第11話 今晩のおかず

 ウサギのぬいぐるみを抱いたまま、眠ってしまっていた。ハッと気が付いてスマホの時計を見やれば、だいたい一時間ぐらい過ぎている。

 すでに夕飯が出来上がっていて、扉を叩いて起こされそうなものだけども。

 音に気付かないほど熟睡してしまっていたんじゃあないかな。これまでなかったよ。

 まあ、それだけ疲れていたってことにしておこう。


「今からよそうわね!」


 顔を洗ってからダイニングに向かうと、祖母はそそくさとリビングから台所へと移動した。

 モアはそーっと俺のノート型パソコンを閉じてから「もっとゆっくりしていてもよかったのだぞ!」と慌てた様子で言ってくる。


 よそよそしくない?

 なんとなく、だけど。


 顔洗ったのに泣いてたのバレてんのかな。


「今日はクリームシチューよ!」


 クリームシチューがモアのいた星に存在していたのか、あるいは、前世の記憶なのか、モアは「わーい!」と喜んで俺の手を掴む。

 そのままテーブルまで誘導されてしまった。


 俺としては祖母と二人してリビングで何してたのかが気になってるんだけどさ。

 なんか、パソコンを見てたっぽいし。

 俺が画面を確認する前にモアに閉じられちゃったしさ。


「モアちゃんは苦手なお野菜ないかしら?」


 俺の分をよそってから、モアには問いかけているおばあさま。

 俺は特に苦手なものはないけども。


 後妻さんがやってきてから、クリームシチューと白いご飯が食卓に並ぶようになった。

 だから、後妻さんのご実家たるこの家もシチューとごはんがセットで出てくる。


 父親アイツが用意していた頃はシチューならシチューのみだった。

 冷蔵庫の中のやばそうなものを全部入れて牛乳で煮込んだものっていうイメージある。

 ご家庭によって違うっぽい。


「なんでも食べられるぞ!」


 宇宙人、普段は何食ってんの。


 過去に一度来た時1999年7の月は地球に三分しかいられなかったって言ってたし。

 地球とはだいぶ環境が違うってことだよな。


「そうだ。アンゴルモアの星の郷土食、今度作ってみてよ」


 俺が言うと「いいわね。地球の食材で作れるのかしら?」とおばあさまはお盆でシチューを運びつつ、話題に乗っかってきた。


 食材かあ。確かにそうだな。まんま同じものは作れなさそう。

 でも、宇宙人がどんなもん食って育ってきたのかは気になるし。

 宇宙人に会ってみたかったおばあさまも気になるんだろうな。


「お口に合うかどうか……」


 途端に自信をなくすじゃん。

 席に座ったモアは自身の人差し指と人差し指をくっつけたり離したりしている。クセなのかな。


「美味しくなかったら残していいからね」


 宇宙人に対して優しすぎないか。

 モアはモアで「出されたものは残さず食べるのがルールだぞ!」と返して、早速スプーンでジャガイモを掬って食べている。

 そういうルールがあるからクッキーも食べ切ったのかな。きっとそうなんだろう。あれはおばあさまと俺の分も合わせた量――というか、元々はおばあさまが一人で食べる分だったか。

 シチューをすごい勢いで食べ進めている。祖父の分は確保してあんのかな。


「おはしは使えるの?」


 クッキーは手づかみ、シチューはスプーン。

 おはしは東アジアの地域で使われる食具。


 見た目こそモデルの日本人の女の子だけど、中身は宇宙からの侵略者だしさ。


「使えるぞ!」


 モアはジャガイモを飲み込んでから答える。

 俺だけでなくおばあさまもびっくりして目を丸くしていた。


「我の後に何度か地球に派遣されているのでな」

「ああ、スマホを持ち帰ったっていう?」


 うむ、とモアは頷いて「おはしを持ち帰った個体がおって、スプーンより加工が楽だったから一瞬で普及したぞ!」と解説する。

 まあ、木とか竹とかを削れば作れるもんな……植物は育つのか……?


 地球から『ものすごく遠い場所』にあるアンゴルモアの星に対する疑問、ひとつ解決するたびにまたひとつ浮かび上がってくるな?

 モアも答えてくれるからいいけどさ。


 こんなにべらべら喋っていいもんなのか。


「モアちゃんの星の技術もすごいけど、地球の最新の技術もすごいわね」


 スマホもどき、おばあさまにも見せたのかな。

 この感じだと見せてそうだけども。


「映画もこう、画面の中に入って、主人公の視点で見られないかしらねー?」


 うん?

 何の話?


 急についていけなくなっていると、横からモアが悪びれなく「タクミのパソコンに入っていた動画を見させてもらって」と言う。


「俺のパソコンの動画……?」


 しらばっくれているんじゃあなくて。

 モアが俺のダウンジャケットを売っ払って宝くじを買いに行っている間にファイルにパスワードをかけたはずじゃん?


「コズミックパスワード突破したぞ!」


 なんだそれ??????

 コズミックパワーといい、何にでもコズミックをつければいいの?

 というか宇宙人の技術力ってそんなことまでできんの?


「見られたくなさそうなものを見たくなるのが人間」


 モアはふんふん、と鼻を鳴らしている。

 人間らしい行動ができたと思ってんだろうけどさ。宇宙人さんさあ。

 その認識はおかしいだろ……押しちゃいけないって言われてるボタンを押すか? 押すのかお前は。


 押しそうだなァ。


「ヴァーチャルリアリティというのかしら? ゴーグルがあればもっと間近で見られたんでしょうけど、タクミくんのお部屋にはあるの?」


 あるの? じゃないけど。

 ないけど?

 いや、そうじゃあなくてさ……。


「なんで止めないのさ」


 俺のパソコンでパスワードをかけていたファイルをコズミックパスワード突破して見つけたVRのエッチな動画を二人してリビングで見てたってこと?

 寝ている間に?

 それで『もっとゆっくりしていて』って言ったの?


 ああ、わかった。

 よそよそしさの原因、コレか!

 わかっちゃったなー。


 パソコン使用禁止にしたい。


「止めたほうがよかったのかしら?」


 うーん、そうじゃない……?

 そうじゃないかな。


 モアは「タクミの好みが知りたくて」って言い訳しているけど、好みを知ってどうすんのさ。

 禁止したのそっちじゃん。

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