買い物ラプソディ

 翌日、私の自宅にマウロがやってきたのは、約束の時刻を知らせる鐘が鳴る前だった。

 この国の文化はわりと時間にルーズなのだが、彼に限ってはいつも5分前到着が当たり前である。


 ただ、私を含めて他人が遅刻することに対して怒ったりはしない。

 その心の広さが、彼を好きな理由でもある。


 ……いや、彼は兄のポジションだからね!


「ねぇ、マウロ。

 なに、その恰好」


「いや、何って……買い物に必要な装備だろ?」


 現れたマウロの姿はデートの約束でもしたのかと思うような洒落たスーツ姿だった。

 だが、その手には鞄を山積みにして引きずるためのキャリーが握られている。

 まるで長い旅に出るような雰囲気だ。


「ちょ、ちょっと、大げさじゃない?

 旅行に行くんじゃないんだから。

 だいたい、そんなものがいるほど買い物しないわよ」


 思わず苦笑してそう告げた私だったが、マウロは目を伏せたまま首を横に振る。


「いいや、絶対に必要だね。

 猪突猛進のドーラに買い物の才能はない」


 あ、その言い方!

 すごくムカつくんですけど!!


「なによ、それ!

 いいわ、今日の買い物で私がいかにクールな女かを理解させてあげるから!」


 ええ、そんな粋がった台詞を吐いた時期が、私にもありました。


「おい、ドーラ。

 それ以上買うと持ち運びができくなるんだが」


「で、でもでも!

 どれも必要になるかもしれないし!」


「服だけで何着買ったと思ってるんだ!

 婚活パーティーでお色直しでもする気か!?

 店員の口車に見事にのせられやがって……」


 そう告げながら、マウロは巡回パトロール中の部下を捕まえて、その荷物をしっかりと押し付けた。


 さすが出来る男は違う。

 自分の都合のためならば、公私混同すらためらわないとは。


 いや、本当は上司としてビシッと言わなきゃいけないんだけど、そもそもの原因が私だし。

 え?

 こんな大量の荷物を抱えたまま街を歩いたら通行人に迷惑?

 それを未然に防ぐという職務を全うしたのだから公私混同ではない?


 いやいや、それは詭弁と言うもの……はい、ごめんなさい。

 私が悪ぅございました。


 ……と言うか、そろそろマウロの目が怖い。

 いつもなんだかんだ私のやることに付き合ってくれる彼だが、ブチキレるとそれはそれは恐ろしいのだ。


「じゃ、じゃあ、これが最後!

 次の店で化粧品だけ買ったら、今日はもう終わりにするから!」


「つまり、日を改めてまた同じことを繰り返す気だな」


「だ……ダメ?

 あ、あああ、あのね、ちゃんと……反省は……してる……し?」


「なんで疑問形なんだよ。

 反省もいいが、それを振る舞いに反映させろ!」


 結局、その日の私の買い物が終わったのは、空に星が瞬き始めた頃だった。

 うん、お腹空いたからそろそろ自宅に帰ろうかな。


 そんな事を考えていると、ふいに肩を叩かれた。

 振り向けば、やや疲れた顔のマウロがにっこりと笑っている。


「じゃあ、ここからはドーラが俺の休日に付き合う時間だな?」


「え? そんなの聞いてないし」


 いいかげん疲れたから早く休みたいし、買った服の確認とか化粧品の整理とか、女の子にはやらなきゃいけない事がたくさんあるんですけど?

 よって無理!

 はい、決定でーす。


 だが、マウロは私の想像以上に恐ろしい男だった。


「ダメ。 もうレストランに二人分の予約入れてあるから。

 それとも、俺に一人寂しく食事をさせる気か?

 あと、お前のところに来ている家政婦さんには、外で食事をするから今日は休みだと言ってある。

 このまま帰ったところで、貴様を待っているご飯はないっ!」


「なっ、なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 この私のご飯を人質にデートを強制するとは!

 くっ、マウロの卑怯者!

 なんて用意周到なの!?」


「お、デートだと思っていたのか。

 へぇ、俺も男として認識されていたんだなぁ」


 いやぁぁぁ、何その勝ち誇った笑い方!

 ダメ! よくわかんないけど、それはダメなの!!


「な、無し無し!

 今の無し!

 マウロは私のお兄ちゃんだから、一緒に食事してもデートじゃないの!」


 しまった、完璧にはめられたわ!

 この絶体絶命のピンチ、いかにして切り抜けるべきか?

 助けて、マウロ!

 いや、今の奴は敵だったぁぁぁぁぁ!!


 焦るあまり、目の前がぐるぐると回りだす。 

 そんな私に、彼は耳元でボソリとつぶやいた。


「料理の味は保証する。

 今日はいい海の魚がはいったらしい」


 え? ほんと、それ嘘じゃないわよね?


「何してるのマウロ。

 はやく案内しなさいよ」


 やや内陸部にあるこの街において、海の魚は貴重品である。

 マウロがいい魚と言うからには、刺身にしてもいいぐらいの奴だろう。


 まぁ、さすがにこの世界の文化だと刺身は出てこないけどね。

 個人的に生魚はちょっと苦手なので、そのあたりは特に残念ではない。


 かわりに、この街の近くでとれる岩塩が、それはそれは魚料理にぴったりなのだ。

 塩焼き最高!


 私は思わずスキップをしながら、彼を追い抜いて立って歩き出した。


「おい、ちょっとまて!

 店があるのはそっちじゃないから!

 案内する俺より前を歩くんじゃない!

 ……なんだろう、この何か早まったことをした気分は」


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