第21話 トラウマ
昨日はひどい目に遭った。――まさか自分の家に軟禁されるとは思っていなかったよ。
おばあさまもモアもどこにもいないし。電話はつながらない。ラインは既読になんねェし。
帰ってきたのは夕方になってから。
冷蔵庫の中身でなんか作ろうとしたら、冷蔵庫は開かないわ、包丁は取り出せないわ。
しょうがないからカップ麺の封を切ってお湯を入れようとするとポットが反応しない。
ネットで調べてみたら水でもイケるらしいから水道水を入れて、待って、食べた。
俺が日曜だからって朝起き上がらず、昼になってから起きたのが悪かったのか?
モアに聞いたら「タクミの為にしたのだぞ!」と鼻を鳴らしていた。
どの辺が俺の為なのか説明してくれよ。
再生ボタンを押すだけにして放置されていた『ホーム・アローン』は嫌がらせかな?
「タクミくんが生まれる前の映画ね」
まあ、そうね。そうですよ。俺は1999年生まれで『ホーム・アローン』は1990年の映画。
夏に観るクリスマス映画でしたね?
季節を考えてくれよな。
いや、わかるよ?
俺を家に一人ぼっちにしたからホームでアローンなんでしょ?
「……まだ拗ねているのかしら?」
拗ねてないっすよ。
全然。全く?
「見るがいい!」
おばあさまとそんなやりとりをしていたら風呂場で着替えてきたらしい宇宙人が昨日買ってすぐに洗って干した水着を着て現れた。
今着てどうすんのさ。
「ダメなのか……?」
「大変お似合いだよ」
俺がとってつけたような棒読みで応じると、モアは「ふんふん!」と胸を張った。
まあ、素体が美人のモデルさんだから何着ても似合うよ。
男っぽい服を着せても身長あるからかっこいいだろうしさ。アニメキャラっぽい服にしたらコスプレイヤーみたいになるだろ。
「教授ちゃんもかわいいの選んでたわね」
「教授ちゃん?」
土曜ぶりのまともな朝食の手が止まる。
モアと仲のいい教授って「昨日は弐瓶教授もいらしたの。タクミくんのことを褒めてらしたわ」やっぱり弐瓶教授か。
俺のこと褒めてたって何?
「ユニが『いつも助かってます』って言ってたぞ!」
へえ?
……そうか?
おばあさまに「嫌いなんで」とは言いにくくて嘘ついたってかーんじ?
「ふーん?」
半信半疑に返すと「学生のことを考えてくれているいい教授じゃないの。安心したわ」と弐瓶教授ががっつり演技していたことはわかった。
学生のことを考えてくれているなら、俺にやるべきことがあるじゃん?
言いがかりつけてバカにしたり暴言吐いたりしてごめんなさいって謝ってくれ。
土下座してくれたら許してやってもいいけど。
それか、なんでそんな嫌いなのか理由を教えてくれ。俺にわかるようにさ。教授なんだから学生に説明してくれよ。
「ユニも一緒に行くぞ! 海!」
モアやおばあさまと水着を買いに行って海にもついてくんの?
いいじゃん。海。行こう。
性格が終わってて俺に噛みついてくるような
「
ほんっとマジで俺のこと嫌いだよな?
子どもじゃあるまいし人に指ささないでくれよ。
朝食を終えて、モアと二人で家を出て、研究室の弐瓶教授の別室まできて、モアがじゃあ日程をと決めようとしたところでこれだ。
「私はモアちゃんと二人で行きたいのん」
「女二人で行ってどうすんの? 逆ナン?」
中身は大学教授と宇宙人だけど、見た目はいいし。
この二人のほうから声をかけたとしたら十中八九ついてくるだろ。
モアが「逆ナンとは?」と聞いてくる。
「そんなハレンチなことはしないよーん!」
モアに答えてやる前に弐瓶教授が腕でバッテンを作って否定してきた。
別にハレンチじゃあないだろ。妄想ヤバない?
「我はタクミの恋人だから、他のオスにかまけるわけには……タクミが行かないのなら、我も行かない!」
二の腕にしがみつく一途な宇宙人。
我も行かないんだってさ。どうすんの教授。
「いいじゃん。三人で楽しもうよ」
どうしても俺についてきてほしくない弐瓶教授は「いやでち!」とそっぽを向いてしまった。
でちってなんだよ。おいくつでしたっけ。
「というか、なんで教授は海に行きたいんすか。男探し?」
「一言余計なんだよクズ」
お前もな。
モアはすかさず「ことの発端は、我がサメを探したいと言い出したからだぞ!」と補足してくれた。
それでやたら海に行きたがってんの?
「サメ映画の見過ぎじゃあないか?」
いないぞ。実際の海に。あんなサメなんて。
宇宙人はここにいるけども。
「すみません! 遅れましたっ!」
呆れていたら一人追加された。
スポーツキャップにチームのパーカー、黒いカーゴパンツなプロ選手先輩。
遅れました、ってことは弐瓶教授が呼んでたの?
「おはおはー。怒ってないよーん」
昨日は予選大会だったはずだけど、大会の運営側の不手際で終了時刻が大幅にずれていた。
順延にせず、昨日のうちに全行程を終わらせようとして夜中まで。
ネットニュースで見かけたぐらいだから相当やばかったっぽい。
俺の身に災難が降りかかった昨日、プロ選手先輩にも試練があったわけだ。
「マイルくんには、車を出してもらうからねん」
弐瓶教授はプロ選手先輩を選手登録名のM4ileで呼ぶ。
研究室の俺以外のメンバーも、プロ選手先輩に話しかける時には「マイルさん」と本名を言わない。
俺も倣ったほうがいいかな。グッズ買ってるし。
「プロに運転してもらえるのか!」
「ぼくはレースゲームのプロではないですよ……?」
マイル先輩が控えめに言うと「車も出てくるであろう?」とモアが返していく。
確かにあのゲームに車は出てくるけどさ。
実際の車の運転とゲームの運転は違う、よな、さすがにね。
俺は免許持ってねェから比べられないけども。
「弐瓶教授、さっきモアと二人で行くっておっしゃってませんでした?」
車を出してもらうから、って決まってたみたいな。
「ネカフェでBot撃ちするから」
マイル先輩ご本人が答えてくれた。
Botとは、ゲーム側が用意したプレイヤーが動かしていないキャラクター。
マイル先輩は練習試合の合間にBotを撃って練習している。――海まで来てそれやるのか?
「遊ばないんすか?」
もったいなくない?
弐瓶教授とモアを運搬して、あとは練習するのって。ストイックにも程がある。
そうでもしないとプロにはなれないの?
……ほんとか?
「マイルくんは真面目なプロだからねん。お前とは違って、
弐瓶教授からだけでなくマイル先輩からも軽蔑の眼差しを向けられているような!
違うんですよ先輩。
そんなチベットスナギツネみたいな目で見ないでくださいよお。
弐瓶教授が俺のことを悪者に仕立て上げようとしててさ!
「にしても、車かァ」
やだな。車。いい思い出がないし。
向かうのは海だけど。池じゃあない。
砂浜を突っ切って。人がいるのも気にせずに。一台の車が飛び込む。
「タクミ!」
モアの声で戻ってくる。ここは弐瓶教授の部屋。
俺たちは車には乗っていない。そうだよ。……なんか、前にもあったなこれ。気をつけよう。
額に汗が滲み出る。
けれども腕には鳥肌が立っていて、寒いんだか暑いんだか。
「電車で行きませんか?」
提案してみる。
弐瓶教授に「何ビビってんのーん?」と却下されてしまった。
「昨日モアちゃんとおばあさまと別れてから、なーんか、あんときやな空気流れたなと思って。事件っていうか事故について調べたよん」
そこそこ大きく報道されてたような気がすんだけど。
まあ、俺が大々的に被害者ヅラはしてねェからな。できないし。
俺の名前がはっきりと出てくるわけでもない。
「ま、ぶらりローカル線の旅でもいいけどけど。怖がってたら変われないよん?」
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