」
国民の間では動揺が広がるとともに、国教への不信感が募りつつあった。
グローム王都にある宿屋。
そこに、この町で商売を営む者たちが集まっていた――国が正式にその存在と活動を認めている王都商会の面々だ。
彼らは定期的に集まり、ここで経済事情などについて話し合うのだが、今回はエルカの件で緊急招集となったのだ。
その場に、ひとりだけ場違いな青年がいた。
腰に剣を携え、険しい顔をしながら腕を組む彼の名はスレイトン。
まだ二十代後半という年齢ながらも将来を有望視され、先日分団長に就任したばかりという騎士団が期待する若手のホープだ。
彼は生まれも育ちもこのグローム王都であるため、この場に集まった商人たち全員と面識があった。普段はこうした場に顔を出さないのだが、今回は議題が友人でもあるエルカの件ということもあり、駆けつけたのだ。
「スレイトン、本当にエルカ様は魔境へと追放されたのか?」
商会代表を務める宿屋の店主が、神妙な面持ちで尋ねる――が、その質問はこれで六度目だった。それくらい、彼らとしてもまだエルカの追放は信じがたいし、受け入れることができていないのだろう。
それはスレイトンも一緒だった。
なぜ、この国のために頑張っていたエルカが追放されなくてはならないのか。
聖女カタリナは「神の意思」とだけしか言わないし、その場に立ち会ったタイラス王子やバシル枢機卿も沈黙を貫いている。
この対応には、スレイトンも憤りを感じていた。
「……何度聞かれても、答えは変わらないよ」
「そ、それはそうなのだが……」
「もう我慢ならねぇ!」
重苦しい空気の流れる場を一喝するように、ひとりの男が机をバンと勢いよく叩きながら立ち上がる。
「ゼルスの旦那? どうしたんだよ」
スレイトンにゼルスと呼ばれたその男は、王都でもっとも腕のいい鍛冶屋であった。
「俺はどうしても納得がいかねぇ!」
「それはみんな同じですよ」
「だったら行動に移すべきだ!」
ゼルスはその後の熱く語る。
「俺たちはこれまでエルカ様の予言に散々助けられてきた! それなのに、俺たちからはろくに恩返しもできていない! エルカ様が苦境に立たされている今こそ力になるべきだ! 今度は俺たちがエルカ様を助ける番なんだよ!」
この訴えを耳にした商人たちの目つきが変わる。
「そ、そうだな!」
「ゼルスの言う通りだ!」
「このままでは、グローム商人の名折れよ!」
次々とゼルスの提案に賛同する声が聞こえ始めた。もちろん、スレイトンも同じ気持ちであり、彼らをバックアップしていきたいと考えている。
――だが、問題は王家だ。
タイラス王子やバシル枢機卿が、このまま放置しておくとも思えなかった。
何せ、城内ではエルカの話題はタブー扱いを受けている。おまけに現国王の容体も、スレイトンくらいの立場では情報が入ってこない。
今、この国で何かが起ころうとしている。
それも、嫌な方向で。
「みんな、くれぐれも気をつけてくれよ。……俺も可能な限りに情報を集めておくから」
「「「「「おう!」」」」」
元気よく返事をした商会の面々。
それからは今後についての方針を決める会議へと変更となり、さまざまなアイディアが出された。
一部は魔境へと向かい、エルカの現状を確認。
困っていることがあればアイテムや食料などの無償提供などの案を盛り込んで、彼のサポートをしていくことで決定する。
国にバレたら一大事ではあるが、それでもこの支援をやめようと言いだす者はひとりとしていなかった。
それほどまでに、エルカの信頼は厚いのだ。
「待ってろよ、エルカ」
商人たちの話を聞いているうちに、スレイトンの心境にも、変化が表れ始めていた。
グローム王国は変わりつつある。
それは何も王家に限った話ではない。
民たちもまた、自分の信じる道を歩むために立ち上がろうとしていた。
※次回は明日12:00更新予定!
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