第22話 海っぽいな?

 7月20日。

 三連休明けの火曜日から1日経って水曜日。

 十一時。


 待ち合わせ場所は上野駅。

 向かう場所はお台場。

 東京オリンピックの競技が行われてから、海水浴場として整備された。今や都内有数のレジャースポットになっている。昔は汚い海だったらしいけど。だいぶイメージよくなったんじゃん?


 結局電車で向かうことになったわけで、俺たちはパラソルやらレジャーシートやらを持ち運ぶ担当。

 といっても、モアに持たせるには重たすぎるし大きすぎると俺が全部持たされているんだけど。


 モアはモアで水着とか浮き輪とかタオルとか着替えとか、とにかく必要そうなものを詰め込んでいたら後ろにひっくり返りそうになるほどでかくなったリュックサックを背負っている。


 これから行くのは海じゃあなくて山か?

 登山でもするの?


 クソでかいクーラーボックスを「サメを捕まえるから、必要だぞ!」と言って持って行こうとしたのは、おばあさまと二人がかりで止めた。

 おじいさまが趣味で釣りを嗜んでいた頃の物らしい。

 他にも釣竿やら網やらもあり、これらを全部持って行こうとしたので「俺たちは釣りに行くんじゃあなくて海水浴に行くんだってば」と言って聞かせた。

 おばあさまが味方してくれたから、口を尖らせる時間も短く済んだ。


 釣りは釣りでまた別の機会に行けばいいじゃん。ね?


 おじいさまは『世間的に良いと言われているモノを揃え、形から入る』タイプの人らしい。

 釣りの他にカメラにハマっていた時期があるらしく、おじいさまの書斎には数十万いや数百万はするようなレンズが保管されている。

 おばあさまはハリウッド大作からZ級映画までとりあえず観るような『数打てば当たる』タイプなので、対照的と言えるかもしれない。


 今日はそんなおじいさまが帰国してくる日でもあった。


 おじいさまは海外駐在員として働いている。

 モアが居候し始めてから海外赴任が決定し、おばあさまに見送られて出国した。

 今回の帰国は一時的なもので、期間は一週間。

 その間も日本での業務はあるから、家にいる時間は日本で働いていた時と大して変わらない。

 初日の今日は休日扱いとなっていると聞いた。


 うるさい孫たちは海に行くので、夫婦二人で過ごしてほしい。


「おはよー」

「おはようだぞ!」


 一番乗りの俺たちの次に来たのはマイル先輩だった。

 マイル先輩はこの辺に住んでいるわけではなく、所属チームのMARSのゲーミングハウスに住んでいる。選手たちで共同生活をしているらしいよ。俺が同じ立場になったら絶対に嫌だけどさ。


 上野駅までの移動時間を考えると、俺たちより早起きしてそう。

 右手を挙げて挨拶してから、その右手で目をこすっている。


「マイル先輩、それ」


 左手にはどう見てもパソコンのキーボードが包まれているであろう袋。

 この人、ビーチでeスポーツしようとしてねェか?


「ああ、キーボードとマウス」


 さも当然といった面持ちで言ってくる。嘘だろ。

 昨日は研究室から帰る前に「明日は海に行くんすからね」って念押ししたのにな。

 俺だけでなくモアも「明日、楽しみにしてるぞ!」とマイル先輩の目を見て言っていた。


 その時目を逸らしたんだと思ってたけど、黙って持ってくるつもりだったの?

 後ろめたさ?


「海にキーボードもマウスもいらないんで、コインロッカーに預けときましょうか」


 俺のほうがマイル先輩より体格がいいので、マイル先輩からキーボードの入っている袋を取り上げるのは容易だった。

 商売道具を奪われたマイル先輩は「わ、わぁ!」と取り返そうとしてきたけども、先輩もたまにはゲームのことを忘れて遊ぶべきだと思う。

 心を鬼にしてコインロッカーにしまった。


「上野に帰ってくるまで、鍵は俺が預かっとくんで」

「うん……」


 縮こまると俺より一層小さく見える。

 別にマイル先輩も170センチメートルぐらいはあるから、平均的な男性ぐらいの背丈はあるんだけどさ。


「あー! 先輩をいじめてるぅー! いっけないんだー!」

「……そう言う教授は遅刻してるじゃあないですか」


 キャリーケースをガラガラと転がしながら近づいてきて、芝居がかった仕草で腕時計を見てから「ありゃ。女の子は準備がいっぱいあるのん」とはぐらかす。

 水色の前髪の上にサングラスを置いた、バカンス気分の弐瓶教授。

 待ち合わせ時間に遅れて着到。


 その背中に装備しているのは「もり?」そうそう、銛だ。

 槍って言いそうになったところで、マイル先輩が答えを言ってくれた。


「君たち、今日はジョーズをゲットしに行くんだぜ?」


 違いますけど?


 え、何、弐瓶教授はサメを突き殺したいの?

 いるかどうかもわからないのに? というかいないよ。サメなんてさ。

 いたら俺たちがどうにかする前にもっと別のなんらかが倒すだろ。


 いや、ほんとに。

 ここまでいること前提になっているの、何。


「ユニ、一緒に戦ってくれるのか!」

「おうとも!」


 この二人、変なところで波長が合っている。

 意気投合する姿を「公式からの供給!」って拝み始めるマイル先輩。


 俺はこいつらについていけるのか?


「というか、電車乗るよ電車」


 スタート地点で時間を浪費してしまっているが、プラン通りに行くならホームに移動しなくては。

 俺がモアの手を繋いで引っ張ると、モアは「うむ!」とリュックサックを背負い直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る