これから「前世」の話をしよう 〈後編〉

「我はアンゴルモア。タクミよ。我と手を組み、人類を滅ぼさないか?」


 我は立ち上がり、タクミに右手を差し出して、考えに考え抜いたセリフを投げかけた。

 続けて「地球上の全生命を滅し、新世界のアダムとイヴになろう」と高らかに宣言する。


「いいな、それ」


 ここまでが、台本通りの出会いのシーン。

 前世の始まりの場所。不忍池のほとり。


 全く同じ場所にタクミはいたから、今回も同じように誘えば乗ってくれると思ったのだが。


 どういうわけだか、今回は断られてしまった。

 出鼻を挫かれるわ、警戒されてしまうわで我も調子が狂う。


 我とタクミとの最初の出会いは、以前語った通り1999年の7月末。

 ノストラダムスの大予言で予告してもらった通りだぞ!


 地球時間と我の母星とでは使用している暦が違うので、地球側の正確な日付は……えーっと、ちょっと計算させてくれ!

 タクミが生まれたての赤ん坊で、保育器に入っていたから7月20日の後ではある。


 タクミは疑り深いから『赤ん坊なら誰だって可愛いだろ』などと心の中で毒づいていたものだが、そんなことはないぞ。

 そこに偶然タクミがいたから、とか、たまたま恐怖の大王の指定した転移先がタクミの生まれた病院だったから、とか、ではなくだな。


 ここで巡り合う運命であったのだと我は思う。


 それから地球時間では二十二年と八ヶ月ほど経って、例の事故があった。

 地球から帰還した使者を、我は詰問してしまったものだ。思い返せば申し訳ない。タクミの無事が気掛かりで、居ても立っても居られなくなってしまった。次の世紀末を待ってはいられない。


 恐怖の大王の元へ駆け入り、今すぐにでも地球へ行きたいと懇願した。

 大王は一度の失敗1999年7の月を持ち出して難色を示したものの、そのうち我の熱意に押されて渋々許可する。

 条件として毎日の報告を義務付けた。


 ここまでは前世も今回も共通である。


 ――前世の記憶がありながら、今回も事故が起こってしまってから地球へ来ることとなってしまった。

 この事故には不可解な点がある。


 

 あくまで前世の話であるが。


 我がユニと作り上げた時空転移装置の試運転で過去の時間軸へと戻り、八束やつかをけしかけたのがことの始まり。

 自動車は池に沈めた。浮かび上がってこない。引き揚げられたが。


 我が過去に介入しなければ事故は発生しないのだと、思い込んでいた。

 たかをくくってタクミの成長を見守っていたのだ。

 事故が起こらなければ、タクミは嫌っている父親や後妻さん、愛する義理の妹=一二三ことひいちゃんとの生活を現在も続けている、はず。


 それなのに今回も事故は発生し、タクミを失意のどん底に叩き込んだ。


 これが歴史の収束力というのだろうか。

 事故そのものが不可避で、明確な理由はなくとも発生してしまうものだというのか。


 わからない。


 話を戻そう。

 前世に恐怖の大王が動いたのは、毎日の報告を怠ったからだ。

 だが、我の怠慢ではないぞ! 誤解しないでほしい。


 前世の我は最初の頃こそ真面目に職務を全うしようとしていたのだぞ。

 侵略者らしく、人類を地球上から追い出して、我らの星とするべく。


 地球での生活は楽しかった。今も楽しい。関わっている人間の数でいったら、前世のほうが多かったやもしれぬ。

 おばあさまは積極的に料理を教えてくれて、亡くなった娘真尋さんのように可愛がってくれていた。

 我が突飛なことをしても、笑って許してくれる。

 四方谷家に居候する我は地域の交流会にも参加して、人類との交流を深めていた。

 人間と関わるたびに、我の心は人類の滅亡から遠ざかっていく。


 それに、前世の我にはタクミとの間の子どもができていた。

 おばあさまが気付き、我を病院に連れて行って発覚する。


 我は宇宙人ではあるが、一人の人間として――安藤としてこの地球上で生きたくなった。

 バカな女だと言ってもらってもいい。

 恐怖の大王の命令を無視して、侵略者としての任務を放棄して、タクミと暮らしたかった。

 ああ、なんて阿呆なんでしょう?


 子の妊娠をタクミに告げたとき、タクミはなんと言ったか。

 いや、言ってはいない。直接告げないのは、タクミなりの優しさ。おそらくな。

 伝わってしまう。我にはすべて、タクミがなんと考えていたかが。


 思考が筒抜けになってしまうのは、我が〝コズミックパワー〟を行使するアンゴルモアであるから。


 アンゴルモアというのは個体名ではない。

 ひとつひとつの細胞がアンゴルモアであり、寄り集まって我を形成している。


 伝わりにくいだろうか。

 我をアンゴルモアと呼ぶのは、一人の人間に「人類」と呼びかけるようなもので、……我は安藤モアという個体識別名をおばあさまからいただいたようなものだぞ!

 メダカとクジラをひっくるめて魚と呼ぶような……スズメもツバメも全部鳥って言ってしまうような……。

 タクミならわかりやすい喩えを挙げてくれるだろうなあ。我にはこれが限界だぞ。


 前世の安藤は、タクミがどうしても子どもを産ませたくない、それどころか、いかにしてお腹の中の子どもだけを殺害できるかを考えていたのに気付いていた。

 耳を塞いでも聞こえてきてしまう。心の声が。流れ込んでくる。

 おばあさまも、ユニも、子どもを育てていくのに肯定的であったのだが、子どもの父親だけは存在を真っ向から否定していた。


 我の愛した人は、我を見てはいない。


 安藤もあは自ら命を絶って、アンゴルモアに戻ることにした。

 タクミが安藤もあとして愛してくれないのなら、タクミが愛してくれるような姿形を作り上げる方向性へと。一二三の姿を作り上げるよう、作戦を変更する。

 人間としては死んだ。安藤もあとして生きていたかったアンゴルモアは死んでしまった。死んでしまったから、恐怖の大王は人類を滅亡へと追いやる。


 恐怖の大王は圧倒的に世界を蹂躙していった。

 人間が持つ兵器を軒並み破壊して、大地を揺らし、天候を変化させる。


 我はもあの記憶を引き継いだ、生まれ変わった安藤だぞ。

 間違えないようにな。


 もあの死体を目の当たりにしたタクミは『俺は悪くない』と唱え続けていた。


 結局この子は、参宮拓三さんぐうたくみという子は、自身の快楽と保身にしか知恵の回らない可哀想な子。

 ――本当にそうなのだろうか?


 我は愚かなのかもしれない。


 ユニの言うように、赤い糸など断ち切ってしまえばいいのかもわからぬ。

 盲目的に、一方的に愛しているだけであって、タクミにとっては都合のいい女でしかなかったのだから。


 はな!


 今回は大丈夫。

 我はうまくやっていく。


 タクミと向き合い、タクミの過去を上書きし、タクミはこの世界に生きていてもいいのだと、教えてあげたい。


 タクミは悪くないのだから。

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