第20話 青年の決意

 シモンは死ぬつもりで山へと戻った。憎しみや悲しみ、恨み、色々な負の感情が胸の中で渦巻き、どうしようもなくなってしまったのだ。全てを失った今、もう生きる理由はない。そう思いながら、シモンはただ行く宛てもなく寂しい山の中をさまよった。

 途中からは意識は朦朧とし、気づけば彼は山の頂上にいた。随分と長くきつい道のりだ。しかし、どうやって登ったのかは覚えていない。

 シモンは何かに吸い寄せられるように、この山の頂上へとやって来たのだ。

 頂上にあったのは、古びた祠だった。祠には、五つの石が円を作るように置いてあった。中央には、竜の絵が彫られている。

 かつてこの土地には、竜が住んでいたというのを聞いたことがある。その竜は、五行の石と一人の人間によって封印されたのだと。

 シモンは自分の意志とは関係なく、その石のひとつを掴み取った。

 すると、地面が揺れだした。

 シモンは我に返り、慌てて石を元に戻す。しかし、時すでに遅し。

 光とともに、大きな竜が現れた。封印を解いてしまったのだ。

 シモンは初めて見る竜に後退る。竜はシモンをじっと見つめた。


『我の封印を解いたのはお前か?』


 竜の問いに、シモンは恐る恐る頷いた。


『我を解放してくれたお礼に、お前の望みを一つ叶えてやろう』

「の、望み⋯⋯?」


 目の前で起きていることを信じられなかった。幻覚のようにも思えた。でも、違う。これは現実だ。

 パッと頭に浮かんだのは、の二文字だった。

 この時のシモンは、疲労と絶望により、判断力が鈍っていた。だから、後先を考えられなかったのだ。

 目の前にいる大きな竜を見て、シモンは思った。

 自分が竜になれば、村を襲って、人々を恐怖のどん底に突き落とすことができる。自分の手で、奴らに復讐ができる。シモンではなく竜の姿なら、またセオに会うことが許される。


「私を、竜にしてくれ⋯⋯」


 シモンは気付けば、願いを口にしていた。どうせこのまま死んでしまうのなら、もうどうなってもいい。


『よかろう』


 竜はシモンを、彼と同じ髪の色の竜の姿へと変えた。

 目線が高くなる。最初のうちは、自分の体に違和感を覚えたが、次第に慣れていった。

 長い間封印されていた竜は、自由になったことを喜び、どこかへ飛び去ってしまった。

 残されたシモンは、すぐさま村へとおりていった。

 この姿を見れば、きっと人々は慌てふためくだろう。自分を追放したことを後悔するだろう。あんな村なんて、壊れてしまえ。そんな思いでシモンは村におりたった。

 雄叫びをあげ、家々を踏み潰していく。人々は叫び声をあげながら逃げ惑う。ざまぁみろと思った。

 それから何回か、シモンは村へとおりては荒らしてまわった。村人たちの恐怖に怯える顔は、おかしくてたまらなかった。

 あの時誰もシモンを助けようとはしなかった。自分さえ良ければいいと思っているものたちはみんな有罪だ。



 ある時、逃げ遅れた子どもが一人、取り残されていた。それは見覚えのある顔だった。ずっと会いたかった人。そう、それはセオだった。

 ようやく会えた。この時を待っていた。感動的な親子の再会だ。

 シモンは大きな手をセオに差し伸べる。


「やめろ! 来るな!」


 しかしセオは怯えて逃げていく。それはまるで、怪物を見たような顔だった。

 セオには目の前にいる竜が父親だということに気づいていない。シモンはその場に立ちすくんだ。実の息子に拒絶された。

 姿が変わってもなお、自分は愛する息子に会うことは許されないのだと、絶望した。その時初めて、シモンは竜にしてくれとお願いしたことを後悔した。なんて浅はかな考えだったんだと。



 やがて、村人たちがシモンの所へ交渉に来た。どうにか村を襲うのをやめて欲しいと。

 この時シモンは絶望しきっていて、もう村におりていく程の元気は残っていなかったので、ちょうどいいと思った。


『年に一度、生贄として若い男を一人捧げろ。そうすれば、もう村を襲いはしない。しかし約束を破ってみろ。どうなるか分かっているな?』


 そう条件を出した。

 年に一度生贄を捧げさせるというのは、村人たちに自分という存在を忘れさせないため。若い男と指定したのは、いつかセオが、生贄として自分の所へやってくることを願ってのことだった。


 それから村人たちの、死と隣り合わせの地獄のような生活が始まるのであった。



**********************



「そんなことが⋯⋯」


 僕は持っていた剣をその辺に捨てた。もうこの竜を、倒そうだなんて思わなかった。

 生贄としてして犠牲になった人々には同情する。だけど、僕はもう、これ以上この竜を苦しめたくなかった。

 僕はセオの顔を伺った。彼は、何か一つ大きな決意をしたような顔をしていた。

 

「俺は竜を封印しない」


 竜の話を聞き真実を知ったセオは、キッパリと言い放った。持っていた五行の石を仕舞う。そして、愛に満ちた眼差しで竜を、いや、父を見る。


「父さん、俺はあなたとこの山で一緒に暮らすよ」


 竜は驚いたように目を見開く。


『何を言っているんだ。セオ、私は竜だ。もう人間には戻れない。私とお前はもう違う存在なんだ』


 竜の声は悲しそうだった。


「俺はずっと父さんを恨んでた。どうして俺を置いて死んでしまったんだって。ミサ達との暮らしは楽しかったけど、俺の心にはいつだって埋まらない穴が空いていた」


 セオは心中を語る。


「父さんが居なくなってから、村はなんだかおかしくなった。幼い俺でも感じてた。でもやっと真実が分かって良かったよ。だけど父さん、俺は父さんが生きてくれていただけで嬉しいんだ。ずっと会いたかった。姿は違くても、父さんは父さんだ」


 セオは優しい顔をしていた。そして竜に手を伸ばした。


「父さん」


 その表情が、全てを物語っていた。彼にはもう、この山で竜と生きていく覚悟ができているのだ。


『私は取り返しのつかないことをした。復讐のためだけに、村を恐怖に陥れた。多くの人々の命を奪ったんだぞ』


 竜は自責の念に囚われる。しかし、セオの真っ直ぐな目を見て、竜は息を呑んだ。セオはそんなこと重々承知だ。それでもなお、一緒にいると言ってくれているのだ。


『……本当にいいのか?』


 竜の問に、セオは頷いた。

 竜は恐る恐る顔を地に近づけた。セオはその顔に手で触れる。


『もう、あの村には帰れないぞ』

「いいよ、父さんを傷つけたあの村に、未練なんてないから」


 セオは竜の頭に頬を寄せた。


「これからは二人で生きていこう」


 それは、美しい親子の絆だった。寄り添う竜と人間。姿が変わってもなお続く愛の形。ようやく呪いの十五年から解放されるのだ。

 これで良かったのは分からない。だけど、二人の姿を見ていたら全部どうでも良くなった。彼らが幸せならばそれでいいのだ。

 

「どうやら僕はお邪魔みたいだね」


 僕はその場を立ち去ろうとした。

 するとセオが、僕を引き留める。


「ルディ、ありがとう! 俺たちを繋いでくれて!」

『ありがとう』


 満面の笑みで、セオと竜は僕にお礼を言う。

 この瞬間が、僕は一番好きだ。僕はこの笑顔を見るために人助けをしているのだと実感した。


「どういたしまして」


 だから僕は、そう笑顔で返した。



 その後、彼らや村がどうなったのかは、僕知らない。それぞれが犯した罪を償って、いい方向へと進んでいて欲しい。ただそれだけが、僕の願いだ。

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